家庭と寺庭、家族と寺族
縁あって、禅宗の僧侶方の寄り合いに同席。

事務連絡として、近々行われるという僧侶研修と寺庭研修の案内の確認をしてみえました。「人権」や「自殺」や「薬物依存」等の研修があるのだそうです。

我が宗派でも、同種の研修を繰り返しています。他宗の方々が研修の話をしてみえるのを聞いて、我が宗も含めて坊さんがそういう「研修」をするということへの、なんとなくしっくりこないものをあらためて感じました。

ひとりの僧侶の方が、「『薬物依存』って、酒やタバコが好きなオレのこと?」とおっしゃいました。ボクは、坊さんのスタンスはそうでなくっちゃと、ことばではなく笑顔で応えました。


禅宗の方が使われた『寺庭』ということば。いわゆる坊さんの家族のことです。

家庭と同様に寺庭、家族と同様に寺族。単位が家か寺かということのようです。

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偶然にも、夜は我が宗派黒野組の寺族・寺族女性研修。坂口祐紹師の歎異抄講義を聞きました。

寺院と言うことについて、次のようなお話しがありました。

寺院は病院みたいなもの。苦悩の患者が寺にまいる。いわゆる寺族は寺にいるが、病院のお医者さんや看護師さんと勘違いしてはいけない。入院患者である。


研修のスタンスを考えさせられました。




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by e.wash-r | 2009-09-10 00:06 | Comments(2)
Commented by しゅうきょう at 2009-09-10 11:19 x
江戸時代に始まった寺壇制度、寺院の社会的役割・位置もあるでしょうし、本堂の内陣と外陣の高さや位置関係なんかから見ても、どうしても上から目線になってしまうのかも。
気を付けなければいけませんね。

実るほど 頭を垂れる 稲穂かな

比叡山の塔頭へ参った時に感じたのは、仏さまの高さと参詣者立つ場所の高さが近かったこと。もっとも、あの場所は外陣ではないのかもしれませんね。そもそも、聞法の場所ではなく、修行の場所ですね。
Commented by e.wash-r at 2009-09-11 21:16
お寺とは何か。
お寺にいるものの役割は何か。

ある方から、『入院患者であることに異論はないが、それは、「仏法住持職としてつとめる」という意識をないがしろにすることではない。』という厳しいご指摘をいただきました。

「やっぱり阿弥陀さん」だから、坊さんしてるんですよね。



しゅうきょうさま

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