カテゴリ:お聴聞( 176 )
三木先生の講義を聞き、伝灯奉告法要に参拝
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京都東急ホテルで、O師追悼法要をつとめ、三木照国先生の渾身の法話をお聴聞。

正直なところ、三木先生の最後の講義かも知れないと思って、京都へ向かいました。

療養中の先生は、車椅子でしたが、相変わらずの迫力。法話中、声をつまらせO師のことを語る熱いお姿を拝見し、変わらぬおみのりへの情熱を浴びた気がしました。

「本典」の講義も「現代教学」の講義も、まだまだ続けられるという意気込みに、敬服。


会食のあと、門前を少し散策して、三木先生の勉強会である「四法会」として伝灯奉告法要に団体参拝。せっかくのご縁だったので、出勤すればよかったなあと、少し後悔。

5/31までに、出勤しようと決めました。




                    
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by e.wash-r | 2017-04-25 23:25 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 正尊寺真宗講座 桑羽隆慈師
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本年度最初の美濃四十八座。

正尊寺真宗講座昼座1席目と夜座2席目をお聴聞。山口の桑羽隆慈先生のお話でした。

楽しいお話を聞くうちに、気がつけば、しみじみ他力のお慈悲のなか。


今年も、美濃四十八座がはじまりました。

昨年の11月からおよそ5ヶ月ぶりに会う他寺の方々と「お久しぶり、今年も始まりましたね。」とごあいさつ。多くは、お顔はよく存じ上げていても、失礼ながらお名前を知らない方々。

たぶん、はじめてお会いする方々も何組もみえました。ご住職の、お誘いようを想像。

とにかく、満堂のなか、今年の美濃四十八座が、賑々しく、衒いなくはじまりました。

ただお座で会う、というお仲間と聞くお慈悲のお話。つくづく、お座の力、お座の楽しみを思います。


なんといってもお寺と仏事がおみのりのひろまるところ、とお話くださった先生のことばの重さを、住職として、凛と受け止めました。




                    
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by e.wash-r | 2017-04-20 23:08 | お聴聞 | Comments(0)
本典勉学会2/24  総序
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講義中
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休憩中 

2回めの本典勉学会。午後1時から。会場を香光殿講堂に移して。

「総序」について、安方先生の4講。

総序には「念仏」「往生」「浄土」のことばが出てきません。そういうことを思って読んだことがなかったので新鮮でした。

先生は、そのことについて、灘本先生がおっしゃったことを、お話くださったのですが、聞き取れませんでした。事務局の録音を聞き直したいと思います。

25年ほど前、中央仏教学院で灘本先生の「本典講義」を受けました。当時からさっぱりわかりませんでしたが、灘本先生が、宗祖の緻密な構成による本典の構造を、いつも感嘆し讃嘆されていたことは、鮮明に覚えています。

録音を聞き直すのが楽しみです。


聴講の方々が、なんとなくですが、講義を楽しみに来ていらっしゃる感じ。義務でもお付き合いでも動員でもない場の心地よさがあります。


相変わらず坊守に「遊びに行くんでしょ。」と送りだされています。

ハイ。贅沢ですね。




                    
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by e.wash-r | 2017-04-06 23:26 | お聴聞 | Comments(0)
安心論題勉強会終了
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15日、長久手会所、16日、豊田会所で、成照星先生の安心論題の講義を受けました。

はじまりがいつだったか、ファイル等を調べてみましたが、正確にはわかりませんでした。たぶん2003年ごろ。十数年かけて、今回終了しました。

S師、Y師、H師と4人ではじめた勉強会。講義の深さに対し、自身のていたらくを恥じ入るばかり。

今回も、講義の後、先生は「何か質問はありませんか?」と。

学生のAちゃんのQ。
「€']*%#\*|+'[>'|€|+';'$|'|{?」

成先生のA。
「$"}{%^^"'+.&"|+$「)」-8:¥3^_^f。」

とにかく、ボクにおいては、勉強不足という事実のみですが、その場にいることができたことは、おおいによろこびたいと思います。

そんな思いを見透かすように、“仏法は毛穴から染み込む、と言いますが、あれはお説教の味わいの表現。ひとつひとつのことばを丁寧に、ご本典を読みなさい。”の意の先生からの訓。顔を上げられませんでした。

この十数年、怠惰に勿体無い時を過ごしてしまったことを、今更ながら呆然とふりかえっています。

わりと楽観的なボクにしてはめずらしく、漫然と過ごしてしまったことに、ひどく落ち込んでいます。困ったことに、こんな気持ちも、またすぐ忘れてしまうんですすけどね。

それでもなお、先生と法友に深謝。






by e.wash-r | 2017-02-16 23:05 | お聴聞 | Comments(0)
通夜布教
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村の新年会の後、雪道を4時間走って、やっとたどり着きました。

