報恩講の思い出
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となりのおばあちゃんが亡くなられました。お元気なころは、いつもお勝手方のおとりもちをしてくださった方です。


当寺は、お寺の周りにご門徒さんがありません。お寺の周りはすべて臨済宗の方々です。

いまから、30年ほど前までは、その臨済宗の近所の方々が、たとえば報恩講のお勝手方をしていてくださいました。

昔の庫裏の時は、まず、中二階の薪をおろすところから仕事は始まりました。「くど」と「はそり」での煮炊き。湯気と煙とがだだよう薄暗い土間で、近所のおばあちゃん方がお斎を作っていらっしゃる風景を思い出します。


報恩講が終わると、次の日、おさがりのお華束を村の内の25件に配ります。それは、近所の同じくご門徒さんではない家のこどものお役でした。

1月の6日、こどもたちがお華束を配るのを、村の方たちは、お年玉やお菓子やみかん等を準備して待っていてくださいました。巡ってきたこども御輿にご祝儀を出すような感じです。

お華束を配り、お寺の戻ってきて、いただいた駄賃を分け、それに寺からの駄賃を加えて、こどものお役は終了となります。この一連のことを仕切っていたのは、祖母でした。

ボクがそのお役に加わることを、祖母は許しませんでした。たぶん、ボクが加わることで、駄賃の分け前が減るからだったのではないかと思います。こどもたちにとっては、お正月明けのいい小遣い稼ぎだったと聞いていますので。


どれも、となりのおばあちゃんが元気だったころの思い出です。

ただただ懐かしく、お通夜・ご葬儀におまいりしました。




                    
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by e.wash-r | 2017-01-24 08:14 | ふるさと | Comments(0)
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