第42回 正蓮寺の歴史を語る会
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Mさんの体調やお寺の行事の関係でしばらくお休みだった「正蓮寺の歴を語る会」。

法事、お取越し、中陰等々が重なり、ボクは顔を出すこともできませんでしたが、元気になられたMさんをはじめ、岩利の長老方がぴったり定刻より、研鑽を深められました。

今回は、正蓮寺旧梵鐘の「撞鐘銘」と「撞鐘令」についての復習。


正蓮寺撞鐘について

旧「撞鐘銘」文」より、鋳造は正徳4年。
「撞鐘令」より、撞鐘許可は正徳6年。

『美濃国勅許鋳物師盛衰記』には、この「2年の差の理由は詳らかでない。」と記されています。この時期の鐘楼建立の可能性を考えてもいいような気がします。

また、「明治18年2月の火災で鐘楼、山門以外は灰燼に帰したが、その後再建された。鐘楼は、明治24年10月の濃尾震災の際倒れたが、大した破損もなく同27年に修復された。」とあります。

現鐘楼建立の伝承(九州の「ひとつや」という宮大工の作、隣家S氏弟子入り)をもとに考えると、正徳4~6年頃の鐘楼は、明治18年の火災の直前頃に再建されたと考えられます。

梵鐘は、戦時供出され、当時のものではありませんが、現鐘楼は、火災を免れ、濃尾震災に耐えたものであるようです。

伝承の確認と時系列の整理を確実にしておきたいところです。





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by e.wash-r | 2014-11-11 23:49 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)
Commented at 2014-11-17 11:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by e.wash-r at 2014-11-22 00:34
鍵のHさま

全く歴史に疎く、恥ずかしい思いです。

貴Hさまの勉強の流れの中に、当西蔵坊正蓮寺の歴史への気を留めていてくださること、感謝に堪えません。

よろしくお願いします。
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