2009年 04月 19日 ( 1 )
如来の願船 -三尺箸の譬え-


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  空腹の人たちの前にご馳走と長い箸がある。
  空腹の人たちはご馳走を食べようとするが箸が長すぎて口に入れることができない。
  その様を地獄に譬える。
  もし、空腹の人たちがその長い箸でご馳走を与え合うことができたら。
  その様を極楽に譬える。


有名な地獄と極楽の譬えです。「三尺箸の譬え」とも言うそうです。



T家のご法事。

無量寿経をおつとめし、ひと休みの時間、滋賀からおまいりのおじいさんが言われました。

「孫が毎週お寺の日曜学校に行っています。わたしもこどものころ、お寺の日曜学校へ行きました。よく地獄と極楽の話を聞きました。」

そんなうれしい話を聞いたので、お取り次ぎに「三尺箸の譬え」話をしました。



この話の出拠や真意を知りませんが、ボクは「獲ろう、獲ろう。」とする人のすがたと、「与えよう、与えよう。」とされるほとけさまのお慈悲の譬えとして受けとめたいと思っています。

人が与え合うこと、例えば優しさや親切は、当然大切なことでつとめてゆくことだと思います。その観点から、この譬え話を人の心の有り様の問題ととらえれば、献身や共生や社会性のすすめと理解することもできます。

この譬え話が学校や講演会で「よりよい人間になるため、よりよい社会を築くため」に引用されるのであれば、それはそれでいいと思っています。でも、ボクは、やっぱりほとけさまのお話しとして聞きたいと思うのです。



  小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもふまじ
  如来の願船いまさずば 苦海をいかでかわたるべき



法事の後のおときの席、当主Tさんの挨拶。

「・・・。なお箸は短いものを用意しました。存分にお召し上がりください。」
                  




法事っていいねえ。





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by e.wash-r | 2009-04-19 23:14 | 智慧と慈悲 | Comments(0)