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レポート
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早朝の先崎

民宿のおじさんにたのみこんで朝御飯

レポート未提出のままここまで来てしまいました
座敷の額の絵にレポートを提出する先生のお寺を発見

お見通し?
by e.wash-r | 2005-05-31 07:41 | moblog | Comments(0)
Web法話 『おなべさま』  岐阜市・正蓮寺 鷲岡嶺成
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【テキスト版】
おまいりに行くと、お年寄りの方から、今となっては懐かしいこどものころの話を聞くことができます。そんな昔話は、ときに大いに盛り上がります。
 Tさんが、こどもの頃、仏さまのお給仕をした思い出を懐かしそうに語られました。
 Tさんは、仏様のお給仕のこと・お荘厳のことを『おごっつぉおする』と言われます。丁寧なことば「ごちそうする」に、さらに「お」をつけての訛りです。その『おごっつぉおする』思い出のひとつが、『おなべさま』です。
 『おなべさま』ということばをはじめて聞きました。
 『おなべさま』とは、お仏飯を炊く専用の鍋のことだそうです。それは、一合ほどのお米を炊くようにできている、つるのついた小さな鍋のことです。昔は、毎朝、薪をたいて「くど」の茶釜でお茶を沸かしました。そのとき、焚き口から漏れる火にかざして、お仏飯を炊きあげるのだそうです。
 普段食するのは割れたお米でも、『おなべさま』で炊きあげるお仏飯は選って粒のそろったお米だったそうです。子ども心に、『おなべさま』で炊いたご飯がおいしいことが判っていたと、そして、そのお仏飯を食べるのが楽しみだったと満面の笑顔で話されました。
 よく似た話を、前住職からも聞いたことがあります。報恩講の前の晩、こどもの仕事があったそうです。黒いお盆にお米を広げ、報恩講に供えするお仏飯を炊く、割れていないきれいなお米を選るのです。手間をかけることそのものが、お荘厳だったのでしょう。
 そういった話が、何十年も経った今、生き生きと語られることの意味を大切にしなければと思います。当たり前のように、人が仏さまといっしょに暮らしていた時代が確かにあったのです。
 慈悲をよろこび、ほとけさまを仰ぐ姿が、お念仏を伝えて来たのだと思います。



音声・テキストは、正尊寺HP・テレホン法話をご覧ください。

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by e.wash-r | 2005-05-30 00:01 | Web法話 | Comments(2)
プレデター

これからの季節、プレデターの出没しそうな蒸し暑い夜に出現するムカデ。
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blogに何を書こうかと考えていると、天井から、何やらカサコソと動く気配がします。ネズミかなと思って、見回すと壁のカレンダーの縁を、ムカデがはっていました。

早々に、近くにあったコップで、捕獲。今年になって、もう、5匹目くらいになります。多分、つがいなのではないかと思うのですが、1匹出現すると、必ず、もう1匹いるような気がします。

祖母が元気だった頃、ムカデを捕まえるときは、必ず火箸を使いました。なぜだかわかりませんが、捕まえたムカデは、火箸で頭を切り離して殺すのが儀式みたいなものでした。あんまりいい気分ではなかったので、こっそり、遠くへ持っていって逃がしたりしていました。

ついでながら、最近は、捕まえたムカデは、熱湯をかけて殺します。

殺生に関わるとき、いつも考えることですが、どこかで自分のすることを正当・合理化する理由を求めたりしています。

殺生を肯定する理由などあるはずもないのですが・・・。
by e.wash-r | 2005-05-29 23:59 | そらごと、たはごと | Comments(0)
イチョウの花が散っています

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境内のイチョウの花が散っています。

イチョウに花って咲くんだったっけ。

ちゃんと花があるんです。

雄花と雌花。

正蓮寺のイチョウの木の下に散っているのは雌花。

秋には銀杏が実るので、どこかに雄花もあるはずです。

毎年、一面に散った雌花を見るたびに、全部銀杏の実になったらいいのにと思います。

秋、拾って洗うときには、文句を言っているくせに。

「真実」はどこにあるんでしょう。



以上、実に、実のない話で申し訳ないことです。

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                                          南無阿弥陀仏                    

