庭を造りたい人と家を建てたい人 -スクラップ&ビルド-
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梅雨入り。雨が降りだす前に、境内の木を切りました。


父は庭を造ること、木を植えること、普請をすることの好きな人でした。改修の連続でした。ボクが子どものころの境内(庭や伽藍)そのままというところはひとつもありません。父の一世代ですべてが変わりました。

高度経済成長の時代、そういう時代に生きた父にとって、寺もまたスクラップ&ビルドの場だったのかもしれません。



窮屈な時代です。徹底した合理化や効率化が求められる時代になってしまいました。人は豊かになることを求めているはずなのに、なぜか無駄やゆとりが排除される状況が生まれています。利潤のためだけの無機質なスクラップ&ビルドが幅をきかせている時代のような気がします。

利潤追求を否定しません。でも、それ以外のどこかほのぼのするような何かが必要だと思うのです。例えば、「学校」(school)の語源が、「暇」(schole)であるみたいな・・・。

世間の厳しさを知らないボンクラの戯言と批判されそうですね。



さて、父が何を求めて境内伽藍のスクラップ&ビルドをしてきたのか、ボクにはよくわかりません。よくわからないまま、それは不可侵の父の領域としてきました。でも、このごろ、いいかげん我慢できなくなって、先日、「境内伽藍に手を加える宣言」をしました。

住職になって15年、要するに、そろそろボクなりのスクラップ&ビルドをしますよという宣言です。ボクが思うお寺の姿に近づけていくためには、父の育んだものを否定することもあるということです。

ずいぶん大上段に構えた言いまわしになりましたが、例えば「境内の木を遠慮せずに切りますよ。」というようなこと。

チェーンソーが快調で気持ちよかったです。いい汗かきました。

木がキライということではありません。むしろ好きです。念のため。




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by e.wash-r | 2012-06-08 23:52 | そらごと、たはごと | Comments(0)
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