西蔵坊だよりへようこそ    -TopPage-
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# by e.wash-r | 2012-12-31 23:59 | ■お知らせ・ご案内など■ | Trackback | Comments(7)
金環日食だったので・・・



マニアックな同級生のMくんがいっしょに日食を見ようと誘ってくれた。できるなら、完全な金環を見に静岡まで行こうと・・・。くされ縁の同級生のAくんも誘った。

日曜深夜、三々五々にMくんの単身赴任先の豊田に集合。日食を肴に同窓会、酒豪のM・Aのご両人にとっては、絶好の酒盛りの縁である。下戸のボクのためにとMくんが用意してくれた6種類のノンアルコールビールが、彼の意気込みを表していた。


Mくんの奥さんも交えて、午前3時過ぎまでおおいに語り合った。

Aくん:「みんな結婚して何年になる?銀婚式した?」

Mくん・ボク:「何年経ったかわからん。銀婚はたぶん知らずに過ぎた。」

Aくん:「一年遅れで銀婚記念の旅行に行ってきた。」

Mくん・ボク:「さすが!やるねえ。どこへ行ったの?」

Aくん:「カミさんがエジプトへ行きたいって言うんで、大阪でエジプト展見てきた。」

Mくん・ボク「何じゃそりゃ。」

Aくん:「海遊館も行ってきたよ。」


こんなたわいもない会話が、やがてMくん夫妻の確執に・・・。


Mくん:「金環食見るって言っとるのに、カミさん、11時に仕事受けとる。間違っとる!」

Mくんの奥さん:「金環食より仕事の方が大事。」

Mくん:「11時の必然はない。13時でもよかった。ワシは金環食にかけとるんや。」

Mくんの奥さん:「だってわたしは金環食のことなんて意識にないんやもん。」


あーだこーだひと通り話しが巡ったところでMくんがしんみりと言った。


Mくん:「もうそろそろ、大切なもののために生きたいと思う。そんなに時間はない。」

ボク:「大切なものは、後回しにしても大切のままなんやよね。そう思うことにしてる。」

Mくん:「その話、blogにあげてよ。」


酔っぱらった畏友としらふのボクの妙にシリアスな会話で、ますます夜は更けていったのでした。


飲み過ぎ、しゃべりすぎで、朝寝坊。おまけに空は厚い雲。金環食を見るのを諦めました。

が、北の方は晴れているらしいという情報。あわてて東海環状道に乗り、一路北へ。足助あたりで雲が切れ、快晴。7時過ぎ、せと赤津PAに滑り込み、ギリギリのところで金環食を見ることができました。

午前9時。岐阜に帰って、オツトメ。日本中の人たちを翻弄した金環食はさすがです。



しんらんさまの誕生日。6月19日にお祝いの予定。



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# by e.wash-r | 2012-05-21 23:08 | 溺レル | Trackback | Comments(1)
仏教壮年会例会 -真宗儀礼の勉強会3・家庭のお仏事-


当寺仏教壮年会主催の勉強会。昨年から「真宗儀礼」というテーマで行っています。

「真宗儀礼」と言っても、ボク自身、十分に理解していない部分、現場のない領域があるので、「なんとなくみんなで考えてみましょう。」というノリです。


仏事には、おおよそ次のような要素があると考えています。

仏徳賛嘆:ほとけさまをほめたたえる。読経。荘厳。
遇法:おみのりのあう。お聴聞。
講:よりあう。座。

茶人が「一期一会」と折にふれ茶会をもつように、酒好きが「雪が降った」「花咲いた」と酒を飲むように、縁が整えば開くのが法座。「逆縁」「順縁」「くされ縁」「無縁」、何でもありです。


勉強会は、現実的な死に関する儀礼を具体的にたどりながら・・・。

例えば「臨終勤行」について。

本来、臨終勤行は、いよいよ死を迎える方が生前最期の仏縁に遇うことです。現実は、死後を臨終とみなしておつとめしています。

また、真宗には臨終法話という有り難い法縁があります。死期を感じた方・死を意識した方や、そのご家族が、ご院さんを招いてお聴聞するという習慣です。

臨終とは、命の終わりに臨むとき(臨命終時)のこと。仏法にであわれた先人方は、死を予測できない以上、常に「今が臨終」と、生死を味わい受けとめて、ボクたちに伝えてくださいました。

