六連島の西教寺とお軽さん
下関竹崎港から六連島へ。
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六連島は、妙好人お軽同行の島です。島唯一の自動販売機でお茶を買い、帰りの船が出るまでの3時間、島を歩きました。

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お軽さんがお念仏の日暮らしをするようになったのは、旦那の浮気がきっかけだったと言われています。苦しみの末たずねた西教寺で、お軽さんは、阿弥陀さまのお慈悲に出遇われ、後に妙好人と呼ばれるお同行となられます。

島の中腹にある西教寺におまいりし、お寺のお守りをしていらっしゃるご住職のお姉さんから、六連島とお軽さんの様々なお話しを聞くことができました。



六連島を巡り、ボクが感じたこと。


どこでもそうであるように、村は、島は、閉塞感が漂っています。篤い人情に溢れていても、それだけでは満たされることのないなにか閉塞感があるのです。

数十件の民家とお寺だけの世界。西教寺の向拝から、村・島を見下ろし、お寺の存在感を感じました。


以下はボクの想像です。


お軽さんが、唯一苦しみを表現できる場所が西教寺だったのでしょう。その表現が嗚咽であったか、愚痴であったかはわかりませんが、とにかくお寺がそういう場所だったのだと思います。

お軽さんが寺を訪ねたのは、おそらくいわゆる身の上相談だったのだと思います。まさに、お寺を訪ねたのです。そのお軽さんが、その経過はわかりませんが、後に妙好人と呼ばれるお念仏の同行になられたということ。ボクはそこに、六連島の西教寺の有り難さを思うのです。

極めて単純に言えば、"お軽さんの苦悩に、西教寺のご院さんは、ただ阿弥陀さまのお慈悲で応えられた"、そういうことだと思うのです。

苦悩を解決する娑婆の道もあるかも知れない。生き方の答えというのもあるのかも知れない。それもいいが、お寺にまいったら、なにより阿弥陀さまの願いの確かさをよろこびなされよ。阿弥陀さまのお慈悲に浸かられよ。お念仏申されよ。


もちろん、複雑な経緯があったに違いありません。しかし、必ず言えることは、西教寺は苦悩にお寺として応え、ご院さんは苦悩に僧侶として応え、お軽さんはお念仏の同行となられたということです。

やっぱり阿弥陀さんであり、お寺はそういう場所だと思うのです。

そのことをつくづく感じ、ボクは遠く六連島をたずねてよかったと思っています。
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by e.wash-r | 2009-06-27 23:20 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
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