2017西厳寺報恩講 ー昔話などー
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母を連れ、西厳寺報恩講におまいり。

道中、母が、自身の子供のころの話、母方の歴史等を語る。初めて聞くことも多かった。

終活ということが流行っているが、たぶん母なりの就活なのではないかと思う。

葬儀はどうして欲しいとか、遺骨はどうして欲しいとか、そんなことは残ったものが考える。それまでできなかった伝承、情報の伝達こそ、終活ではないかと思う。主観的で恣意的でいい、伝え、聞く、そういうことだと思う。


西厳寺さんの報恩講は、昔は、12月の24日から28日まで5日間。小学生の時から就職するまで、冬休みになった日からご満座まで、ほぼ毎年、ボクは西厳寺で過ごした。

「ごかいさんの・・・」という前ご住職のことばをいつも聞いていたような気がする。育ててもらったお寺だ。

おまいりの後、90歳になられる前坊守さんから昔話を聞く。昔のことを、ふっと思い出された時の笑顔がいい。

過去にとらわれることを仏教ではよしとしないが、最近はあえてこだわっている。情報は多いほうがいい、そう思う。

お取り越し報恩講はまさに講。お寺でも家庭でも、講である。人の俗なる日暮らしを離れてはない、と思うのである。



と、いろいろあって、なんとなくしんみり考えた1日。








by e.wash-r | 2017-12-12 23:27 | おまいりにて | Comments(0)
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