臨終のボクがお聴聞するのは、ただただ阿弥陀さまの摂取不捨のお慈悲のお話・迎えてくださるお浄土のお話。

「もし法座で、ほとけさまのお話として"生き方"や"世間のあり方"を説かれたら、その話はちょっと怪しいと思った方がいいかもしれないですよ。臨終の今、"生き方"や"世間のあり方"を問われても困るでしょ。」

思わず余分なもの言いをしてしまいましたが、ボクの本心です。


「出棺勤行」について、「葬儀場で葬儀をするようになった今、出棺勤行は、家のお仏壇でつとめたい。ご院さんに、そう指導してほしい。」というご意見をいただきました。そうします。


終始和やかなお座でした。



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# by e.wash-r | 2012-05-20 00:49 | ようこそ正蓮寺へ | Trackback | Comments(0)
第4回 正蓮寺の歴史を語る会  -西蔵坊-


3時から2時間、参加者7人。

ボクは、ご葬儀があり開会前と閉会直後に、なんとかご挨拶ができた程度。

今回は、当寺が「正蓮寺」の寺号を賜る前、「西蔵坊」と称していた頃(およそ500年ほど前)のことの考察。

当地文書には、西蔵坊は『京都にて開基』とある。
当寺文書「正蓮寺旧記」には、『彦坂南方に坊舎あり。西蔵坊と号す。』とある。
彦坂地内古老の話として、「彦坂南方の山中に「善仏」という字があり、寺院があったと伝えられている。礎石等も残っていた。西蔵坊跡であろう。」

「西蔵坊」の所在が少しづつあきらかになってきています。・・・楽しみ。



というわけで、当『西蔵坊だより』の「西蔵坊」は、正蓮寺の旧名・開基のときの名称です。



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# by e.wash-r | 2012-05-19 23:34 | ようこそ正蓮寺へ | Trackback | Comments(4)
ワールドワイド -Woeld Choir Games (世界合唱祭)-


地域のこどもの合唱団である「むくの木合唱団」が、アメリカのシンシナティで開催される第7回世界合唱祭(7th Woeld Choir Games)に参加します。 

シンシナティ市と友好関係にある岐阜市に友好出演の依頼があり、市の要請を「むくの木合唱団」がお受けしたという次第。いわば岐阜、ひいては日本代表の小さな親善大使として、アメリカできれいな歌声を披露することになったわけです。

「むくの木合唱団」は、生徒数100人ほどの小学校校区の有志が地域に根ざして活動しています。地域の方々に親しまれ、すばらしい指導者に恵まれ、30年続いてきました。卒業生も含めた成人のコーラス、シニアのコーラスも派生しています。

「むくの木合唱団」は、過日、市の公的な催しで歌ったそうです。当局、報道関係の方々が絶賛されたと聞いています。ボクが出席したある市の会議でも、そのときのことが話題になっていて、市の教育委員会の方々が、地道な活動とこどもたちの美しい声をしきりに賛嘆していらっしゃいました。

ほぼ部外者ですが、歌をよろこび、歌に育まれていくという活動を、ほんとうに真摯にとりくんできた「むくの木合唱団」を、おおいに褒めて、敬意をもって紹介させていただきました。



成り行きで、坊守が合唱団のお手伝いをしている関係で、ボクも成り行きで坊守のお手伝いをしています。将軍様の命令ということです。

世界合唱祭については、関係者とのやり取りがほとんどmailであるため、形式的にボクが窓口。坊守が、pcやmailのことを頑なに拒むので仕方ありません。

お寺のpcを介して、本部のドイツ、開催国アメリカ、実質的な通訳と事務担当で卒団生のaちゃんが住んでいるフィンランド、そして市役所、団代表、それに、ボランティアのアメリカの日系人団体の間を、mailが飛び交っています。

内容がわからないままmailの中継をしているのが現状で、先日、大きな過失をしました。aちゃんが、見事な対応で危機を脱してくれてホッとしていますが、実は大失態の中身はよくわからないままでいます。実質的には、Aちゃんひとりの奮闘で事務が回っている状況です。組織機能の問題として、市役所が窓口になってもらえると有り難いのですが・・・。

フィンランドから一時帰国しているAちゃんがお寺にきて、坊守と事務仕事をしていました。庫裏でノートPCを開き、webと電話でドイツやアメリカの関係者、市役所とやり取り。まるで小さなoffice。最近はやりのノマドってこういうことなんだろうなあ。

