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空梅雨の梅雨空
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「飛山濃水」ということばの通り、岐阜は、基本的には水に恵まれたところです。
飛騨は、日本アルプスをはじめとする深い山々が、冬の雪をたっぷりと蓄えています。
美濃は、日本有数の多雨地域である美濃山地の涵養した水が、濃尾平野を潤しています。

それにしても、今年はちょっと変です。

久しぶりに、雨で濡れた路面を走りました。梅雨のさなかの水不足。このままでは、夏が心配です。

当地を流れる伊自良川は、湧き水の豊富な川です。湧水地の下流は、きれいな水で満たされますが、水が伏流する上流は、むしろ水に乏しい環境となります。

伊自良川最上流の旧伊自良村は、古来、水田が少なく、水不足にまつわる民話や雨乞いの儀礼が伝わっているところです。

浄土真宗は、因果の道理をわきまえた信仰だからと、非科学的な因習や心情の吐露を否定し裁くような発言を、ときどき聞きます。ボクはそういう信仰の有りように、ちょっと疑問を持っていますし、苦手です。

科学は科学として、無知のまま、論じ検証すればいいのです。

ボクにとって、信仰のうえの「因果の道理」は、「科学(的)」ということではありません。
必ず救うという阿弥陀さまのお慈悲のなかに、すでにボクがいるということだと思っています。

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by e.wash-r | 2005-06-30 23:59 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
木イチゴとカジカガエル
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今日は、こもって仕事をしていたので、写真も書くこともありません。

昨年・一昨年の今日は何をしていたのだろうと、ファイルを検索してみました。整理が苦手なものにとっては、PCは実に有り難い道具です。

2003年は、午後3時頃から、木イチゴを採りに行っていました。木イチゴを捜して、根尾谷断層のあたりまで行って、そのまま川遊びをしています。そのとき、カジカガエルを何匹か捕まえて、お寺の横を流れる伊自良川に放しました。元気かなあ。

昔、裏山と庫裡の間に小さな池があって、そこで、カジカガエルが鳴いていたと聞いています。カジカガエルの鳴き声に涼を求めた、風流な時代もあったようです。

伊自良川は、湧き水が多く、夏の水温が低いので、カジカガエルの生息環境としては、悪くないと思います。生態系の保全と言うことを考えると、無秩序な放流は、慎むべきなのでしょうが・・・。

ところで、木イチゴは、根尾川沿いでは、見つけられませんでした。こどもの、「通学路にあるよ。」の一言で、結局、すぐ近くの堤防でとりました。

木イチゴといい、カジカガエルといい、遠いのか近いのか、なんとなく考えさせられることです。

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by e.wash-r | 2005-06-29 00:01 | そらごと、たはごと | Comments(0)
方県ドジャース
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高円宮杯 第25回 全日本学童軟式野球大会 マクドナルド・トーナメント 岐阜県大会で、『方県ドジャース』が優勝しました。

おめでとうございます。

方県小学校は、全校生徒180人足らず、1学年30人ほどの学校です。快挙だと思います。
8月6日から、茨城県で行われる全国大会でも、岐阜県代表として、がんばってください。
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方県ドジャースを紹介なさっているOさんのHPです。
by e.wash-r | 2005-06-28 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
web法話 『お念仏の力』 本巣市・正尊寺 杉山雲来
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【テキスト版】

 お寺の近所のご門徒さんで非常に熱心にお聴聞される80代後半のありがたい方がおられます。
 そこへお参りに行った時のお話です。

自分が子どもの頃、家の前の道を腰をくの字に屈め、乳母車に寄りかかるようにして近所のお婆さんが毎日畑に通っていた。
  その当時の事だからここら界隈の百姓は皆貧乏だったけれど、そのお婆さんはボロをまとうような身なりで、子どもながら一段と可愛そうにと思うような姿だった。
そんな姿で家の前を通り過ぎるとき、いつも「なんまんだぶ・なんまんだぶ・なんまんだぶ・・・・・」と念仏する声が聞こえてくる。
あの婆さん、あんな貧乏で苦労しながら、何を思って念仏しているのやろう?
その事が子ども時代からずっと心にかかり、成人してからあのお婆さんが称えていた念仏はいったい何だろうと、それを確かめたくてお聴聞をするようになった、と話して下さいました。
 この話を聞きながら、お念仏は生きて働いている事をあらためて知らされました。
 そのお婆さんの念仏、そのお婆さんの生きる支えであったに違い無かったことでしょう。そして、そのお名号が関係の無かった通りすがりの少年の耳に入り、そして活動しはじめたのです。それが実際に現れた姿として、今この方があるわけです。
 まさに、その時のお婆さんの口から出たお念仏は言葉の仏として大きな力となり働いたのです。

