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沖縄 -首里-
b0029488_223245.jpg守礼門

「琉球は礼節を重んじる」という意味があるらしいです。
現在、修復工事中のため下部はビニールシートに覆われていました。
b0029488_2234478.jpg首里城城壁

沖縄戦で破壊された首里城は、城壁の下部のみが残存していただけだそうですが、みごとに復元されています。自分がどこの国にいるのかわからなくなるような独特の雰囲気です。
b0029488_22409.jpg首里城御庭(うなー)

琉球王国は、形式的には清(中国)の支配下にありました。清から受けた金印は、チベットに送られたものと同等のものだそうです。ポタラ宮が天空の城ならば、首里城は海洋の城です。
b0029488_224167.jpg首里城より

首里城から望む那覇の街。
その先に海が見えます。

b0029488_2243041.jpgちんすこう

「ちんすこう」は、琉球王家の庖丁人をつとめた新垣家の創作と伝えられています。唐風、和風の折衷でもあり、琉球独特でもあり、そこが沖縄のデリケートな魅力です。
琉球菓子の元祖、総本家新垣菓子店のちんすこうは、今も伝統を受け継ぎ、手作りです。


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by e.wash-r | 2005-02-28 23:20 | Photo only | Comments(0)
沖縄 -ヤンバルの北・辺戸岬-
那覇の若い女の子たちに聞きました。

Q 「辺戸岬ってどんなところ?」

A 「寒い。」
  「昔、行ったことがある。」
  「ドライブでは行かない。」
  「天気がよければ、与論(鹿児島)が見える。」
  「名護から北は対向1車線の道になる。」
  「何にもない。」

ちょっと覚悟をして、目標の辺戸岬へドライブ。   
名護から、海岸沿いの心地よい道を約1時間、ヤンバルの森の北の端に辺戸岬はあります。岬には「祖国復帰闘争碑」が建っていました。小雨交じりの天気でしたが、すこし荒れ気味の海の向こうに与論島が見えました。
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サンフランシスコ講和条約の下、沖縄の方々が、この地から与論島を見た眼差しを思いました。

沖縄本島最北の地を目指す、という軽いノリで訪れた辺戸岬でも、ボクたちは「沖縄なるもの」の琴線に触れることになったのです。

帰り道は、ヤンバルの深い森と米軍基地を抜けるコースを選択。
岬の売店のおばさんに、
「すごくいい道だけど、スピード違反の取り締まりとかしてますか。」
とたずねると、
「クイナやカメを轢かないように気をつけて走ってくださいね。」
と、窘められました。・・・絶句。


「祖国復帰闘争碑 」の激しく熱い碑文というか檄文、載せておきます。

......................................................................................................................

            全国のそして全世界の友人へ贈る


 吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ。打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ。

 “鉄の暴風”やみ、平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き1952年4月28日サンフランシスコ平和条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声は空しく消えた。われわれの闘いは蟷螂の斧に擬された。

 しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ、全国民に呼びかけ、全世界の人々に訴えた。

 見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。今踏まえている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ。1972年5月15日、沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。

 しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく、ましてや勝利を記念するためにあるのでもない。

 闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。

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by e.wash-r | 2005-02-27 23:59 | そらごと、たはごと | Comments(0)
沖縄 -さとうきび-
2月、沖縄はサトウキビの収穫の季節だそうです。

b0029488_16183128.jpg突然おまいりした、Y寺様のご院さんもサトウキビ刈りで腰が痛いとおっしゃっていました。本堂再建のための一環のつとめなのだそうです。

b0029488_16191093.jpg刈り取って束ねられたサトウキビ、サトウキビを積み上げて運ぶトラック等、確かによく見ました。サトウキビが結構道に落ちていました。秋の北海道の海岸沿いの道で、輸送途中に落ちた昆布を拾ってまわったことを思い出しました。

b0029488_16194116.jpgサトウキビには、ススキを大きくしたような白い穂がでます。冬の沖縄の風物なのだそうです。ただ歌のような「ザワワ、ザワワ・・・」という趣は感じられませんでした。強い日差しもなく、小雨交じりの天気のせいでしょうか。

