2005年 01月 19日 ( 1 )
E寺報恩講  -変わらぬもの-
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17日午後、E寺報恩講におまいりしました。

H寺さんの報恩講は、黒衣・五条袈裟・切り袴で出勤するのが習わしです。いつもの調子で、色衣を着てしまうと、導師をすることになってしまうことがあるので、みなさんバッチリ黒衣です。

なぜ黒衣なのか、ずいぶん前にお尋ねしたことがあるような気もしますが、思い出せません。また機会があったら聞いてみようと思います。

おまいりの終わった座敷で、S寺Y先生が、色について、おおよそ以下のような話をしてくださいました。(聞き伝えですので正確でないところもあるかも知れません。ご容赦を。)

阿弥陀さまの蓮台の色は基本的には青だけれど、白いものもあるんです。近江に逃れた蓮如上人をお世話した講があって、以来、その講が今も大切に守っている阿弥陀さまの蓮台は白いそうです。
なぜ蓮台が青かというと、インドでは青は尊い色なんです。そして、日本では白なんだそうです。同じ意味ということです。
ではなぜ、阿弥陀さまは、青や白ではなく金色かということになるんですが、青や白は尊い色だけれども、時が経つと変色してしまう。だから、変わることのない色、つまり金色が、阿弥陀さまにふさわしいということのようです。
尊いということにもまして、変わらないということが大切なんです。

金属としての「金」に、経済的価値があり、そのことが宗教的な「金」にも通ずるのだと単純に思っていましたが、すこし認識が変わりました。

変わらぬものとは、「阿弥陀さまの慈悲」・「褪せることのない金の輝き」・「私たちの飽くなき執着」。

「褪せることのない金の輝き」への飽くなき執着を続ける私たちが、「褪せることのない金の輝き」をもって阿弥陀さまの変わらぬ慈悲をあらわすというのは、論理的には大きな矛盾のようです。

一見陳腐に見えるその有様ですが、自信を持って、それは信仰だと言いたいと思います。
by e.wash-r | 2005-01-19 00:01 | おまいりにて | Comments(0)