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おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
b0029488_450342.jpg縁あって、
シカゴの高校生がホームステイしています。



長良川の花火を見てきました。


花火と金華山を借景にした、
鵜飼の総がらみは圧巻でした。

人混みとむし暑さがいっそう引き立てた、
岐阜の夏の特別な一日でした。



b0029488_4505860.jpg彼女たちの滞在もあと二日。




おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな    芭蕉


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by e.wash-r | 2005-07-31 05:32 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
夏は火災が多いのです
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2日続けて、火災発生。

朝9時、車両火災という緊急連絡。出会い頭の衝突事故で、ボンネットから煙が出たため119番通報があり、結果、消防団のボクのところにも「火災発生!」の報が届いたという次第です。

長靴を履いて、急いで出かけました。事故はたいへんな状況でしたが、火は何ともなかったみたいです。かと言って、すぐ帰ることもできず、おじょうはんに行く時間と重なってしまい、現場から、時間の変更をお願いしました。


夜中の1時、今度は、農協の体育館の自販機付近で出火と緊急連絡。てっきり、自販機が燃えているのかと思って駆けつけました。燃えていたのは、脇を流れる伊自良川の堤防でした。やはり、本職の消防署の方々の消火活動は、迅速・強力で、すでに、ほぼ鎮火していました。

田んぼで燃やしていた籾殻が、草に燃え移ったようです。大事に至らなくて一安心。

若い団員が、
「せめて水をかけたかった。」
と言いました。

気持ちはわかります。でもそうなると、後片付けはたいへんだし、鎮火後の現場で、夜通し見張りをすることになるでしょう。お役目とは言え、次の朝から仕事のある消防団員にとってはツライ状況になります。小火だったので、団長の判断で、団員は早めの解散となりました。


気温が30度を超えてくると、火災の発生件数が増えるそうです。
最近は、冬より夏の方が火災が多いという統計もあります。

火の用心。

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by e.wash-r | 2005-07-30 07:56 | そらごと、たはごと | Comments(0)
風を見た

台風一過の快晴。でも、疲れがとれません。

水田の上を吹きぬけていく乾いた風が、あまりにも気持ちよかったので、車を駐めて、しばし、休憩。青々とした稲がうねり、風がみえます。

ささやかな、いわゆる命の洗濯をしました。

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何年も前、サマースクールで、上高地から焼岳へ登ったときのこと。きつくて暗い樹林帯を抜け、広い稜線にでると、一面のお花畑が揺れていました。Yくんと一息つきながら、"風がみえるね".と話しました。

山を下り、翌日、飛騨高山の町を散策。神通寺さんの本堂におまいりし、日野安晃さんのご法話を聞きました。その時、聞いたふたつの詩。


「風」   クリスティーナ・ロゼッティ  西条八十訳

誰が風を 見たでしょう?
僕もあなたも 見やしない
けれど木の葉を ふるわせて
風は通り抜けてゆく

誰が風を 見たでしょう?
あなたも僕も 見やしない
けれど木立ちが 頭を下げて
風は通り抜けてゆく



「 星とたんぽぽ 」   金子みすゞ

青いお空の底深く、海の小石のそのように、
夜がくるまで沈んでる、昼のお星は目にみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。

散ってすがれたたんぽぽの、瓦のすきに、だァまって、
春のくるまでかくれてる、つよいその根は眼にみえぬ
見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。


昨年の夏休み、Yくんは妹のKちゃんと一緒に、金子みすゞさんが育った町・仙崎を訪ねたそうです。

偶然なのか、必然なのか、いずれにしても、ほとけさまはいらっしゃいます。
by e.wash-r | 2005-07-29 02:07 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
『お経を習いましょう』
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夏休み恒例の『お経を習いましょう』がはじまりました。当地では、仏教会と子ども会とお寺ががうまく連携して、ラジオ体操のあと、お経を習うのが習慣になっています。

岩利は、約80戸の村です。そのうち90%以上が、臨済宗妙心寺派の檀家さん。残りの数%が、浄土真宗本願寺派、創価学会、神道、等々です。なぜか、当西蔵坊・正蓮寺の周りは全部臨済宗の檀家さんです。

ラジオ体操が終わると、こどもたちは、それぞれ各宗派のお寺へ向かい、そこでお経を習います。正蓮寺へは、4人の女の子たちがおまいりに来ます。みんな、もう十分におつとめができるので、"お経を習う"というよりは、おあさじ。御燈明をあげて、正信偈をおつとめします。

今3年生のKちゃんが小学校を卒業すると、おそらく彼女たちのこどもが小学生になるまで、こどもはいません。ちょっとさみしくなります。



                *   *   *   *   *   *   *



さてさて、ラジオ体操を終え、それぞれの宗派のお寺へ、お経を習いに向かうこどもたちをみて思ったこと。

はたして、我が宗派の教義に基づく社会性をとなえ、社会運動などを展開する意味があるのだろうかと・・・。(宗派内のことなら、なんとなくわからないでもないですが、でもそれを社会性と言っては、世間に笑われます。)

