『教団の戦争責任』 黒野組総代・僧侶・寺族合同研修
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友引なので、研修会日和。
当黒野組でも、安養寺本堂にて、総代・僧侶・寺族の合同研修。

総代19名、僧侶寺族13名の参加。小川真理子師の『教団と”私”の戦争責任を考える』と題した講義を受けました。


戦時下、またはその過程において、教団は、当時の国家観に抵触しない方向で、教義の解釈、お聖教の読み替え・不拝読、荘厳作法の変更等を行っています。

戦時教学とも呼ばれる当時の教団の具体的なあらましを、資料をもとに丁寧に解説いただきました。

教団の戦争協力という過去の事実に立ち、「何をよりどころとし、どこへ向かうのか?」というご講師からの問いを受け、班に分かれて話し合い。

ボクは、以前、S先生が社会問題と信仰について、『いかなる人格であろうとも、救うという如来の慈悲にかわりはない。』とお話くださったことを思い出しながら、「いかなる時代であっても、お寺はおみのりの場でありたい。お慈悲は、いかなる状況の方々にも、たとえば戦争に加担する個々においても、救いであるはず。」という思いを述べました。

後に班ごとに意見の発表。戦争という特殊な状況下の教団の姿勢については、是とはしないまでも同情的でした。ボクも同感です。そのうえで、多くの方が、平和の希求と戦争への不安を述べられました。

ボクの意見が全く取り上げられなかったばかりか、そもそも仏教の話にならなかったので、かなりストレスが貯まりましたが、唯一「戦時下においても、報恩講や永代経法要等のおまいりは全く減らなかった。」という発言があり、なんとなくほっとしました。

最後に「混迷の時代には哲学が必要だ。」という意見。戦争は極悪な指導者によって積極的に導かれるものというよりは、大衆の愚かさ(凡庸なる悪)が引き起こすものという考えに立てば、ボクたちは、常に考え、意見を述べ、話し合うことが普通にできるということを大切にしないといけないのでしょう。一市民として、同意。

最後、ご講師より「何をよりどころとし、どこへ向かうのか?」というまとめのお話。

「私たちにとって哲学とは、み教えのことでしょう。」と述べられたうえで、「み教えを依りどころとして、親鸞聖人のように権力におもねることなく平等な社会をもとめて・・・云々」。

み教え、私、教団、社会について、ひとつの意見と聞かせていただきました。その上で、おそらく、お互い埋め合わすことができるのだろうかと思えるほどの深い溝があることも痛感しました。

親鸞聖人の生き方を語るとき、よく引用されるご文。

 主上臣下、法に背き義に違し忿りを成し怨みを結ぶ。
 これによりて、真宗興隆の大祖源空法師ならびに門徒数輩、
 罪科を考へず、猥りがはしく死罪に坐す。
 あるいは僧儀を改めて姓名を賜うて遠流に処す。
 予はその一つなり。
 しかれば、すでに僧にあらず俗にあらず。
 このゆゑに禿の字をもつて姓とす。

ボクは、親鸞聖人が権力(社会)に向けて、何らかの思想を持っていらっしゃったとは思っていません。

上記ご文の親鸞聖人の怒りは、権力がお慈悲をよろこぶことにまで介入したことへの怒りです。権力というものへの批判でも、権力を否定する思想でもありません。ボクはそう思っています。

この一文を引用し、親鸞聖人が権力に媚びずに生きた孤高のヒーロー・思想家であったと想像するのは不適だと思っています。単純に「信仰」のこととお受けするのが適当だと思います。如来のお慈悲をよろこぶものが、ごく普通に抱く俗的な感情の発露以上の何かがあるわけではないとボクは思うわけです。

仏教は、社会(人間)を、迷い・分別・ある種の絶望と見ます。親鸞聖人は、その闇に、如来のお慈悲という光を見られ、そのよろこびを、凛と顕かにボクたちにお伝えくださいました。それだけのことだと思うのです。

過去の歴史には十二分に学ぶとしても、教団もまた、時流に翻弄される弱き俗物でなのです。教団とはいえ、、逡巡する社会のなかでは、純粋な存在にはなり得ない、なり難いというのが本音だと思っています。


3時間を超える研修。「お慈悲」の話ができなかったことがストレスでした。教団は俗物だから、仕方ないといえば仕方ないですが・・・。

されど、”大悲倦きことなく、常に我を照したまう”。



                    
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by e.wash-r | 2015-10-07 22:50 | おまいりにて | Comments(4)
Commented by gizing at 2015-10-09 12:27 x
「救い」「救済」という言葉がどういう事態を指しているのか、あまりに自明なこととして看過されすぎているように思います。

それによってもたらされる心境と単純にイコールとは言えないのではないかと常々考えています。
Commented by e.wash-r at 2015-10-13 00:26
gizingさま

ずーっと考えているのですが、コメントを理解できていないような気がして、返信できませんでした。今も、理解できているかどうか不安です。

「救い」のかたちはわからないよ。少なくともボクたちが描くものが「救い」かどうかは、わからないよ。ということでいいのでしょうか?

適当かどうかに加え、当blogの内容のどの部分へのご指摘なのか、わからないでいます。

とっても気になっています。よろしければまたご意見ください。
Commented by gizing at 2015-10-13 18:50 x
まぎらわしいコメント、申し訳ありません。

「救い」のかたちはわからないよ。少なくともボクたちが描くものが「救い」かどうかは、わからないよ。ということでいいのでしょうか?

おっしゃる通りです。

我執というものの、怖いほどの根深さを脇に置いたお話は、空しいです。

Commented by e.wash-r at 2015-10-14 03:01
gizingさま

横柄にも、人がほとけさまのお心のつもりで人を俯瞰するとき、gizingさまがおっしゃるところの「我執というものの、怖いほどの根深さを脇に置いたお話」になってしまうのかなあと。

コメント、楽しみです。

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