以上写真2点は、鍾乳洞の展示資料より、トリミング。

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by e.wash-r | 2005-02-26 00:29 | おまいりにて | Comments(0)
沖縄 -しまぞうり-

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名護の布教所におまいりしました。

15年前、いっしょに得度を受けたTさんが、名護にいらっしゃることを知り、おまいりした次第です。レンタカーのナビに従ったら、電照菊の畑の中に迷い込んでしまい、何度も電話をしてたどり着きました。小高い境内からは、きれいな沖縄の海が見えています。オーシャン・ビューの本堂とはうらやましい限りです。

おまいりの後、向拝のガーデンチェアーに座って、沖縄のお念仏の話を聞きました。沖縄特有の風土・文化を排斥することなく、ただ、お念仏の声を広めるために、日夜つとめていらっしゃるそのお姿に、状況の違いを超えて、励まされる思いでした。

b0029488_1145831.jpgふと、ご院さんの足元を見ると、素足に「しまぞうり」です。「しまぞうり」は、ビーチサンダル、ゴムぞうりの沖縄流の呼び方。沖縄流でいい感じです。

何事も、足下が肝心。地域にしっかり根付いたご院さんになることを、教えられました。

「借金コンクリートの本堂です・・・。」と、どこかで聞いたような言い回しをされるご院さんのことばを、いつかは名護をお念仏の地にするぞという気概と受け止めました。


『正尊寺住職雑記 2/23 沖縄』もご覧ください。

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by e.wash-r | 2005-02-25 23:59 | おまいりにて | Comments(2)
沖縄  -ブーゲンビリアに思う-
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沖縄から帰ってきました。沖縄の情景、沖縄への思いが錯綜しています。

連れて行ってくださったSさん、お世話になった沖縄のみなさん、そして、留守の間迷惑をおかけした方々、ほんとうにありがとうございました。

2月下旬、沖縄では桜の花がほとんど散っていましたが、サンゴの石垣や軒先には、ブーゲンビリアが艶やかに咲いていました。一過性の観光客のたわごとかも知れませんが、桜が満開の沖縄に魅力は感じないと思います。

熱帯・亜熱帯の植物が、日常の街を彩る風景に、ボクの暮らす場所とは遠く隔たった場所であることを実感しました。

そうは言うものの、ブーゲンビリアがブラジル原産と知ると、ちょっと複雑です。沖縄のことばで、「チャンプルー」とは、こういうことなんでしょうか。

すえとおらない人の営みを言い得ているようで、心地よい響きです。

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by e.wash-r | 2005-02-24 23:59 | そらごと、たはごと | Comments(0)
南の証明
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那覇にいます。
美ら海水族館にて、遠足に来ている子供と遭遇。

日よけ付きの帽子が南国風。


南国のお念仏は、岐阜に帰ってから、ゆっくりお伝えします。
by e.wash-r | 2005-02-23 21:57 | Photo only | Comments(0)
『彼の流儀』
人生は、自ら演出するイベントである。
人生は、疲れ果てて眠ることである。
人生は、短パンとTシャツで事足りるものである。

高校の時以来ずっと、あらゆることをともに築いてきたE師のお見舞いに行きました。背開きにして、脊髄の一部を取り除いたのだそうです。

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「あの頃の未来に、ボクらは立っているのかなぁ。」と回顧するまでもなく、十数年来、「彼の流儀」は変わっていません。

いくらか懐かしい話しをしたあと、退院後、まず生活復帰をして、社会復帰するまでのすこしの間に、やれる限りのことをしようと盛り上がりました。

お互い、いつの間にかつとめが何より楽しくなって、それはそれでいいとしても、置き去りにしてきたものがちょっと多すぎたかもしれないいうことで、話がまとまったわけです。

海と山と川のボクたちの流儀も、折に触れ書いていこうかと。
by e.wash-r | 2005-02-22 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
「エホバの証人」の方、再訪