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by e.wash-r | 2005-05-28 23:59 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
『VANが先生だった』 2

1978年にVANが倒産した直後、雑誌「pop-eye」が『VANが先生だった』という特集を組みました。石津謙介さんが亡くなられたことを知り、ゴソゴソと書棚を捜し、大切にとってあったはずの、その「pop-eye」を捜しましたが見つかりません。

今、石津謙介さんについて、あるいはVANという会社について、もっともっと知りたい気持ちです。「流行ではなく風俗を創るのだ」と言われた石津謙介さん、そしてひとつの風俗を作り上げたVANという会社。俗的な存在としての寺や教団のすがたを考えるとき、ボクには、そこに、何か示唆があるように思えます。思い入れですが・・・。

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午後、農協と消防署へ、ついでにちょっとブラブラ。

押し入れから、片付けてあったVANの半袖のボタンダウンとコッパンをだしてきました。少し太ったので、きつかったですが、どうしてもVANを着て街へ行こうと思ったのです。

結構、同じ思いのオジサンたちって多いんじゃないかなあ。

3年も先のことですが、次女の卒業式には、絶対にVANのブレザーを着て行こうと決めました。それまで、体型を保たなければ・・・。というか少しやせないとキツイかも。

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by e.wash-r | 2005-05-27 23:59 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
『VANが先生だった』 1

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1978年4月、VANが倒産しました。ボクが2回目の高校1年生をはじめたときです。その時の、喪失感みたいなものを、今でもはっきりと憶えています。

少し色気が出てきた中学生の頃、オフホワイトのコッパンにネイビーのスイングトップという格好に憧れました。ただ、田舎モノのボクにとっては、服を買うなどと言うのは特別なことで、それは憧れでしかなかったわけです。その象徴が、VANでした。

学生服以外は、ほとんど母の従兄弟のSくんからのおさがりでした。Sくんは「みゆき族」の時代の人で、おさがりの服は、バリバリのIVYばかり。以来、ずっと、ボタンダウンにコッパンがボクのスタイルです。

高校生の時、ひょんなことで、近鉄百貨店の野球チームと試合をし、近鉄百貨店のトラッドショップのYさんとと知り合いになりました。Yさんは、倒産したVANの、黒のコッパンをどこからか見つけてきて、
「これ、学校へはいていけるよ。」
と、安く譲ってくださいました。

タックの入ったダボダボの学生ズボンが流行っていた頃、ボクはノータック・パイプドステム、裾はダブルのVANの黒いコッパンとボタンダウンで高校へ通っていたのです。そのことは、今でもちょっと自慢です。

VAN」について、『この人からはじまる-VANの時代-』(鹿島 茂)より抜粋です。

ヴァン・ヂャケットのクリエィティヴィティはますます昇り調子になり、会社は、石津謙介にとってばかりでなく、従業員にとっても「自分のしたいことをする」最高の遊び場となった。社員は、日曜に家にいると退屈するので会社に出てきた。くろすとしゆきをはじめとする有能なデザイナーが次々に入社した。石津は社員に働けとは一言もいわず、もっと新しい遊びを覚えろと激励した。若いときの自分に比ぺて、社員が遊びを知らなすぎると思ったのである。会社に運動部を作ろうという話が出たとき、石津は、日本にないものをと、ゴーカート部とシンクロナイズド・スイミング部、それにアメリカン・フットボール部を作らせた。日大との初のライス・ボウルのときは、ハングライダーを国立競技場に飛ばそうと考え、社員をアメリカに買付けに派遣した。もちろんタイム・レコーダーなどはなかった。ヴァン・ヂャケットは会社というよりも学校だった。それもとびきり楽しい遊びの学校だった。

VANの創始者、石津謙介氏が亡くなられました。
氏の示された生き方と創造されたものに、こころから敬意をもって感謝いたします。

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by e.wash-r | 2005-05-26 23:59 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
真宗講座 -ときどき、よい時を-