 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏・・・


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by e.wash-r | 2005-06-27 00:01 | Web法話 | Comments(0)
合歓の木 -夏の花-
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合歓の花が咲き始めました。合歓は、これから先、猛暑の中、ずっと咲き続ける夏の花です。

10年以上前、の夏の終わりに、京都の青蓮院におまいりしました。楠に囲まれた山門を入ったところに、大きな合歓の木があって、淡いピンクの花がきれいでした。

あぜ道の合歓の木もいいけど、境内の合歓の木もいいなあ、と話したら、早々に坊守が、こどもを幼稚園に送っていった帰りに、堤防に生えていた合歓の木を引っこ抜いてきました。

ほんの1メートルほどの背丈の木の下には、土の付いていないむき出しの根っこが、ひょろんとついていました。ちゃんと育つのか、ちょっと心配しましたが、本堂の正面の井戸の脇に植えて10年、今年はたくさんの花がさいています。

いよいよ、暑い夏。うれしいような、うれしくないような・・・。

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by e.wash-r | 2005-06-26 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
いい塩梅(あんばい) -梅1升に塩2合-
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梅の収穫をしました。

収穫というと、いかにも、働いたようですが、境内の梅の木に自然に実った梅を、法務の合間に穫ったと言うだけのことです。ただ、高さが5~6メートルはある古木なので、それなりに難儀はしました。

脚立にの上に立って、届く範囲のものは、直接穫りました。不安定な脚立に上での、アクロバティックな姿勢は、いいストレッチになりましたが、スリルも存分に味わいました。手の届かないところの実は、棒ではたいて落としました。9割ぐらいは、敷いたブルーシートの上に、うまく落とせたと思います。

坊守が、梅干しを漬けると言って、張り切っているので、梅の実を穫るまでがボクの役目。あとは、おまかせのつもりですが・・・。

梅を穫ったあと、おまいりに行く途中、ラジオから、偶然、梅干しの漬け方云々が聞こえてきました。最近、塩分控えめの梅干しが流行りだけれども、保存の上からも塩は充分使った方がいいというような内容でした。梅干しは保存食・常備食であり、塩と梅と紫蘇の素朴な味がすべてである、と。

早速坊守に、「梅1升に塩2合」(塩3合とも・・・)と言われた昔の塩加減を伝えました。今や高級品となった、果肉たっぷりのブランド梅干しも、おいしいのでしょう。しかし、ボクにとっては、種が大きく実が薄い、よく干して、塩をふき、乾いてしわしわになったもの、ただただ、からくてすっぱいのが、梅干しです。

梅の塩加減のことを「塩梅(あんばい)」といいます。
さて、どんなあんばいの梅干しができることやら。

下げてきたお仏飯を、梅干しでお茶漬けにして食べるのがうれしかった、夏休みの昼どきのことを思い出します。

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by e.wash-r | 2005-06-25 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
平和の礎(いしじ)
どれほどの正義があったとしても、戦争の現場で起きている、その正義とはほど遠い凄惨な事実を想像する感性を持ちたいと思います。遠く第3者の立場で語ることが、いかに臆病なことであるかを承知の上で、戦争について書きます。

6/23は、「慰霊の日」。沖縄戦における、日本側の組織的戦闘が終了した日です。

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 戦前、首里の旧王城がいかに美しかったかについては、私はまったく知らない。-略-
 私の想像の中の首里は、石垣と石畳の町で、それを、一つの樹で森のような茂みをなす巨樹のむれが、空からおおっている。-略-
 それらは、いまはない。戦禍による。沖縄戦において、日本軍は首里を複郭陣地としたため、ここで凄惨な最終決戦がおこなわれ、このため、兵も石垣も樹も建造物もこなごなに砕かれた。


                    司馬遼太郎著 「沖縄・先島への道」より


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沖縄の自然や文化に親しむとき、何故ここが戦場になったのだろうかという単純な疑問が湧いてきます。ボクには、戦地にいた人々が、それは兵士も民間人も、日本人もアメリカ人もあるいはその他の国の人々も、おそらく一人残らず、不条理の中で得体の知れないものと戦っていたように思えるのです。戦争の恐ろしさは、そういうところにもあると思っています。

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 沖縄県の歴史と風土の中で培われた「平和のこころ」を広く内外にのべ伝え、世界の恒久平和の確立に寄与することを願い、国籍及び軍人、民間人を問わず、沖縄戦などで亡くなったすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎(いしじ)」を建設する。
 
