仏教壮年会例会 ―真宗儀礼の勉強会⑧―
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真宗儀礼の勉強会の⑧回目。今回は「法事等、家庭のお仏事の作法」がテーマ。

本願寺の儀礼作法に倣い、地域性・独自性も尊重するというスタンスで、リアリティをもって。

ちょっとボクがしゃべりすぎましたが、出席の方々からのおもしろい意見も飛び出し、ざっくばらんで和やかな会でした。

「御供や御布施・ご仏前等は、どちら向きに供えるものですか?」という質問。

「『仏事のイロハ』には、人が読める向きで。」という記述。

ボクたちの結論(内心は、どっちでもいいというか、わからないのですが)は、問題がなければ、流れに乗ればいいんじゃないかということに。

そんな話の中、Tさんが、「ところで、家内ともめているのですが、カーテンの場合、家の中に向けるのは表側ですか裏側ですか?」と。この疑問をきっかけに、あーだこーだと多岐にわたって賑やかな意見交換がはじまりました。


「家の中を表にする、家の外からみたら、裏が見えてることになるんだけど・・・。」
「カーテン屋さんは、家の中を表にされますよ。」
「じゃあ、障子は桟がある方が表ということ?家の中に山がある。」
「障子紙が貼ってあるほうが表のような感じがするけど・・・。」
「たとえば、緞帳は、表が観客側ですよね。」
「表裏がある場合、表をどちら向きにしたいか、という思いに依るんでしょうね。」
「神道では、御供等はすべて、神様から見える方が表。しっかり講習を受けたので・・・。」
「例えば一升瓶をお供えする時、ラベルは神様の方へ向けるんですか。」
「お神酒入れに入れるから一升瓶のままはお供えしない。お神酒入れに向きはないはず。」
「神道の場合、全てにおいて、神様に向けてというのが基本。礼儀です。」
「例えば、御供を盛る三方も、継ぎ目を神様の方へは向けるようなことはしません。」
「徹底してますね。いわゆる裏、継ぎ目がお参りの方の方を向くこともあるんですね。」

神道のお飾りの礼儀作法を知ることが、結果的にボクたち真宗の礼儀作法の特徴をなんとなくあきらかにすることに繋がっていきました。

こういった会話をするうちに、御簾の掛け方が、神道と真宗では逆だったことを思い出しました。ともに神仏をお敬いしているわけですが、お飾りのカタチとしては真逆になることもあるわけです。お互いを尊重することなくして、どちらかが正義を主張すれば、ややこしいいことになりそうですね。

ボクが勤式を習った先生は、「お敬い」が口癖でした。あらためて、「お敬い」ということばのやわらかさをを思います。


今回も、いい雰囲気の、結果的に実のある研修でした。




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by e.wash-r | 2014-10-18 23:08 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
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