よくわかりませんし、ボクは何もやっていませんが、当寺が世界と繋がっていると思うと住職としては、いい気分です。

Aちゃんの仕事と献身に、ただただ、敬服・感謝。



【付記】

芸術やスポーツは、裏方の献身がなかったら成り立たないことを痛感。現代の芸術やスポーツは、好きなひとが好きなことをしているという純粋な「遊び」の領域にはないということのようです。

「西蔵坊だより」の『言わなくてもいいこと』より引用。

行列のできる法律相談所の再放送(をチラッと見た)。

橋下弁護士:「世話になった親に、その恩を返さなければならない云々・・・」
北村弁護士:「その恩は社会に還元しろ云々・・・」



"芸術やスポーツは、実はとっても窮屈なものになってしまったのかもしれない。"

あらためてそう思いました。ずっと、いつか考えてみたいと思っていたことです。



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# by e.wash-r | 2012-05-18 22:16 | そらごと、たはごと | Trackback | Comments(4)
本堂屋根の定期点検


年に2回、梅雨の前と台風の季節の後の本堂の屋根の定期点検。

蒸し暑い日でいたが曇天。屋根の銅板が熱くなっていない日でよかったと思います。職人さんの話しでは、日差しが強いと、靴の底が溶けるそうです。「目玉焼きできるよ。」とのこと。

今回で、5年間の定期的な屋根の保守点検の契約が終わります。現場監督のOさんのお話では、一定の効果があがっているので、今後は、状況に応じた保守点検でいいのではないかと。契約にかかわらず、状況に応じて柔軟に対応してくださるということでした。

有り難いことです。お寺は、こんなふうに大切に護られてきたんでしょうね。




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# by e.wash-r | 2012-05-17 23:14 | ようこそ正蓮寺へ | Trackback | Comments(0)
岐阜教区少年連盟総会


午後5時から岐阜別院にて。いわゆる総会議案の審議等。

今年のサマースクールは、7/30・31に板取にてという報告。こども100人の定員分の宿泊は確保してあるとのこと。

4月のこどもの本山参拝が、史上2番目の参加者数だったことも併せて、「キッズサンガ」の取り組みが、現場で生きていることを実感しています。

日曜学校こども会(少年連盟)・キッズサンガ・美濃四十八座にて、場を同じくするご院さん方の中で、同じ顔ぶれが多いです。

手前みその考え方ですが、とりくみのベクトルが同じなんだろうと・・・。

閉塞感のある宗門の現況を鑑みるに、ひとつの方向性を示していると考えていいと思います。中央の方々のベクトル、認識や如何。


# by e.wash-r | 2012-05-16 23:33 | おまいりにて | Trackback | Comments(0)
美濃四十八座 妙徳寺真宗講座 谷川弘顕師


昨年からはじまった長良の妙徳寺さんの真宗講座の昼座へ。また遅刻。

お説教の最中そっと本堂に入ると、満堂で席がありません。椅子の隙間で正座してお聴聞。


ご法話は、兵庫県の谷川弘顕師。

表情、身振り手振り、ことば。お聴聞の方々との絶妙の「間」、コミュニケーション。なんだかクスクス笑いながら、ほとけさまのお慈悲に遇いました。

どこが言われてもうまく言えないのですが、懐かしいという気持ちでお聴聞しました。


私たちは自分の目を見ることが出来ない。
私たちの知識は時間限定・場所限定・条件付き。

ほとけさまの眼は智慧。
いつでも、どこでも、障りなし。


楽しそうに「夜座が佳境ですよ。」と結ばれましたが、残念ながら、夜は法務へ。



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# by e.wash-r | 2012-05-16 00:03 | お聴聞 | Trackback | Comments(2)
美濃四十八座 正尊寺真宗講座 福田康正師


法務を終え、また遅刻して夜座へ。ご院さんの仏事作法のプレゼンテーションの最中でした。

正尊寺さんは、14年前、第1回の真宗講座を単独ではじめられました。今回は五十一回目。ビジョンをもった直球勝負の法座が、多くの法友をよろこばせ、美濃四十八座となりました。感慨深いものがあります。


ご法話は、山口県の福田康正師。

「葬式はいらない」か?
馬や鹿は葬式をしないが、人は馬や鹿の葬式をする。
人は葬式をする生き物。死を知っているから。

因果、因縁生起とは、すべてはつながっているということ。
つながっていないようにみえるものがあるが、それはつながっていないというつながり。
さまたげとならないというつながりがある。

わたしがお寺に来ることができたのは、さまたげるものがなかったから。
わたしとほとけさまはつながっている。




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# by e.wash-r | 2012-05-15 00:05 | お聴聞 | Trackback | Comments(0)
「母の日」と「誕生日」


