ノウゼイ  -無駄と暇-
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当地区では、27軒の月に一度の村の寄り合いを『ノウゼイ』と呼んでいます。
昔、納税組合をつくって、市税を納入していた頃のなごりです。

納税組合は、地域でまとまって市税を納付するという、いわゆる五人組制度?みたいなもので、その特典?として、いくらかの還付金があり、それが村の財源の一部にもなっていたようです。

今で言うプライバシーとか個人情報という観念があまりなかった頃なので、各戸の納税額がなかば公開されてしまうわけです。ボクたち子どもの中にも、その手の話題は、オトナの会話から得た情報というかウワサとして流れました。"○○さんとこはオダイジンらしい・・・"などと、妙に俗っぽい会話をしていたモノです。

村の連絡と区費・共同アンテナ代・簡易水道代などの徴収のために、今も『ノウゼイ』という名前で寄り合いは続いています。今月は、当番だったので、隣のTさんと一緒に、会計をつとめました。

『ノウゼイ』は7時からの予定でしたが、6時半にはもう集まっていらっしゃる方が多く、予定の7時5分前には、欠席の連絡があった方を除いて全員集合。"岩利時間"といって、集合時間から1時間くらい過ぎないとものごとが始まらなかった昔のことを思うと隔世の感があります。

ただ、たぶん昔のゆっくりした時間の使い方には、それなりにいいところがあったんだろうと思います。つまり、無駄話が多かったということ。

英語の「school(スクール):学校」の語源のラテン語の「schola(スコラ):学院、僧院」は、もともとは、古代ギリシャ語の「schole(スコーレ):暇」を訳したものだそうです。

一見無駄な時間を省き、合理的にスマートに過ごすことがうまくなったボクたち。
暇を失い、暇であることになんとなく後ろめたさを感じるようになっているボクたち。
決してよいことではないように思うのですが・・・。

住職という立場で考えるならば、『お寺の時間の流れ方』というものを、よく考えてみる必要があると思っています。




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b0029488_22514638.gif『西蔵坊だより』は、 森鏡山 正蓮寺の住職の日記です。
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by e.wash-r | 2007-01-25 23:59 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
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