「エホバの証人」の方から、手紙をいただきました。

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「手紙」を載せたこと、
一部しか載せなかったこと、
ご容赦を。



昨年の12月、お寺を訪ねていらっしゃった方が再訪され、その時の話題になった『肉食』について、手紙を書いて届けてくださったのです。

何度も真摯に読みました。ただ、ボクの信仰のうえからは、領解(りょうげ)することはできませんでした。信仰には、それぞれの信仰の依りどころがあります。我が依りどころをもって、他の信仰を理解しようとしても、そこには自ずと限界があると思うのです。

互いに自らの信仰の正義・絶対性をふりかざすことは、空虚なことです。信仰のうえから、互いが共有できる部分とそうでない部分を混同しないように気をつけたいものです。

「自信教人信」ということの微妙な難しさと大切さを、考えざるをえない「手紙」でした。


・・・いかにも分別があるような、かっこいいこと書きすぎた気もしてきました。

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by e.wash-r | 2005-02-21 08:37 | そらごと、たはごと | Comments(0)
イグアナの命日
今日は、ひょんなことで我が家の一員になったグリーンイグアナ・「ガグー」の命日です。

8年前、ホームセンターのバーゲン商品になった「ガグー」は、Iさんに発見され、動物の好きな長男へのプレゼントになりました。京都から、飼育用のケースとヒーターとペットフードとともに、我が家にやってきたわけです。

以後、その得体の知れない生物は、ボクたち家族といっしょに何とか生きてきました。試行錯誤の中で、「ガグー」のことがすべてに優先していた時期もあります。例えば、「ガグー」の主食・小松菜。お正月、ボクたちが食べる雑煮には、「ガグー」の食べない茎だけが入っていました。

我が家に来て5年後、「ガグー」は死にました。ヒーターの上で死んだ「ガグー」は、すぐに内蔵が腐乱し、異臭を放ちました。まさに変わり果てた姿でした。

長男は、腐乱し、どろどろの体液を漏らすガグーを、気持ち悪いとも言わず、泣きながら抱きしめて山に運びました。こどもたちといっしょに、裏山に「ガグー」を埋葬し葬儀をし、すこし、ほとけさまの話をしました。寒い冬の夜の山で、いつまでも悲しい顔をして手を合わせていたこどもたちの姿が忘れられません。

無条件に、手を合わせる姿は尊いと思います。

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おそらく、もうすぐ反抗期を迎えるであろう長男が、言いました。
「2・3日前から気になっていたけど、たしか、ガグーの命日やったね。」

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by e.wash-r | 2005-02-20 00:01 | 智慧と慈悲 | Comments(5)
名古屋空港  ーお世話になりました-
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2005/2/17、中部国際空港セントレアが開港しました。

ボクたちには、便利だった名古屋空港は、かなり寂しくなります。でも、山形や松山、帯広等、魅力的な地方都市への航路は残るようです。

名古屋空港、通称小牧空港の所在地は、実は名古屋でも小牧でもありません。
愛知県西春日井郡豊山町です。

中部圏以外の方には、あまり馴染みのない地名かも知れませんが、イチロー選手の生まれた街であり、イチロー選手の記念館もあります。
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役割の大半をセントレアに譲る直前の名古屋空港へ行きました。自販機の移動や駐車場の縮小工事等が進んでいます。気のせいではなく、確かに哀愁が漂っていました。

空港移転によって、この町もなにがしかの変化を余儀なくされるのだろうと、豊山を走りながら思いました。大変なことだと思います。そこにあるのが当然だと思っていたものが、無くなってゆくわけですから・・・。

お釈迦様がおっしゃった意味が、具体的な世の中の有様を指してのことだったのかどうかはわかりませんが、やはり、「諸行無常 諸法無我」ということばが、日本的叙情を伴って浮かんできます。

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by e.wash-r | 2005-02-19 09:23 | そらごと、たはごと | Comments(0)