ひとり遅い夕食。奨学金のことで長男に電話した坊守が、うれしそうに話しかけてきた。

「Uくんがね、奨学金の話しがすんだら、『今日は"母の日"やね。おめでとう!』って言うんやよ。『おめでとうじゃないでしょ、ありがとうでしょって言っておいた。」と。

長男がそんなことを言うという意外性もあり、坊守は、なんだかんだ言って、とにかくうれしそうである。

そこで、ボクと次女も「母の日、おめでとう。」と言った。


一日後、奨学金のことで、坊守はまた長男に電話したらしい。

「Uくんがね、『もうすぐ父ちゃんの誕生日やね。バイト代がはいったから、何か欲しいものないか聞いといて』って言ってたよ。あの子、だいじょうぶかなあ。」と。

なんとなくこそばゆい感じ。「アイツ、だいじょうぶかなあ。死んでしまわないやろうな。なんか心配やなあ。」ということで、みんなの意見が一致した。


父としては、"そんな人間に育てた憶えはない!"ので、困惑するのである。結果的に、父親の存在感のなさを実感したこととなった。

悔しいので、父親らしく言っておく。

「感謝や祝福は世間にしなさい。ほとけさまにしなさい。なるべくはやく住職替わって。」



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# by e.wash-r | 2012-05-14 01:46 | 遊びをせんとや生れけむ | Trackback | Comments(2)
驕慢心 -正座のこと-
S寺ご法要。O師ご装着の「足のしびれ防止装具」。お坊さんでも足は痺れるし痛いのです。



『座って過ごす時間が長いほど平均寿命が短くなる』らしいです。

アメリカの医学論文で『1日6時間を座って過ごす人は、座る時間が3時間未満の人に比べて死亡リスクが女性で37%、男性で17%高い』と報告されました。

1993~2006年の14年間、成人約12万人の追跡調査のデータを解析したものだそうです。

『長時間座って過ごし、かつ運動や体を動かすことをしない人は、さらに、死亡リスクが倍以上高くなる』そうです。



ちょっとハードだった日曜日のおまいり。


   【朝寺を出て、夜帰ってくるまでの、おおよそのボクの状態】

     約9時間30分  正座していた時間 
     約2時間30分  車を運転していた時間
     約30分     立っていたか歩いていた時間
 

12時間以上座っていて、しかもその大半は正座。立っていたのは、ほんの30分という異常。

毎日のことではありませんが、とりあえず命削ってつとめています。


このような内容を書くことを俗に愚痴といいます。なお、仏教では、「愚痴」は「愚かなこと」の意です。

また、仏教では、なんだかんだ言って、要するに「オレってこんなにがんばってるんだぜ。」という類のことを言いたい心のことを、「驕慢心」といいます。「おごり」と「たかぶり」のこころです。


ボクの「愚痴」と「驕慢心」で彩るblogですが、たまには、ほとけさまのおこころも賛嘆しますので・・・。



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# by e.wash-r | 2012-05-13 23:25 | そらごと、たはごと | Trackback | Comments(4)
黒野組仏教壮年会総会・研修会


当寺の仏教壮年会の会長さんと黒野組仏教壮年会総会に出席。


論理的な「組織」が先導し「現場」を育むのか、「現場」が「組織」化するのか?

そんなことを考えています。

目的があるならば、「組織」と「現場」について、ますます真剣に具体的に考える時期が来ていると思うのです。そろそろ形骸化したスティロタイプの組織論・教化論を見直すときなのではないかと思うのです。



ボクは、基本的に現場主義で、目的についても現実的なので、どちらかというと『「現場」が「組織」をつくっていく』と立場を好みます。そういう意味では、当寺の仏教壮年会については、ここ5年、等身大の足元のことというスタンスで細々と続けてきました。会長さんも会員さんも同じスタンスです。

そのうえでです。さらになる組織化の目的は何なんだろうと思うのです。各お寺の仏教壮年会というものと、組や教区の仏教壮年会がなんとなくなめらかに繋がらないような気がするのです。うまく言えないのですが、形骸化とは、たぶんそういうことなのかもしれないと…

