黒野組研修会 「阿弥陀経に学ぶ1」河智義邦師
b0029488_1426124.jpg
講義をされる河智義邦先生
b0029488_14261699.jpg
開講の挨拶をされる組長さま


黒野組の研修会。今期からは、河智義邦先生をお迎えして、4年12回の阿弥陀経の講義です。

第一回の聴講。丁寧な資料に基づいた、論理的な「阿弥陀経」という経典の立場、全体像等を学びました。

久しぶりの、お聴聞ではない聴講。これまた久しぶりの徹夜明けということもあり、睡魔と戦いながら。

12回、今後の研修のスタンスにもよりますが、できれば続けて聞いていこうと思います。



さて、今回の研修会、僧侶の研修かと思っていたら、ご門徒の方々にも広く開いた講演会とのこと。門戸を開くことに異議はありませんが、研修会なら、対象と目的をしっかり絞り込んだ方がいいような気がしました。

奇しくも、夜は黒野組「れんけん」の事前研修。ボクは、「れんけん」とちょっと距離を置いているので、参加しない者が言うのも僭越ですが、気になることを少々。

今回の「阿弥陀経に学ぶ1」の研修会に参加していた「れんけん」担当者は皆無。たぶん、逆に、当研修参加者の中で、夜の「れんけん」の事前研修に参加する方も、ほとんどいないような気がします。

後で、確認したところ、ピッタリ、ボクの予想の通りでした。

好きなことをすればいいと思うのですが、組織としては、どうなのかなあ、といらぬ心配をしてしまいます。たまたま、日にちが重なったことであり、それぞれの都合もあることですが、ことが、「聞く」と「伝える」の乖離なだけに、なんとなく気になります。


こんな愚痴を書くと、おおかたの意見として「忙しいんだから・・・」という答えが返ってきそうです。ボクもそう思います。でも、原因がそれなら、「忙しくてもできる方法」を模索するべきでしょう。そういうフィードバックの繰り返しが、たぶん組織を豊かにするのだと思っています。

ちなみに、ボクの立場は、「忙しい」ことが理由ではなく、関わりたいことと関わりたくないことがある、というものです。単なる怠慢とわがまま。

本音(現実)はみんな、そうだろうと思うのですが、これを言うと、なぜか反感買うわけでして・・・。(立場とか、義理人情とか、それぞれたいへんなんですよね。)


いい講義を聴いて、愚痴では申し訳ないことです。前向きに言います。みんなで『お聴聞や聴講しましょう』。




                    
Tumblr 『西蔵防だよん』


 
2015年の今日のblog
2014年の今日のblog
2013年の今日のblog
2012年の今日のblog
2011年の今日のblog
2010年の今日のblog
2009年の今日のblog
2008年の今日のblog
2007年の今日のblog
2006年の今日のblog
2005年の今日のblog
2004年の今日のblog
2003年の今日のblog

by e.wash-r | 2016-06-15 23:04 | おまいりにて | Comments(0)
<< 美濃四十八座 黄鐘会準備 小学校で「伊自良川の自然」につ... >>