香教寺報恩講 -御正忌章に思うこと-
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7時から宗会議員選挙に立会い、その後法事、続いて香教寺さまの報恩講におまいり。

地域のこどもたちがたくさんおまいりしていました。
お正信偈のおつとめの後、こどもたちも和歌山の清水光宣師のお説教を身を乗り出してお聴聞していました。

3時からは、また立会いに。


今回の宗会議員選挙に立候補されたお二方は、同じく、過疎過密の問題を取り上げてみえました。ボクは、教団が地方寺院の現況に応える何かができる、別の言い方をすると、教団が地方寺院のために何かをしてくれると考えるのは、勘違いだと思っています。

教団が千差万別の各寺院の現況に応えることは、物理的に不可能ですし、そもそもそれが教団の役割ではないように思っています。

個々の寺院は、門信徒の信仰の上、もう少し言えば信仰の伝統と将来の上に非常に俗的に存在します。過疎過密に限ったことではありませんが、寺院の現況は、教団の問題ではなく、それぞれの今の自分の(寺の)ことでしかないのです。

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蓮如上人は、いわゆる『御正忌章』の最初に、

そもそも、この御正忌のうちに参詣をいたし、こころざしをはこび、報恩謝徳をなさんとおもひて、聖人の御まへにまいらんひとのなかにおいて、信心を獲得せしめたるひともあるべし。また不信心のともがらもあるべし。もってのほかの大事なり。

とお書きになっておられます。

教団(本山・本願寺)は、み教えにであった縁から、参詣をし、こころざしをはこぶところであって、わたしの(寺の)俗的な現況に実体として応えてくれるところではないと思います。

大勢のこどもたちを交えてほのぼのと勤まる香教寺さんの報恩講におまいりし、ご住職の見えないところのご苦労を思いました。

つくづく、教団が何かをしてくれるという幻想は捨てるべきだと思いました。





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by e.wash-r | 2008-12-08 12:26 | おまいりにて | Comments(0)
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