                 沖縄県HP 「『平和の礎』建設の趣旨」より


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海を見渡す丘の上、平和祈念公園の「平和の礎」が語りかけるものを、確かに受けとめたいと思います。

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by e.wash-r | 2005-06-24 00:01 | Comments(0)
爆竹を持って
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生臭坊主ということばがあります。英語にも、「a worldly priest」という言い方があるそうで、世俗的な坊さんというような意味でしょうか。

今日、長良川漁協へ、組合員証のの更新に行ってきました。ボクの漁業権は、「あゆ網」というもので、雑魚全般とあゆの網漁ができることになっています。

ボクは川遊びが大好きです。密漁で坊さんが捕まったのでは格好悪いと思い、10年ほど前に組合員になりました。

ついでに、毎年7月に行われるPTA行事、地元・伊自良川の川遊びの申請をしました。例年の通りに、手続きをしていると、真っ黒に日に焼けたおじさんが、
「爆竹をくれ!」
といって入ってきました。最近、川鵜が増え、漁場を荒らしているそうです。職員の女の人が、毎度のこと、といった感じで、赤い爆竹の箱を手渡しました。

伊自良川でも、昔は、見たことがなかった川鵜や様々な水鳥をよく見ます。昔、よく見たのに、この頃全く見ない鳥もいます。

何かが変わったんでしょう。
爆竹で元に戻るような変化なら、心配はいらないですが、多分事態は深刻だと思います。
生臭坊主である以上、遊び場である川にも、無関心ではいられません。そんなわけで、今年は、もう少し、川へ通うことにします。

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by e.wash-r | 2005-06-23 00:21 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
夏休み、お寺で泊まろう!
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岐阜別院で、少年連盟(日曜学校)の会議がありました。
夏休みの「サマースクール」の打合せです。

会議出席者の何名かは、引き続いて翌日から、本願寺の日曜学校の研修会に行く予定です。すでに、岐阜からは、講師・スタッフとして、S師ほか何名かが、京都に行っています。

当blogでたびたびご紹介している、正尊寺さん、海徳寺さんも、同日、京都・本願寺で、やはり、「サマースクール」の会議。
(各氏のHPに、そのことが載っています。寺院名をクリック!)


「夏休み、日本中のこどもが、お寺で泊まることができたらいいなあ。」
そんな思いで、みんな、それぞれのスタンスで歩いています。

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by e.wash-r | 2005-06-22 12:33 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
脛に傷を持つ身
20年ほど前、学友Aが、愛知県蒲郡の海岸沿いで、海陸風の調査をするというので、観測を手伝いました。ヘリウムガスを入れた巨大なバルーンに観測機器を備え付け、数十メートルの高度までの大気の状態を調べるというものです。

観測開始直後、突然の強い海風にあおられて、観測機器をつけたバルーンが、斜面のみかん畑に流されました。観測機器もヘリウムガスもバルーンもみな高価なモノばかりです。もし、みかん畑につっこみ、柑橘類特有のトゲで、バルーンが破裂したら、損害は○十万にもなりそうでした。

何とかバルーンを救おうと、上空を見ながら、全速力で斜面を駆け上がったとき、ボクは、名実ともに、脛に傷を持つ身になりました。

みかん畑の坂道には、道路の真ん中を排水溝が横切っていて、しかも、グレーチング(排水溝の格子状の蓋)がずれて、隙間ができていました。道の真ん中に30㎝×15㎝ほどの、穴が空いていたと言うことです。

上を向いて走っていたボクの左足は、見事にすっぽりその穴に落ちたようです。何が何だかわからないまま、激痛の足元を見たとき、コンクリートの溝の角に、すね毛の生えた肉片が付着しているのが目に入り、かなり気持ち悪かったのを憶えています。十数針縫いました。

突然の風・みかん畑・バルーン・高価な機器・道の真ん中の穴、どれかひとつ欠けていれば、あの時、ボクの脛に傷が付くことはなかったでしょう。余程の縁を感じます。

以来ずっと、脛の傷のところに違和感があり、そんなもんだと思っていましたが、最近、赤く腫れ、掻痒感もあるので、病院へ行ってきました。
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先生は、
「何だかわからん。薬塗って治らんかったら、血液検査します。」
とおっしゃいました。

「脛の傷のひとつやふたつ、誰にだってあるもんだよ。」
医学的な原因が不明なら、そんな洒落た診断をされてみたい気もします。

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by e.wash-r | 2005-06-21 23:59 | そらごと、たはごと | Comments(0)