伏木の勝興寺 -鉛板葺きの本堂と興正寺移築の唐門-
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しゅきょう師のblog『やっぱり阿弥陀さん』に、京都・興正寺ご本山から、本願寺派の高岡・伏木の勝興寺へ移築された唐門のことが書いてありました。


(勝興寺の)唐門は、明治26年(1893)に興正寺から移築されたとか。
本山発行の『興正寺年表』明治26年の項には、唐門に関する記載がありません。
そもそも、どのような理由でこの唐門は京都から越中まで運ばれることとなったのでしょうか。

それにしても、移築されたのは、わずか百年ほど前の出来事なのに、最近まで「言い伝え」や「伝承」の域を出なかったということは驚きでした。これだけの建築物を京都から富山の高岡まで運ぶという大事業が歴史に埋もれてしまうのですから、真実を伝えるということが、如何に難しいことであるのかを少し考えさせられました。         『やっぱり阿弥陀さん』


3年ほど前、平成の第一期大修復が終わったばかりの勝興寺におまいりしたことがあります。正尊寺さんが仏教壮年会の旅行で参拝されるということで、その下見に同行したのです。

およそ200年前の新築当初の勝興寺の本堂は、こけら葺きのうえに鉛板が葺かれていたそうです。鉛の害を考慮して、こけら葺きのうえに亜鉛メッキの板で修復された本堂は、鈍色の荘厳な威容を誇っていました。

当時の写真を見直してみたら、唐門や「唐門」のことを書いた案内板、唐門の牡丹唐草の彫刻等がありましたので・・・。

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やっぱり阿弥陀さん』は、次の一節で結ばれています。

 形のあるものでさえ忘れ去られる。
 形のない「法」が、私に至りとどいたこと、何と尊いことであることか。





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by e.wash-r | 2009-02-13 00:09 | おまいりにて | Comments(0)
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