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web法話 『「曇鸞大師 3』  関市・光圓寺 日野安晃
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【テキスト版】

web法話 『「曇鸞大師 3』  関市・光圓寺 日野安晃

不老長寿といってもまさか死なないわけにはいきません。そもそも、まだ死ぬわけにはいかぬ、と不安や焦りを感じてしまう生き方に問題はないでしょうか。
 たとえば、受験生の息子を見ていると(自分にも覚えがあるし無理からぬ話ですが)、とても今を楽しむ、という生き方にはなっていません。受験勉強は苦しく嫌なもので、高校に入ったら、大学に入ったら、と楽しみは常に未来です。今夜、死ななければならないとしたら、さぞかし無念なことだと思います。勉強にしろ、仕事にしろ、私たちは、それを今に楽しむ工夫をせず、将来の楽しみのために今を我慢するか、刹那的な快楽に身を任せてしまいがちですが、どちらにしても不安と焦り、虚しさから逃れることはできないでしょう。仏教ではそのような生き方を是としません。
 それではどうしたらいいのか?
 曇鸞大師は、様々な論を講説されるような大変な学者ですから、『観経』もご覧になられていたはずです。けれども、機縁が熟すとはこういうことかもしれません。いつのまにか偉い学者、賢い自分とうぬぼれていたが、とんでもない。今までは仏教を頭で、理屈として研究して分かったつもりでいたに過ぎない。本当に賢い者ならば、それで救われたのだろうが、私にはできなかった、と愚痴無智の一凡夫に立ち返って『観経』をいただくと、お浄土が「一切のものはすべて空である」という仏教の道理を一つもはずさず、しかも単なる理屈を超えて、今、現に、私に働きかけてくださってある仏さまの慈悲のお働きであることがしみじみと感得され、阿弥陀仏のご本願を仰ぐ、お念仏者となられました。
 そうです。小さな自分のいのちを捨てて大きな仏さまのいのちに出遭わしていただくのです。        合掌


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by e.wash-r | 2005-10-31 17:46 | Web法話 | Comments(0)
「黄鐘会」来由 2  -大義名分-
まず、音楽について全く不案内で、しかも音痴のボクが、「音」について、知ったかぶりで書くのをご容赦願います。

「黄鐘」(おうしき)は、430ヘルツの音を表すことばです。
西洋の音階でいうと、440ヘルツの「ラ」・「A」の音に相当します。


「黄鐘」=「ラ」・「A」について、にわかながら調べてみると・・・。

洋の東西を問わず、音階の基本となる音、らしい。
宗教的な恵み、慈しみ、救い等をあらわす音、らしい。
赤ちゃんの産声の音、らしい。
心臓の鼓動の音、らしい。
歓喜を表す音、らしい。
黄色やその補色の藍・紫色を感じさせる音、らしい。

以上、都合の良さそうなものだけ抜粋したようなものですが、なかなか味わい深い内容です。
なんとなく、色と音による「黄鐘会」(おうしきえ)の大義名分ができました。


如来の大慈大悲にあう法座。
生を受け、必ずほとけになる身とよろこぶ法座。
そして、この地の風土とともに、お念仏を称える法座。

銀杏と蛍の黄色の季節、カッコよく、そんな願いの「黄鐘会」です。

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"能書きより、満堂にすること!"と叱られそうなことば遊びでした。

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by e.wash-r | 2005-10-31 01:08 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
おじょうはん
29日は祖母の命日、おじょうはんの日です。
毎月、相焼香の大性寺のご院さんがおまいりに来てくださいます。

今日は土曜日、しかも、朝早めのおまいりということになったので、久しぶりに全員揃ってのおじょうはんだと思っていましたが、長女は、早くから部活に出かけていきました。

人ごとではなく、揃っておまいりするというのは、なかなかたいへんなことです。

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ご院さんは、向拝で足袋を脱いで、激しい雨の中を、次のおまいりに向かわれました。午後からは、法類のM寺さんの報恩講だそうです。

あちらこちらで、お取り越しの報恩講がはじまりました。いい季節です。


俳句の世界では、『お取り越し』は冬の季語だそうです。

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by e.wash-r | 2005-10-30 00:04 | Comments(0)
その後のその後の「ツクバネ」
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岐阜の町の中のMさんのおじょうはん。

「お寺さんの近くがご出身のお寿司屋さんでいただいたの。」
と、見せてくださったのは、ツクバネの枝でした。

最近、ボクの周りでは、ちょっとツクバネが話題になっています。
正尊寺さんのblogに初登場してから、浄明寺さんのblogで取り上げられ、今日は、ボクがUPすることになりました。

