第8回 正蓮寺の歴史を語る会 -地域のもめ事-
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岩利の長老方4人が参集。

T家所蔵、岐阜市史資料編収録の文書を参考に、400年ほど前の当地のことを考察しました。

元禄5年(1692)のその文書は、1600年前後に起きた当地岩利地区とS地区の土地争議に関するものです。

文書には、代官所、A地区・B地区双方立ち会いの下、当正蓮寺にて、「御絵図』、いわゆる境界をしめした地図が作製されれたことが、書かれています。

お寺は、中立、第三者の立場で、いわゆる役所の役割を担っていたようです。

当時の住職は、正蓮寺第2世釋善了です。彦坂より当地岩利に寺を移転した直後もころであろうと思われます。地元においては、微妙な立場であったことと推察します。

400年前も、やはり人間の欲望の衝突はあり、それを俯瞰するかたちで寺があったのだと思うと感慨深いものがあります。

僧侶(すくなくともボクは)は俗人ですが、お寺は、どこか世俗から離れた存在なのかもしれません。世俗にまみれつつ、世俗に迎合しない・・・。

なんとなく複雑です。





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by e.wash-r | 2012-07-21 23:59 | Comments(0)
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