臨済宗の子、創価学会の子、神道の子に、例えば、我が宗派の教義に基づく反差別への取り組みを、どう説明すればいいのでしょうか。彼らには彼らの道理があるわけで、伝えることができるのは、論理ではなく「わたしは差別をなくしたいと思う。」というシンプルな意志でしかないと思うのです。

なによりも、まず、しなければならないのは、臨済宗の子・創価学会の子・神道の子にも、お寺に遊びに来てもらうことかな。ボクはそう考えています。

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by e.wash-r | 2005-07-28 11:12 | Comments(0)
岐阜教区サマースクール 2日目 「愛・地球博」
b0029488_8272365.jpg台風接近。
おかげで、空いていました。
b0029488_8285748.jpgお釈迦様にも会いしました。
[スリランカ館]
b0029488_8294791.jpgおすもうさんにも会いました。
b0029488_8303676.jpg胡弓の演奏も聴きました。
[中国館]
b0029488_831213.jpg国際交流もしました。
[マレーシアの留学生と]
b0029488_8313084.jpgこどもだって疲れます。
おおきなおみやげのせい?
b0029488_8321317.jpg記念撮影。
総勢90名。
ほとけのこのほんの一部。



『みんなあつまれ ほとけのこ』

次回、岐阜教区サマースクールは50回目を迎えます。 おたのしみに!












b0029488_8324191.jpgサマースクールのおもいで
[インド館]

by e.wash-r | 2005-07-27 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
岐阜教区サマースクール 1日目 「岐阜別院」
b0029488_0241690.jpg来年は、50回目を迎えます。
b0029488_031837.jpg本堂で開校式。
輪番さんのお話し。

b0029488_0245595.jpg「らいはいのうた」
まだちょっと元気が出ません。
b0029488_7571025.jpg回廊を通って香光殿へ。
セミが鳴いてます。
b0029488_084588.jpgゲームでオリエンテーション。
元気もりもり、てんこもり。
b0029488_091154.jpgウォークラリー。
法光寺さんでメダカを観察。
b0029488_01236.jpgほとけさまの前で、夕ごはん。
カレーライスです。

b0029488_094536.jpgおかわり!

b0029488_026429.jpg就寝用の布団。
どこでも、なんでも、遊び場。
b0029488_05483.jpg地球博の作戦会議。
興奮気味?
b0029488_0314895.jpg夜のお楽しみ
向拝は、夜中まで、大にぎわい。
b0029488_7544911.jpgタコ焼き。
輪番さんの得意技。

by e.wash-r | 2005-07-26 23:29 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
web法話 『宗教とエコロジー ③』 大垣市・縁覚寺 楠真
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【テキスト版】

私たち日本人は昔から四季折々に花鳥風月を愛でて生活してきました。例えば、西行という歌人は「ねがはくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月のころ」と歌っています。自然を大切にする心は非常に深いものがあったように思います。
 しかし、現在先進国の中でも自然破壊ということに関しては、日本はどの国にも負けないようです。これはいったい、どういうことでしょうか。明治から西洋化を推し進めてきた私たちの生活が問題なのでしょうか。自然と触れ合う私たちの心の有り様に問題があったのでしょうか。このあたりを、少し考えてみたいのです。
 私たち東洋人は、自然の中に豊かな生命観を育ててきました。それは山や川、大きな樹木や大きな岩に、ある種の神聖ないのちの宿りを認めて大切にしてきたのです。例えば、日本古来の神道は、八百万の神として自然そのものを神聖なものとして崇めてきました。この神道のような宗教はアニミズムといって原始宗教に位置付けられますが、環境問題が深刻な現代社会においては、アニミズムは再評価されています。
 環境哲学を提唱されている間瀬啓允という先生は、自然と宗教の関係を次のように語っておられます。「大きないのちに生かされて、私のいのちは生きている。私は生かされて生きているのだ。ああ、ありがたい。いのちについて、このように自覚させるものは、いうまでもなく、宗教である」と。
 西洋に較べて東洋では、そこで育まれてきた宗教によって、より深く自然と人間の関係を親密なものとして認めてきたのでした。次回は仏教と自然のかかわりを共に味わってみましょう。
  

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by e.wash-r | 2005-07-25 00:01 | Web法話 | Comments(0)
ゾウムシ  -しずけき歩み 象に似て?-

金色の身、浄くして、山王のごとし。
奢摩他の行は、象の歩むがごとし。
両目の浄きこと、青蓮華のごとし。
ゆゑにわれ、弥陀尊を頂礼したてまつる。        『十二礼』