人はいろんなかたちで繋がっていると実感することができたツクバネのご縁です。

実感というのは、たぶん大切なことだと思います。ひょっとしたら、繋がっていることに気付かずにいたかも知れないわけですから、時にバーチャルな世界と批判もされるコンピューターやnetの世界も、まんざらではないと言えそうです。

「お正月のお花に使ってみて!」
と、風流な竹籠に入れたツクバネを有り難くいただいてきました。

あとは坊守の腕次第まかせ。

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by e.wash-r | 2005-10-29 01:38 | おまいりにて | Comments(0)
蒼穹
午後9時半、定例の総代会が終わりました。

来月14日に迫った「黄鐘会」をひかえ、総代さんと、お聴聞のお誘いや、当日の運営等の打合せをしました。昔の農作業の話でも盛り上がりました。毎回、本当に有り難いことです。

少し秋らしくなったような・・・。
「黄鐘会」にむけて、銀杏が色ずくのを楽しみに見ています。

b0029488_22164434.jpgナツメ

今年は不作の年?
醤油の煮付けは苦手です。
b0029488_2217971.jpgキササギ

心臓病の薬とか。
毎年、採りに見える方があります。
b0029488_22173564.jpgゆず

少し色づいてきました。
今年は、小ぶりなのが報恩講のお供物になる予定。

b0029488_22181097.jpg銀杏の葉

参道に散っていました。
いそがなくてもいいのに・・・。



今日も、いろんなことがあったけど、いい一日でした。

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by e.wash-r | 2005-10-28 00:01 | Comments(0)
お経のCD
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昨日のお昼すぎ、本堂の音響設備の調整をしたついで?に、『初夜礼讃偈』の練習をしました。

練習の手本にしたのは、正蓮寺特製のお経のCD。
「阿弥陀経」「正信偈」「初夜礼讃偈」「讃仏偈」「重誓偈」「十二礼」が収録されています。

調声は特別法務員の超宗寺・鷲見充晃師。
正蓮寺前住職(父)、住職(ボク)、新発意(長男)の3代が、同音から一緒に唱えています。
"もう少し、速くとなえているお経のテープ(CD)が欲しい"という要望に応えて、本堂で録音し、即如門主のご巡回の記念に、CDにして、門徒さんにお配りしたものです。


午後3時から、H地区のお取り越でした。

ひとり暮らしのMさん。
「朝と夕がた、CDといっしょに、おつとめしています。夕がた、最中に、ちゃんとお客さんが来るので、最近は鍵をかけて、おつとめしています。」
と、偶然にも、お経のCDの話に。

コチラが恥ずかしくなるようなお話しでした。


【参考】 例えば、本願寺発行の「正信偈」のCD等を、音程を変えずに早読みするように変換したい場合、『EasyPitch』、『EasyPitchPlus』 というソフトでできますよ。

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by e.wash-r | 2005-10-27 12:10 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(3)
チベットの線香はねていましたが・・・
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                  チベットの長い線香。

ラサ、ジョカン寺を廻る八角街で、おばあさんが売っていました。
空缶を連ねた筒に入れてあるのは、巡礼の人が、遠い故郷まで無事に持って帰るため?
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長さ約60㎝、素朴な香りのする線香です。
チベットでは、木製の細長い四角の香炉にねかせて焚いてありました。

浄土真宗本願寺派では、チベット同様、線香は、香炉にねかせて焚くのが作法です。
作法ですから、そのようにしないといけませんが、ボクはそれほどこだわっていません。



24日、Sさんのおじょうはんにて。

お荘厳をするのはおばあさんです。
火をつけた3本の線香を、1本ずつ丁寧に、香炉に立てていかれます。
小さな声が聞こえてきました。

「これは、あみださま、これは、れんにょさま、これは、しんらんさま・・・。」



つくづく、『お線香はたてません。』などと、教条的に言わなくてよかったと思いました。

"ねてもたってもいのちのあらんかぎりは、称名念仏すべきものなり"です。

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by e.wash-r | 2005-10-26 00:01 | Tibet/西蔵 | Comments(0)
名前のないもの
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                  9月下旬、八ヶ岳山麓にて。

農作業にも、土地柄があります。
岐阜のボクには、見慣れない"異国情緒"あふれる風景でした。




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           岐阜の見慣れた、それでいて何故か懐かしい風景。

S師より、"藁を束ねて干してあるのって、なんて言うんか知ってる?"の問い。
ボクが知らないだけかも知れませんが、なんとなく特に固有の名前はないような気がします。

『名前がなくてもあるんだよ。』





もし名前をご存じの方、ご一報を!