いろいろな贅沢があります。
何とか時間をやりくりして、本堂で、ほとけさまの話をお聴聞して過ごすことは、紛れもなく贅沢だと思います。

他の贅沢とちがって、何より、その時が過ぎても、むなしくないのがいい、そう思います。

正尊寺さま・真宗講座にお聴聞にいきました。ご講師は、大阪の若林真人先生です。
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5月も末というのに、肌寒い日でしたが、障子を開けきって縁まであふれるほどに、本堂はお同行で満堂でした。
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とっても有り難かったお説教の内容を、お伝えできるといいのですが、
「ほんとうにいいお話しだった。よかったよー。」
としか言いようがありません。

贅沢で、むなしくなくて、有り難い時を、ときどき、ご一緒しませんか。
こころよりお誘いします。

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by e.wash-r | 2005-05-25 00:01 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
季節だより -ノビル(野蒜)-

小学生の頃、「季節だより」という日記を競って書きました。

b0029488_1395510.jpg『身の回りの「季節」を見つける』というのが、コンセプトだったように思います。毎日欠かさず書き続けたNくんの「季節だより」の綴りの分厚さが、今も印象に残っています。

我が方県小学校は、山と川と田んぼに囲まれた学校です。川沿いの通学路を毎日2Kmも歩けば、「季節だより」を見つけるのは簡単だったはずです。でも、なんか苦労した記憶です。

30年以上前、確か「季節だより」に、ノビルのことを書きました。どんなことを書いたかは憶えていません。

当時は、草がぼうぼうに生えた堤防でノビルを採り、紫色の先端をともだちの頭に振り下ろしてぶつけ、はじけさせて遊びました。

ボクに限ったことかも知れませんが、こどものころ、季節の移り変わりというのをあまり感じなかったように思います。ただ直感的に、カエルを釣り、クワガタを捕り、アケビを採る、そういった遊びが、ほんの一瞬きらめいて過ぎていったような毎日でした。


この頃は、敏感に季節を感じています。ひとつにはblogを書いているせいでしょうが、それ以上に、『年齢』がそうさせているのようです。

せっかく、微妙な季節の移り変わりを感じているのだから、こどものころのように、たぎる血でもって、ワクワク遊ばないともったいないように思えてきました。

田植えのはじまった田んぼの畦で、久しぶりにカエル釣りというのもいいなあ。

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by e.wash-r | 2005-05-24 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
Web法話 『食事の作法』  池田町・浄妙寺 野村法宏
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by e.wash-r | 2005-05-23 00:01 | Web法話 | Comments(2)
同行勤め -お通夜のお正信偈-
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当地では、お通夜は「同行勤め」といって、地域の長老が調声をして、みんなで大きな声でお正信偈をよむのが習わしでした。

最近は、僧侶が調声をすることが一般的になり、また、職場やおつきあいの方々も、定刻のいわゆる「お通夜のおつとめ」にまいられるので、地域の方々が故人といっしょにおつとめする最後の「おゆうじ」という雰囲気が少し変わってきたように思います。

過日、山口地区のお通夜におまいりしたときのことです。当家に着くと、仏間から大きな声でお正信偈を唱える声が聞こえてきます。

「今、地元の方がおつとめしてみえるので少し待ってください。」
と、葬儀社の方に言われました。

「お汁講」という念仏講も残っているありがたい土地柄だから、いわゆる「お通夜のおつとめ」とは別に、「同行勤め」をしていらっしゃるんだと思っていました。

今日、初七日のおつとめのおりに、「同行勤め」のことを尋ねました。すると、最近はしなくなったとのこと。「お通夜のおつとめ」の前のお正信偈は、故人からいうと孫さんがつとめている建設会社の方々が、揃っておくやみにみえて、社長さん自らが調声をされ、みんなであげていかれたのだそうです。

しみじみ、いい話でした。

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by e.wash-r | 2005-05-22 23:59 | おまいりにて | Comments(0)