本願寺通夜布教。

午前2時5分。もう寝ていらっしゃる方がチラホラ。

ボクももう寝たいです。絶妙のPAを通して聞こえてくるクリアなお取り次ぎ。よく聞こえますが、眠っています。

ぎいhくhkgyhvbこygcvbhbjgcf


by e.wash-r | 2017-01-16 02:38 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 黄鐘会冬座 成照星師
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成先生をお迎えして、美濃四十八座・第23回正蓮寺真宗講座・黄鐘会冬座をつとめました。

「たて分け」ということばに代表される先生のお話のスタイルのままに、終始一貫して、丁寧な他力のご法義をお取り次ぎいただきました。

ボクたちが分別智しか持ち合わせない以上、法話とは言え、何に執着し、何が語られるのかという大前提、言ってみれば、少なくともなんとか共有できるモノサシが必要です。

先生の話は、いつもそこからはじまります。仏教におけることばの定義、その共通理解があって、はじめて、ともに分別智の中の、ほぼ同じ仏教の論理が展開されるわけで、普段、生活のなかで使うことばであればあるほど、丁寧に用いられお話しをされる先生の思いを、真摯に受け止めたつもりです。


受け取るお慈悲はそのまま。どう受け取るかはボク次第。

受け取ったボクが規定される普遍的な因果関係の科学とは趣の違う、迷いのままの私のうえに成立する因果の道理、有り難く聞かせていただきました。

お座のあと、先生は「ちょっと難しいたとえだったかな、ほかの言い方のほうがよかったかもしれない・・・」とおっしゃいました。難しかったです。でも、お同行は身を乗り出して聞いていらっしゃいました。

先生にもお同行にも失礼な言い方になりますが、ボクたちは、わからないときも、間違いのないお慈悲が語られている、そう思って聞き入っていました。わからないときも、本堂で今、仏法が説かれている、そう思って同座していました。

おみのりが取り次がれるということ。ボクは、間違いなく、それがお座の姿だと思っています。生意気に言えば、お寺の存在する意味だと思っています。

そういう意味で、当たり前のことととは言え、ボクは住職として、お座をたてることができたと実感していました。むちゃくちゃうれしい気持ちでいました。


世間のことを知らされて、世間の生き方を身につけることができたとしても、それをお座とはいいません。(ボクはそう思っています。)

”ご講師をお招きした住職がひとりよろこべば、それでお座は成り立つ”という美濃四十八座のコンセプトのひとつ。おみのりが説かれ、おみのりを聞く。それだけ。

夜座が終わったとき、ここにお寺があってよかった、と思いました。




                    
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by e.wash-r | 2016-11-17 23:52 | お聴聞 | Comments(2)
美濃四十八座 教徳寺真宗講座 渡邊幸司師
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教徳寺真宗講座、夜座のお聴聞。ご講師は広島より渡邊幸司先生。

讃仏偈を通して、法蔵菩薩のお誓いの尊さのお話し。トレードマーク(たぶん)のオールバックのダンディなご容姿から、繰り返し繰り返しのご賛嘆。

そのままの救いは、法蔵菩薩がそのまま救うと誓われたということ。私たちが自ら、そのまま救われると開き直ることではない、と。


(たぶん)ご縁フェス、お取り越しと続き、意識朦朧のご院さん、こどもをおんぶして奔走される坊守さん、駐車場の案内係から受付、法話中のバックグラウンドの喚声、黒板の手形まで大活躍のこどもたち。相変わらず、独特のあたたかい雰囲気のお座。冷えた夜の、ストーブの暖かさも有り難い本堂でした。

仏法には世間のひまを闕(か)きてきくべし。世間の隙をあけて法をきくべきやうに思ふこと、あさましきことなり。仏法には明日といふことあるまじきよしの仰せに候ふ。

蓮如上人御一代記聞書

お座がはじまった8時過ぎ、なだれ込むように、正尊寺ご住職はじめ一団が入堂。伝灯奉告法要への団体参拝から帰られたあと、すぐ続けて教徳寺への団体参拝。朦朧としながらのお聴聞されるみなさんに敬服。

蓮如上人の仰せのようなことは、現実にはなかなか難しいことですが、せめて無理・無茶も楽しみのひとつにできたらと思うことです。




                    
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by e.wash-r | 2016-11-04 23:04 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 専琳寺真宗講座 高橋純明師
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専琳寺真宗講座、夜座のお聴聞。ご師は、新潟より高橋純明先生。

