2010年 04月 19日 ( 1 )
コワイ夢 -さようなら-
最近、時々胸に痛みがあります。
そのせいかもしれません。コワイ夢を見ました。

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  夜、どこかの家の庭で懐中電灯のような灯りが動いていました。
  不審に思って近づくと、何者かが逃げ出しました。
  追いかけると、何者かは道路に停めてあった車に乗って走り去りました。
  ナンバーを憶えようと車の後ろを目で追っていると、車が急にUターンしました。
  戻ってきた車から何者かが降り、ボクの方へ走ってきます。
  なぜかその途中にはさみが落ちていて、何者かはそのはさみを拾いました。
  そして、ボクの胸を刺しました。


そこで目が覚めました。胸にけっこう厳しい痛みがありました。

"コワイ夢"と思って、また寝、そして朝。また夜になって、どうしてあんな夢を見たのかなあと今、分析しています。

たぶん、以下の3点が、夢と何らかの関係があるのではないかと・・・。

①、胸に痛みがあること。

②、昨晩、竹内整一著『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか 』(ちくま新書)の内容のことが気になり、そのとき、本を薦めてくれた法友M師のことをふっと思いだしていました。彼は、ある事件に巻き込まれ、「27歳の僧侶刺される」と新聞に載ったことがあります。

③先ほど、居間のおもちゃのテーブルの上に、こどもの給食配膳用の白衣と赤いはさみがのっていることに気づきました。(夢に色はないといいますが、夢の中のはさみは、その赤いはさみだったように思います。;写真)

たぶんこの三つがほどよく絡み合ってあの夢になったのではないかと・・・。


たぶんいくらか疲れも溜まっていたのだろうと思うのですが、それにしても、夢の中の何者かは何者なんだろう。




ところで、竹内整一著『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか 』(ちくま新書)、おもしろかったです。

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アメリカの女性飛行士アン・リンドバーグの著書『翼よ、北に』から、日本でであった美しいことば「sayonara」についての記述が引用されており、そこを印象深く読みました。

"「サヨナラ」を文字通りに訳すと、「そうならなければならないなら」という意味だという。これまで耳にした別れのことばのうちで、このように美しい言葉をわたしはしらない。"

"「サヨナラ」は言いすぎもしなければ、言い足りなくもない。それは事実をあるがままに受けいれている。人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。すべての感情がそのうちに埋み火のようにこもっているが、それ自体は何も語らない。・・・"


最近、みんな「さようなら」と言わなくなりましたね。




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by e.wash-r | 2010-04-19 00:14 | そらごと、たはごと | Comments(2)