美濃四十八座 光圓寺真宗講座 紫藤常昭師
b0029488_16325678.jpg
b0029488_1633927.jpg
b0029488_16332492.jpg


光圓寺真宗講座夜座のお聴聞。すっかり秋の風情の小寒い夜ながら、遠近各地からたくさんのおまいり。

ご講師は、福岡の紫藤常昭先生です。

 ほとけさまの話はわからんのです。
 ふむふむと聞くがよろしい。
 そうは言っても話す方はそうもいかんので・・・

と、いつもどおりの先生のとつとつとした「ほとけさまのおはなし」、ボクたちのお楽しみのお聴聞がはじまりました。

今回は阿弥陀経のお話。

お釈迦さまが、40余年ずっとそばにいらした舎利佛尊者をはじめ多くの比丘衆を前に、臨終のものに説かれた教え。先生のおっしゃるところの「当てにしていたものが何もかもまにあわなくなってゆく」ものへの教えということがありがたいわけです。

先生は、激務と風邪で体調がすぐれないご様子でしたが、原理としての三法印、縁起、分別の我、そして他力と、流れでるお取り次ぎ。ボクたちは存分に、まさにお楽しみの時間を過ごさせていただきました。このご縁にあえなかった方々ともいっしょに聞きたかった、と思うことです。

法座の後、腐れ縁?のご住職と歓談。「なかなかお聴聞の方が増えなくて・・・」と自省されるご住職ですが、ボクは若い方が多いという印象を持ちました。ご住職や坊守さんの真面目なお誘いのご様子が目に浮かびます。

いい秋の夜長でした。




                    
Tumblr 『西蔵防だよん』


 
2014年の今日のblog
2013年の今日のblog
2012年の今日のblog
2011年の今日のblog
2010年の今日のblog
2009年の今日のblog
2008年の今日のblog
2007年の今日のblog
2006年の今日のblog
2005年の今日のblog
2004年の今日のblog
2003年の今日のblog

by e.wash-r | 2015-10-06 23:30 | お聴聞 | Comments(0)
<< 『教団の戦争責任』 黒野組総代... 本願寺・大谷本廟参拝 開闢法要... >>