龍樹菩薩が浄土往生を願って、阿弥陀仏を礼拝賛嘆された十二の偈誦のうちの第二の偈文です。

偈文中、
『山王』とは、須弥山のこと。
『奢摩他』とは、散乱した心を離れ、思いを止めて心が寂静になった状態のこと。

この十二の偈誦を『十二礼(じゅうにらい)』と言い習わし、『らいはいのうた』は、その意訳のおつとめです。

『らいはいのうた』では、第二の偈文は、次のように意訳されています。

けだかき姿 須弥のごと
しずけき歩み 象に似て
やさしきまなこ 澄みとおる           
阿弥陀ほとけをおがまなん                 『らいはいのうた』


さて、象について。

お釈迦様のお生まれのなった国で、象は、野生に、あるいは人々の暮らしの中に、神聖な動物として生きていました。実物を見たことがなくても、象の姿を、誰もが知っていたことでしょう。では、象のことをまったく知らない日本ではどうだったか。ココからは、想像の話です。

「ゾウムシ」といわれる虫が何種類もいます。例えば、田舎の人なら、米に湧いたコクゾウムシを知らない人はいないのでは・・・。

ゾウムシの名は、おそらく、鼻の長い象の姿に似ていることからついたものでしょう。日本では、全体像はともかくとして、象は鼻の長い生き物として認識されていたと言うことになります。
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ムカデ、尺取り虫に続いて、今度は部屋の中に、ゾウムシが入ってきました。コクゾウムシと比べると、かなり大きなゾウムシです。鼻みたいなものは確かに象に似ていますが、その動きに、象のような『しずけき歩み』を感じることはできません。

あきらかに全体を見るということの難しさを感じます。
「象はどんな生き物か」ということを題材にした説話があります。ゾウムシを見ながら、あらためて納得しました。

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by e.wash-r | 2005-07-24 21:57 | そらごと、たはごと | Comments(0)
海に行けなくても 2
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つづき

僧侶研修の後、S師と一緒に、サマースクールの「夜のお楽しみ」の準備に奔走。たこ焼き・焼きそば・かき氷等、あれもいい、これもいいと、ア○○やキ○○○を、楽しみながらまわってきました。一通りの段取りが終わり、帰途についたとき、少年連盟のC委員長さんから、準備についての電話。

みんな、それぞれの場所で、こどものことを考えながらシュミレーションして、おなじコトを考え準備しているのです。

小牧からの帰り道、「赤ようら」で、泡盛(S師)と沖縄料理で盛り上がりました。
勉強して、体動かして、こどものことを考えながらちょっと親バカにもなり、海と仲間の話をして、最高の一日でした。    

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by e.wash-r | 2005-07-23 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
海に行けなくても 1

法務が空きました。天気もいいし、数年前なら、俄然元気になって、夜中、日本海まで走り、夜明けとともに魚を追いかけていたのに・・・。

黒野組の僧侶研修とサマースクールの準備があったので、海はあきらめた次第です。

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安養寺さんで行われた僧侶研修のテーマは差別、講師は、縁覚寺の楠真先生。テレホン法話や少年連盟、その他お遊びのときも、随分お世話になっている先生です。25日からの岐阜教区サマースクールでも、スタッフとして、一緒にこどもと遊ぶ予定になっています。

信仰は、個人の内なるものか、それとも社会性を内包するのか。現場主義でいくのか、論理的に裏付けた運動を展開するのか、といったホットな話題(昨年の青年布教師の研修以来、特に岐阜教区では)についての講義でした。
先生ご自身の中では、基本的に、それらはパラレルであるとおっしゃいました。

ボクは、信仰を内に、現場が第一でいられたらいいなアと思っています。責任を担うことや、勉強することからの逃げの姿勢があるからかも知れません。

ちょうど今、テレホン法話は、楠真先生の「宗教とエコロジー」①~③の②を配信中です。楠先生の声で、ご法話を聞けます。下記の各『テレホン法話・なむこーる』まで、是非お電話ください。WEB版もあります。


テレホン法話・なむこーる

岐阜 妙円寺テレホン法話 058-253-4200
瑞穂 善徳寺テレホン法話 058-927-4989
本巣 正尊寺テレホン法話 0581-34-4242
大野 西光寺テレホン法話 0585-32-2442
池田 浄妙寺テレホン法話 0585-45-4989
大垣 縁覚寺テレホン法話 0584-74-1395


WEB版 

「正尊寺HP」 今週の法話   写真・テキスト・mp3 
「西蔵坊だより」 WEB法話   縦書きで読めます。


* いずれも、毎週月曜更新です。


◆写真間違えてUPしてました。更新しました。 2005.7.23.1.38

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by e.wash-r | 2005-07-22 22:44 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)