壮年会
実質休止状態の壮年会の今後について、役員さん方と相談をしました。

何のための壮年会かということについて、
『いままでお寺に来ることがなかった方が、来れるようになったらそれでいいんじゃない。』
『報恩講や彼岸会などお寺の仏事に来てもらえるように・・・』
という意見。ボクもそう思います。当寺の実状にあった、それでいてちゃんと実のある壮年会が復活できるといいと思います。

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壮年会については、いままで、組や教区とのいわゆるおつきあい(総会や研修会に参加すること)で、苦労してきた現実があります。(苦労というのは、申し訳ない言い方だと思いますが・・・)そのことが本当に重荷でした。

そもそも、ボクの個人的な考え方として、研修会というのが嫌いなのだと思います。

以下、ボクの疑問。

◆「法座」・「お説教」・「お聴聞」という素晴らしい伝統があるのに、何故、「研修会」というような形で、行事を企画するのだろうか。

◆「報恩講」「彼岸会」「永代経法要」「○○講」「○○会」という、法座があるのに、何故、まずそのお座を盛り上げるように動かないのだろうか。

◆「報恩講」「彼岸会」「永代経法要」「○○講」「○○会」という、法座があるのに、何故、さらに新しくしかも対象を限定した形で、行事を作るのだろうか。

知識を得ることにに偏重し、「お聴聞」という姿勢がないがしろにされているように感じているのは、ボクだけではないように思うのですが・・・。(研修会や各種団体の行事ををすべて否定するものではありません。)

もし、研修会をするのなら、企画する側がその目的のためにいかに努力するかが、重要なことだと考えています。形式的に研修会を持ち、そこに動員をかけるようなことを繰り返していると、研修会をしないより悪い結果を招くように思うのです。

何か支離滅裂になってしまいました。





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b0029488_22514638.gif『西蔵坊だより』は、 森鏡山 正蓮寺の住職の日記です。
仏教のこと、山や川や海のこと、TIBETのこと等、思いつくまま書いています。
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by e.wash-r | 2007-02-05 23:59 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
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