命日
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往生の日を命日といいます。

命の日と書きます。耳障りよく『いのちの日』と解釈する話をときどき聞きますが、なんとなく違和感があります。実際のところはどうなんでしょう?

仏教学の講義で、「命日は『捨命日』を略したことば。」と聞いた微かな記憶。『悟りのために命を捨てること。』を仏教用語では『捨命(しゃみょう)』ということから考えると、曖昧な記憶もまんざらではなさそうな気もします。

『過命日』の略という説もあるようです。たぶん『捨命日』とニュアンスは同じだと思います。

これ以上の知識も情報も持ちませんので、何が適当かという判断はつきませんが、浄土教の受けとめ方として、「娑婆の縁つきて、お浄土に迎えられた日」の意を離れるわけにはいかないと思うわけです。


D寺前々坊守さまのお祥月。一周忌のご法事におまいりしました。

何度でも書きますが、ボクがこどものころ、D寺前前坊守さまは、10kmほどの道程を自転車に乗って、毎月、おじょうはん(月命日のおまいり)に来てくださいました。その日が楽しみで、境内で遊びながら待っていた記憶が、心地よく蘇ります。50年前のこと。


今日は、前住職のお祥月でもあります。

すべての法務が終わった夜、前住職の悪口を言いながら、家族で揃ってお荘厳をして、お祥月のおまいり。お彼岸で帰省中の若院が調声をつとめました。三回忌を終え、静かな4回目のお祥月命日です。


そういう一日だったこともあり、こどものころのことを思い出しています。

栗が実るこの季節。昔は、裏山の栗の大木に何匹ものムササビが来て、夜になるとギャーギャーと賑わしかったなあ、などと。

今、その栗の木はありません。もう何十年、ムササビには会えないまま。



9月21日は、宮沢賢治忌でもあるそうです。




                    
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by e.wash-r | 2015-09-21 23:45 | おまいりにて | Comments(2)
Commented by 釋覺性 at 2015-09-22 13:34 x
宮澤賢治の命日には、上流のダムの放水を制限。
普段は川底に沈んでいる「イギリス海岸」(北上川)の白亜紀の地層を見えるように調整するのですが、昨日はどうだったか。見に行きませんでした(今夏は猛暑の影響で渇水が続き、少し地層が見えていました)。

「かくし念仏」は、浄土真宗御内法、まいりのほとけ、くろぼとけ、など色々な呼び名があります。秘事法門の一種。
図録で見る限り、民間仏ですから、方便法身像でも筆致に幼稚さが目立ちます。光明の周囲に、化仏を配していたり。
地域によっては、真言系の要素を取り入れたりするようです。


Commented by e.wash-r at 2015-09-24 23:05
イギリス海岸の件、粋なはからいだと思います。

「かくし念仏」は秘事法門なんですね。
ボクは、娑婆の俗っぽさとお念仏が結びついた一地域の素朴な伝承なのかと思っていました。

地域性があるということは、ある程度の広がりがあるんですね。

岩手、またゆっくり訪ねてみたいです。


釋覺性さま

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