2004.10.25 追記
おまいりに行って、藁のこと聞いてきました。
当地方では、藁を円形に積み上げていくことを、『すずみを結う』というそうです。

2004.1027 追追記
穂先を結ぶこと、またはそれを円錐状にして干すこと、『「トンボ」からげ』というそうです。


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by e.wash-r | 2005-10-25 01:06 | おまいりにて | Comments(0)
web法話 『「曇鸞大師 2』  関市・光圓寺 日野安晃
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【テキスト版】

web法話 『「曇鸞大師 2』  関市・光圓寺 日野安晃

 曇鸞大師は『大集経』という大部の経典の注釈書を完成するために、長寿を得ねばとてもこの仕事はやり遂げることができないと、不老長寿の法を求めて、江南に、仙術を極めたという陶弘景を訪ねます。三年ほどの修業の後、不老長寿の秘法に通達し仙経を付属され、さあ、早くもとの仕事にもどらねばと、意気揚々と帰り道を急がれた曇鸞大師、途中、洛陽でインドから仏典の翻訳に招かれていた菩提流支三蔵にあわれます。
 お互いの情熱を語り合われたのでしょうか、勝手な想像ですが、多少、得意な面持ちで、仏法弘通のために不老長寿の法を得たことを伝えると、「不老長寿の法に何の益があろうか!どれほど寿命を延ばしたところで迷いの境涯を出ることにはならないではないか!」と一喝され、『観無量寿経』を授けられます。大師は、差し出されたお経の表題をご覧になられるやいなや、そうだ!仏教は五十年や百年の寿命を問題にしていたのではなかった。まさに無量寿、永遠の生命、無量の寿命を得る仏になる道を問題にしていたのだった、と苦労して手に入れた仙経を惜しげもなく焼き捨ててしまわれるのです。
 このあたりが曇鸞大師のすごいところです。私たちは自分が手にしたものをなかなか手放すことなどできません。まして、それが苦労して手に入れたものならばなおさらです。
 不老長寿といってもまさか死なないわけにはいきません。
 ということは、そもそも、まだ死ぬわけにはいかぬ、と不安や焦りを感じてしまう生き方にこそ問題があるということです。
 それではどうしたらいいのか?
 それを、次回、曇鸞大師に、さらにおたずねすることにいたします。


by e.wash-r | 2005-10-24 17:51 | Web法話 | Comments(0)
「黄鐘会」来由 1  -歴史はつくってしまえ-
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新たに開くことになった11月と6月の法座、まず、カッコイイ名前にしようと、思案。
「黄鐘会」と名付けました。「おうしきえ」と読みます。


当正蓮寺の主な法要・法座です。

1月 報恩講
3月 彼岸会・永代経法要
8月 盂蘭盆会
9月 彼岸会・永代経法要

バランスを考えて、時期をまず決めることに。5・6月と11月を候補としました。
田植えのあとの法座、稲刈りのあとの法座というイメージで、地域の田植えが終わる6月、稲刈りが終わる11月に決定。

6月のお座を「夏座」11月のお座を「冬座」と呼ぶことにしました。


さて、名称について。

6月

昔の田植えは、梅雨に入り水の心配がなくなった6月、蛍が飛ぶ時期だったといいます。水利が整えられ、品種改良が進んだ今、田植えは、4月下旬からはじまり、6月の初旬には、すべて終わるようになりました。

田植えが終わる頃、6月は、伊自良川に「蛍」が舞う季節でもあります。


11月

最後の稲には、雪がかぶることもあったといわれるほどですから、昔は初雪が降る11月の下旬まで稲刈りが続けられたそうです。収穫を終え、おはぎを作って「秋あげ」と呼ぶ秋休みを迎えるの頃は、冬のはじまりでもあったわけです。今は、晩稲(おくて)の品種でも、11月の初旬には、収穫が終わります。

田んぼの稲がすべて刈り取られる頃、11月、境内では「銀杏」が色づきはじめます。


岩利の里に、蛍が舞い、銀杏が色づく季節の法座にしようと思いました。
黄色のイメージです。

お聖教のなか、仏教の風土の中の「黄」のつくことばを、さがしました。
音階を表す「黄鐘」(おうしき)の語を候補に。

「来由」づくり、あとは、次回に。


自己陶酔と自己満足と自己顕示の極致ですが、「ことばつくり」は、結構楽しいものです。
「歴史はつくってしまえ。」


名称はともかく、法座そのものが地域に育ってゆくということへのプレッシャーを感じています。

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by e.wash-r | 2005-10-23 21:08 | お聴聞 | Comments(0)