2005年 07月 28日 ( 1 )
『お経を習いましょう』
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夏休み恒例の『お経を習いましょう』がはじまりました。当地では、仏教会と子ども会とお寺ががうまく連携して、ラジオ体操のあと、お経を習うのが習慣になっています。

岩利は、約80戸の村です。そのうち90%以上が、臨済宗妙心寺派の檀家さん。残りの数%が、浄土真宗本願寺派、創価学会、神道、等々です。なぜか、当西蔵坊・正蓮寺の周りは全部臨済宗の檀家さんです。

ラジオ体操が終わると、こどもたちは、それぞれ各宗派のお寺へ向かい、そこでお経を習います。正蓮寺へは、4人の女の子たちがおまいりに来ます。みんな、もう十分におつとめができるので、"お経を習う"というよりは、おあさじ。御燈明をあげて、正信偈をおつとめします。

今3年生のKちゃんが小学校を卒業すると、おそらく彼女たちのこどもが小学生になるまで、こどもはいません。ちょっとさみしくなります。



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さてさて、ラジオ体操を終え、それぞれの宗派のお寺へ、お経を習いに向かうこどもたちをみて思ったこと。

はたして、我が宗派の教義に基づく社会性をとなえ、社会運動などを展開する意味があるのだろうかと・・・。(宗派内のことなら、なんとなくわからないでもないですが、でもそれを社会性と言っては、世間に笑われます。)

臨済宗の子、創価学会の子、神道の子に、例えば、我が宗派の教義に基づく反差別への取り組みを、どう説明すればいいのでしょうか。彼らには彼らの道理があるわけで、伝えることができるのは、論理ではなく「わたしは差別をなくしたいと思う。」というシンプルな意志でしかないと思うのです。

なによりも、まず、しなければならないのは、臨済宗の子・創価学会の子・神道の子にも、お寺に遊びに来てもらうことかな。ボクはそう考えています。

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by e.wash-r | 2005-07-28 11:12 | Comments(0)