おじょうはん -月の命日のおまいり-
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おじょうはん。薄茶色の夏の布抱の大性寺老僧さまがおまいりくださいました。

ボクも、たぶん大性寺老僧さまも、珍しく時間に余裕があったので、おまいりのあと、ゆっくり歓談しました。



「おじょうはん」(月命日のお参り、お逮夜参り、月参り、月忌参りなどともいう。)を「つとめないといけないのか?」ということをよく聞かれます。

「つとめないといけない」ことはないです。が、「つとめなくてもいい」こともありません。そういう考え方をすることではないと思います。

ボクは、「するといいよ。」と言います。おじょうはんをつとめていてそう思うからです。

「どういう風にいいのか」と聞かれても、実はわかりません。「なんとなくいい。」のです。

「なんとなくいい。」から、なんとなくつとめています。

なんとなくつとめてみて、「なんとなくいい。」と思ったら、つとめられたらいいと思うのです。

たぶん、毎月つとめていると、都合の悪いときもあります。面倒なときもあります。例えば、食べないと死んでしまう食事や、反故にすると大切な人を裏切るようなことになる約束でも、都合の悪いときや面倒くさいときがあるのと同じように。

「なんとなくいい。」ばかりではありません。でも、

「なんとなく楽しい。」
「なんとなく、心地よい。」
「なんとなく、うれしい。」

たぶん、たまにでもそんな風に思えることもあるから、「するといいよ。」ということになるんです。



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by e.wash-r | 2013-06-21 23:39 | おまいりにて | Comments(0)
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