2005年 06月 24日 ( 1 )
平和の礎(いしじ)
どれほどの正義があったとしても、戦争の現場で起きている、その正義とはほど遠い凄惨な事実を想像する感性を持ちたいと思います。遠く第3者の立場で語ることが、いかに臆病なことであるかを承知の上で、戦争について書きます。

6/23は、「慰霊の日」。沖縄戦における、日本側の組織的戦闘が終了した日です。

b0029488_2242012.jpg


 戦前、首里の旧王城がいかに美しかったかについては、私はまったく知らない。-略-
 私の想像の中の首里は、石垣と石畳の町で、それを、一つの樹で森のような茂みをなす巨樹のむれが、空からおおっている。-略-
 それらは、いまはない。戦禍による。沖縄戦において、日本軍は首里を複郭陣地としたため、ここで凄惨な最終決戦がおこなわれ、このため、兵も石垣も樹も建造物もこなごなに砕かれた。


                    司馬遼太郎著 「沖縄・先島への道」より


b0029488_2144025.jpg


沖縄の自然や文化に親しむとき、何故ここが戦場になったのだろうかという単純な疑問が湧いてきます。ボクには、戦地にいた人々が、それは兵士も民間人も、日本人もアメリカ人もあるいはその他の国の人々も、おそらく一人残らず、不条理の中で得体の知れないものと戦っていたように思えるのです。戦争の恐ろしさは、そういうところにもあると思っています。

b0029488_2153677.jpg


 沖縄県の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和の確立に寄与することを願い、国籍及び軍人、民間人を問わず、沖縄戦などで亡くなったすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎(いしじ)」を建設する。
 
                 沖縄県HP 「『平和の礎』建設の趣旨」より


b0029488_2163921.jpg


海を見渡す丘の上、平和祈念公園の「平和の礎」が語りかけるものを、確かに受けとめたいと思います。

More  『西蔵坊だより』へようこそ
by e.wash-r | 2005-06-24 00:01 | Comments(0)