御堂破り
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親鸞さまの誕生日。
当寺では、花まつりと初参式、婦人会懇親会、壮年会例会と、いわゆる教化団体の日。
前住職の命日なので、相焼香のD寺さまに、おじょうはんのお勤めもしていただきました。

花まつりのお飾りをした本堂で、布教使のD寺さまから、いろいろなお寺のはなまつり、降誕会等の様子を聞かせてもらいました。

それぞれの土地で、それぞれのしきたりで、お仏事をつとめられるそれぞれのお寺への興味が尽きません。無性に、布教使になっていろんなお寺を巡ることができたら、と思うことがあります。

曽祖父は、布教使で、遠方までお取り次ぎに出掛けていたようです。「御堂破り」と呼ばれていたと聞いています。「御堂破り」というと、なんとなく「道場破り」の坊主版のイメージですが、曽祖父は「お寺荒らし」をしていたわけではありません。いつもお同行で本堂があふれたことから「御堂破り」と言われたそうです。

どんなお取次だったのだろうか、と思うのですが、そこまで口碑となってはいません。でも、ボクにとっては、満堂のお同行にお取次ぎをした曽祖父は、なんとなく自慢であります。

少なくとも、三河、湖西、越後の逸話を伝え聞いているので、曽祖父は、何日もかけて遠方へお取り次ぎに出掛けていたのだと思います。結果、当寺は相当荒れたと伝わっています。

当時の荒れたお寺のことは、しっかりご門徒さん方に伝わっていて、ボクが寺に帰ることになったとき、門徒さんから、とにかく寺を離れないようにと厳しく言われました。外のつとめは慎むように、と。近隣の臨済宗のご院さん(妙心寺派の管長さま?)が書かれた”寺庭訓”が何故か当時に伝わっており、総代さんに読み聞かせられたこともあります。

緩く、甘く、都合よく受け止めてはいます。

ボクが、自坊のことにこだわるのは、寺に帰ってきたころのこのような経験に依るものかもしれません。一種のトラウマかも。

外の世界への憧憬は止まないので、適宜、遊んでいますが、カッコよく、自坊の「御堂破り」でありたいとも思っています。





                    
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by e.wash-r | 2016-05-21 23:20 | おまいりにて | Comments(0)
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