敷居が高い
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「お寺は敷居が高いから・・・」とよく言われます。

たぶん、"気楽に行ける雰囲気ではない"というようなことをおっしゃりたいのだと受けとめています。謙遜かも知れませんし、お寺というものに権威を感じていらっしゃるのかも知れません。そのような意はくんだうえで、「敷居が高い」ということばについて。

最近、ことばの誤用やことわざ・慣用句の使い間違いがよく話題になります。「敷居が高い」も誤用されることが多い言い回しだそうです。


「敷居が高い」は、「不義理・不面目なことなどがあって、その家に行きにくい」の意。


敷居を高くしている原因は、その家にあるのではなく、敷居を高いと思う私にあるというのです。私の側に、その家に行きにくい心当たりがあるということのようです。


さらにその上で思うこと。

「敷居が高い」の正確な意味において、お寺は「不義理・不面目なこと」になりやすい構造の中にあるような気がします。それは、日本の共同体の特質でもあり、広義では組織の必然とも言えるでしょう。

「無条件の救い」をじゃまするものは、やっぱりボクたちがつくりだすものなんですね。


「開かれた宗門」「開かれたお寺」を考えるとき、「敷居を高くする構造」、つまり「不義理・不面目なことを生み出す構造」をどうとらえるかが焦点なのだと思います。諸刃の剣です・・・。




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by e.wash-r | 2013-12-12 23:36 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)
Commented by gizing at 2013-12-15 17:03 x
もう半月も見ているのに、いまだにしっくりこない。

真宗教団連合カレンダー、12月の言葉。

念仏者とは
一切衆生を
「御同朋」として
見出していく存在

おっしゃることは正しいんだろうけど、概念的過ぎるのです。

下手すれば、社是社訓。

生身の僕らに連動していません。

それこそ、敷居が高くなりそうです。
Commented by e.wash-r at 2013-12-17 16:19
「12月のことば」について。同感です。当方もずっと違和感を持って過ごしておりました。

ボクは、どちらかというと「ことば遊び」が好きな方ですが、ことばだけが踊っているような状況には、どちらかというと居心地の良さを感じることができません。

社是社訓、自己啓発などへのコンプレックスなのかも、などと自らを慰めるしかないみたいです。

ことばは大事ですよね。


gizingさま
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