2014年 06月 03日 ( 1 )
美濃四十八座 林双寺真宗講座 長倉伯博師
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昼座のお聴聞。ご講師は、鹿児島の長倉伯博先生。終末期医療の現場、人智の及ばない死という現実の前の、摂取不捨のお慈悲のお話でした。

十回目を迎えられた林双寺真宗講座。この法座を準備されるご住職には、どこか鬼気迫るものがありました。そのご住職の気迫と緊張感をそのまま受けてのお聴聞。熱いお座でした。



日程が合わず、ボクは昼座、坊守は夜座とそれぞれのお聴聞。

10時過ぎに帰宅した坊守が、珍しく話しかけてきました。

「SさんやMさんが、涙なしでは聞けないと言っていたし、実際わたしの周りの人たちはみんなボロボロ泣いていたんだけど、ぜんぜん涙が出なかったの。どう思う?」

なんとなく、涙が流れなかったことへの後ろめたさを感じているようでした。

ここは、とりあえず共感しておくのが無難と思い、”ボクも、涙は出なかった。”と伝えました。坊守は、”お父さんは冷徹だから、涙は流さないだろうけど、わたしは涙もろいんだから・・・。”と。言いたいことはわかるけど、それは話の本質ではないと思ったので、一応ちょっと反論・・・。

そんなこんなで、あーだこーだと、ずいぶん長い時間。

まじめに討論した結果、要するに、偶然だけどボクたちはマイノリティなんだろうということになりました。多くの方々とは少し違う受けとめ方をしたのかもしれない、と。

そして、「そのことを自覚していないと誤解を招くことになるかもしれないから気をつけよう。」というマジョリティグループを多分に意識した重大な結論に至りました。


いずれにしてもお慈悲のなか、泣いても笑っても、泣かなくても笑わなくても、やっぱり阿弥陀さんです。




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by e.wash-r | 2014-06-03 23:23 | お聴聞 | Comments(2)