批評だけして現場がないということを潔しませんので、とにかく、当寺の壮年会を大切にしていきたいと思います。組織や制度の維持という目的にならないように・・・。



もうひとつ。「現代社会と念仏者」という講題の研修について。

念仏者として、どのように身を処していくか、どのような心持ちで生きていくか、寄り添っていくにはどうしたらいいか?というお話。「ほとけさま」ではなく「私」の話。

このような内容のお話の場合、往々にご門主のお言葉が引用されます。

ご門主の発言は、ご門徒へのおことばであるとともに、日本最大の宗教教団の宗主としてのものであると、ボクは受けとめています。あらゆるものへのお気遣いのうえのおことばであるということです。宗教教団は娑婆の俗物ですから。

門徒としては、そのお気遣いのおことばのなかのご法義を間違いなく聞いていきたいものです。

なんだか全体的に口幅ったい言い方ばかりになりました。(すこしですが)はっきり言うと、ご門主のおことばの断片を受け売りするようなことは慎みたいですね。


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# by e.wash-r | 2012-05-12 23:48 | そらごと、たはごと | Trackback | Comments(0)
美濃四十八座 光照寺真宗講座 田中光海師
夜座  陶器のあんどん 「こうしょう寺」の文字が黄色く揺れてお出迎え  
興正派、田中光海師  香川県より
外は冷たい風 凛とした堂内


揖斐宝来の光照寺さんの夜座のお聴聞。法務・公務があり、今回も遅刻。

寒く風の強い夜。その外の寒気と風音を感じながら、本堂という宗教空間に浸りました。


ご講師は、香川県より、興正派の田中光海師。妙好人浅原才一さんのありがたいことばを引かれ、論理的に海一味のお話。ありがたいことばと論理の妙。

宗派を越えて、阿弥陀さまの賛嘆をお聴聞できるのも、美濃四十八座の有り難いところ。娑婆なので、ボクたちは娑婆の論理でいろんな関係を作り上げていますが、ご法義のうえでは、「阿弥陀さま」とその「ひとり子」しかいないんですよね。



法座の後、お聴聞の女性がお内陣のお荘厳を眺めていらっしゃいました。打ち敷きの独特の色合いを楽しんでいらっしゃるご様子。ボクも気になっていたので、近くで拝見。

菊と牡丹と藤の文様。彩色された菊のピンクが不思議な雰囲気を醸し出していました。ほとけさまをお飾りするために考えられた意匠。こういうこともお寺の楽しみです。



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# by e.wash-r | 2012-05-11 00:25 | お聴聞 | Trackback | Comments(2)
義理と人情  -オフィシャルなこともすこしひきうけています-
9日 夜
9日 深夜 
10日 夕方  このあともうひとつの会議に



『昔の村落共同体では、いわゆる村役である道普請とか川普請、祭礼儀礼、おつきあいが最優先事項で、食べていけるならば、生業である農作業は二の次だった。』

こんな話を聞きました。

実際は「食べる」ことは常に現前に逼迫しているので、決して昔は余裕があったということではないと思います。多少の誇張はあるにしろ、頷ける話だと思います。そして、田舎に暮らしていると、またお寺のありようを思うと、その「昔の村落共同体」は、実は今も存在し、ボクはその住人なのだろうと思うのです。

様々な公的なお役を仰せつかって、その役には、さらに「アテ職」と言われるお役が加わって、それなりに大変なことになっています。

正直なところ、やむを得ずなのです。忙しいからとそれらを断って、単純に生業や遊びを優先させるほどの度胸がないというのが本音であります。こういうことは、構造の問題なので、構造を変えていくという努力をするのが正統だと思いますが、構造が巨大すぎる場合は、費やす努力と結果のバランスを見て、受け身でつとめるという選択もまた仕方のないことかもしれません。

どれほどお役に立てるかどうかわからないけれど、少なくとも誰かがやらなければならない構造のつとめを引き受けるという点では、役に立っていると自負しています。

生業(仕事、契約)や遊び(趣味やスポーツや芸術や家族のことなど)を優先できる人に嫉妬します。

まるで愚痴ですが、こんな風に考えるようにしています。

「ほんとうに大切なことには、強制も義務も責任もない。だから、あとまわしにできる。」

たぶん、大切なことは、わがままを許してもらえるようなことなんだろうなあ、と。



連日、お受けしたお役の会議や仕事。オフィシャルな某会議の名札の肩書きが「正蓮寺住職」だったことが、妙にうれしかったです。

そんなわけで、ゆっくり、お聴聞のご縁に遇うことができません、という、やっぱり愚痴。



                    Tumblr 『西蔵防だよん』 

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# by e.wash-r | 2012-05-10 23:15 | ふるさと | Trackback | Comments(0)
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