昼座は、十八願文のお話だったそうです。夜座は、正像末和讃をご賛題にして、同じくほとけさまの願いのお話。

如来の作願をたづぬれば
苦悩の有情をすてずして
回向を首としたまひて
大悲心をば成就せり

先生は、四六時中、ほとけさまのお慈悲をどうお伝えしようかと日暮らししていらっしゃるのではないか、と思えるほど、次々と日常のなかのふつうの出来事からのお話。他力のお取り次ぎでした。


ほとけさまのお慈悲を「親心」にたとえることがあります。ほとけさまを「親さま」とお呼びすることもあります。

極めて猜疑した言説になりますが、ボクは「親心」や「母性」のようなものは、もっとも強い煩悩のひとつだと思っています。広くい開かれたものでないこと、普遍性がないこと、執着の強いものであること等々がその理由です。

ただ、その愛情を受ける側からすると、ほとけさまやお慈悲の譬えとしては”わかりやすいかな”と言うほどが、今までのボクの聞きようでした。

今回、お聴聞して、とてもありがたく受け止めたことがあります。

先生は、「親」の姿のひとつとして、子を思う愛情という視点のほかに、生まれたときから、絶えず、すべてを見続けてきた者という視点をお示しくださいました。法蔵菩薩さまが、五劫という長い覩見と思惟をなさったことに重ねてのお話です。

ありがたく聞かせていただきました。

あらためて、そうだったのかとうなづき、ついでに、今年の報恩講のお初夜のお取り次ぎも少し考えました。


どっぷり、お慈悲に浸った夜。特に最近、ギリギリの時間で過ごしていますが、贅沢な日暮らしとも思っています。

前ご住職の急逝を乗り越えて、淡々とお座を開かれるご住職、お寺の方々の姿勢もまた、励みとさせていただきます。




                    
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by e.wash-r | 2016-11-02 23:42 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 超誓寺真宗講座 花岡静人師
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10/26、5時までにしがらみにケリを付けて、大垣の超誓寺真宗講座へ。夜座、花岡静人先生のお取り次ぎを聞きました。

阿弥陀経を通して、法蔵菩薩の五劫思惟のお話し。

たぶん、「還浄」問題へのひとつの解釈、お味わいとしてお話しくださったのだと思いますが、”そこまで願われた如来さまが連れかえってくださる、そう思えば・・・”というお話し、有り難く聞かせていただきました。

傲慢に主語と目的語を間違わないことだと思いました。



夜座も満堂。ご住職によれば、「昼座のあと、そのまま残った方々がいらっしゃって、本堂での夕食はパーティーでしたよ。」とのこと。

美濃四十八座18カ寺の中で、最も南で西のお座。おなじ美濃のうちとは言え、遠方からお聴聞に来られる方も多いと思います。お弁当もちで来ていらっしゃる方々は、和気藹々と本堂で昼座と夜座の間のお座をもっていらっしゃったようです。

当寺の総代さんであり仏教壮年会の会長さんが、職場の取引先の方を誘って来てみえました。25km、車で50分。有り難いご縁です。仕事が早く片付けば、美濃の内ならなんとかなるのが夜座のいいところなのだと思います。

お座の合間に、積もる話もできたし、いい夜でした。


下図は、美濃四十八座の会所寺院十八カ寺(1番は欠番)のおおよその位置関係。
超誓寺さんは、16番会所です。


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by e.wash-r | 2016-10-27 23:33 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 正尊寺真宗講座 若林真人師
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10月14日。正尊寺真宗講座夜座へ。若林真人先生の高座のお説教。

法然さまと親鸞さまのお出会い。ボクたちにとっては、宗教史上最高のできごとだったと言っていいのではないか、という迫真のお取り次ぎ。

800年前のこと。厳密な史実云々も去ることながら、おみのりにであったボクたちが、どう受け止め、どうよろこぶかという、ある意味エンターテイメントであり大河ドラマ。見てきたかのように語られる物語の核心は、間違いのない他力を受け継いだ歴史。

そういう世界に、どっぷり浸かった夜の一座でした。

こう書くと、宗教の怪しさ、盲信・狂信、洗脳等を想像する人もあるかもしれません。なんとなく、そういうものかもしれないなあとも思うわけですが、お話をきいて、本堂を出て、夜の道を家路につく方々(当然ボクもそのひとり)は、たぶん淡々と普通の日常に帰っていくだけです。

(信においては)すべて阿弥陀さまのお仕事。ボクたちは、どこまでも娑婆の日暮しです。


夜のお座。法然さまと親鸞さまのお出会いのような最高の宗教空間でした。
by e.wash-r | 2016-10-15 23:59 | お聴聞 | Comments(0)