葬儀考
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叔父の葬儀でした。

大きな声でお正信偈を読むのをやめて、声を出さないで、静かにおつとめを聴こうと思いました。心地よく、叔父のことを思い出しながら、葬儀という宗教的な雰囲気のなかにどっぷりと浸かって、座っていました。

焼香の順番が回ってきたので、坊主に戻って、体裁を整え、背筋を伸ばして凛と立ち、卓の前まで歩き、供香し、手を合わせました。2歳の妹の子どもが騒ぎ出したので、気もそぞろになり、その後は、喧騒の中で時間が過ぎていきましたが・・・。

叔父の死以降、聖と俗の混沌の中で過ごした4日間。いい時間でした。

儀式儀礼の簡素化が進んでいると聞きます。その正反対の傾向の葬儀でしたが、合理的につとめたのでは得られない時を過ごしたように思います。


すくなくともボクは、そういう時間・空間も好きなんだろうなと・・・。





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b0029488_22514638.gif『西蔵坊だより』は、 森鏡山 正蓮寺の住職の日記です。
仏教のこと、山や川や海のこと、TIBETのこと等、思いつくまま書いています。
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by e.wash-r | 2006-10-02 23:59 | 溺レル | Comments(2)
Commented by あんこう at 2006-10-03 12:38 x
儀礼空間(時間)て確かにあると思います。
よい時間を過ごされて何よりです。
実は、後ろめたい気もして、あまり大きな声では言えないのですが、;お勤め、声を出さずにじっと耳を傾けているの、結構、好きでやってます。
Commented by e.wash-r at 2006-10-06 11:49
仏事そのものを楽しむということが、最近はできそうでできない状況なんだと思います。

返信遅くなって、申し訳ありません。

あんこうさま
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