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逮夜まいり・おじょうはん・相焼香
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夏休み2回目の29日、祖母の月命日です。相焼香(あいじょうこう)のご院さんが、おじょうはんのおまいりにみえました。

【おじょうはん】
月命日に、ご院さんに来てもらっておまいりすることを、月忌まいり、月参り、逮夜まいり(命日の前日のおまいり)等と呼んでいます。当地では、このおまいりのことを、「おじょうはん」と言い習わしています。
「おじょうはん」がどのような漢字なのか、どのような意味なのかは、わかりません。

【相焼香(あいじょうこう)】
西本願寺のお寺は、おおよそ2ヶ寺がひと組になっていて、おたがいがそれぞれのおつとめをします。●寺さんと■寺さんが相焼香(あいじょうこう)の場合、●寺さんのお葬式や法事等を■寺さんがつとめ、■寺さんのお葬式や法事等は、●寺さんがつとめます。例外もあります。

とにかく、当寺の場合は、毎月29日の朝、相焼香(あいじょうこう)のD寺のご院さんをお迎えして、月命日のおまいり・おじょうはんをおつとめしています。

今日、ボクは、朝8時、となりの村へおじょうはんのおまいりに行き、9時に寺に帰ってお寺のおじょうはんにおまいりし、また10時から岐阜の町方面へおじょうはんのおまいりに行きました。

自坊で、おじょうはんのおまいりをしながら思ったこと。

1、いわゆる夏休みなのに、7月も8月も、こどもたちといっしょにおまいりすることができませんでした。こどもたちが、ズルをしたわけではありません。彼らなりに、予定があったのです。ますます、「おじょうはん」というご縁が大切に思えてきました。

2、お寺とご門徒さんの間を行ったり来たりしておまいりしています。もし、合理性ということが第一義であるなら、合理的な変革をするべきでしょう。でも、そういう問題ではないところにお寺はあります。もちろん、不合理を追求するものではありませんが、お寺だからこそ、合理性の追求だけではない世界を大切にしていく必要があると思っています。


【逮夜まいり】
昼夜24時間を六時にわけておつとめする往生礼讃という偈文(お経)は、日没(にちもつ)礼讃からはじまります。命日の前日におつとめする逮夜まいりは、このことと関係があるらしいです。


なお、この日記は、3日遅れのupデス。


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by e.wash-r | 2006-08-31 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)
水谷修さんのPTA全国大会講演キャンセルに思う
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「第54回日本PTA全国研究大会みやざき大会」で、水谷修さんが講演をキャンセルしたことが話題になっています。主催者側とモニター中継についての行き違いがあったように報道はされていますが、真相はわかりません。

そこで、ボク流の解釈。あくまで、想像が前提です。偏っていると思いますが。

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想像1 生で講演を聴けるメイン会場は、全国から来たPTAの役員さんたちで占められていた。

想像2 水谷さんの話を聞きたい一般のこどもや親は、モニター会場での聴講だった。

想像3 PTAに対して、今回の大会の運営やコンセプトに対して、何か不満が蓄積していた。


解釈1 全国から集まったPTAの方々からは、休みを取ってはるばる宮崎までやってきたと言う不満があったと聞きます。その気があれば、今までにそれぞれの地方で水谷さんの講演を聴く機会はあったはずです。わざわざ宮崎まで行ったのは、半分真剣だけど、半分は物見遊山の気持ちもあっただろうと・・・。助成もあったかも知れない。ボクなら、条件さえ整えば、半分以上遊び気分で、ウキウキと出かけていったような気がします。
 そう言う人たちが、メイン会場・水谷先生を待っていた人たちがモニター会場という運営だったとしたら、水谷さんから言えば、そもそも"話が違う"というか、発想が違うと言うことになってくるのでは・・・。

解釈2 例えば『全国のPTAを敵に回しても、水谷は、水谷のやり方でこどもをまもる。仕事を休み、はるばる宮崎までも来る気概があるのだから、あなたたちはあなたたちのやり方でやればいい。期待しています。』というようなことと受け取れば、これも水谷さんからPTAへの熱いエールであると・・・。

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水谷さんは、今ごろ、どこかの町を歩いていると思います。たぶん、世間の批判などどうでもいいんだと思います。なにより、やりたいことがあるのでしょう。

以下、「目は心の窓」と題した、水谷さんの文章より。

・・・どのようにして子どもたちの目に輝きを取り戻させればいいのでしょうか。私は、これは簡単なことに思えます。 まずは、ほめてあげること。子どもたちのいいところを一杯見つけ、親や教員、周りの大人たちがきちんと認め、 ほめてあげることです。そして、子どもたちの明日の夢を一緒に考えていく。すぐにできることです。

 でも、これにはある前提が必要です。 子どもたちを認め誉めてあげる大人自身が、明日への希望や夢に満ち、輝いた目で語ることです。

 今の日本でこれをできる大人はどれだけいるのでしょうか。 このところ私は、子どもたち以上に、大人たちが病んでいるように感じています。どうぞ、 皆さんの周りを見渡してください。目を輝かせ、明日を熱く語る大人はどれだけいますか。・・・


読んでいて恥ずかしくなるようなことばかりです。
真摯に受けとめたいです。
                   

2006/8/29 住職雑記「続いて会議」   関連記事です。是非、読んでください。




                    【 一年前の今日のblog



◆追記

 
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当blog「水谷修さんのPTA全国大会講演キャンセルに思う」について、「宮崎県人」さまよりコメントをいただきました。

ありがとうございました。

返信のコメントを書き込もうとしたら、字数オーバーでできませんでしたので、この場で返信します。


「宮崎県人」さまからのコメント
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Commented by 宮崎県人 at 2006-09-01 22:07

失礼とは思いますが、一言申し上げます。
解釈は事実を基にした行為ではないのでしょうか。想像を元にした解釈などあるのですか?
浄土真宗の住職さまのお言葉ですので間違いないのでしょうが・・・。
当日の水谷氏の姿は教育者ではなくタレントであったことだけが事実です。
失礼いたしました。

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返信


水谷さんの件、コメントありがとうございます。

当方、今回の件については、ニュースの記事とネット上でやりとりされている一部の意見以外に情報を持ちません。本文で書いたとおり、当然、真相・事実を知りません。

ただ、事実として、以前、水谷修氏の講演を聞きに行ったことがあります。詳しくは書きませんが、その会場で起きたことは、今回報道されているかぎりの情報とは、かなり異なっています。だから、何か報道されていない部分があるのだろうと思って、このようなことを書きました。


「宮崎県人」さん:【解釈は事実を基にした行為ではないのでしょうか。想像を元にした解釈などあるのですか?】

勝手な想像をして、その想像に基づく偏った解釈と称して、当方の意見を述べるという手法は、アソビ心です。申し訳ありません。当方の勝手な想像と、当方の意見とお受け取りください。


「宮崎県人」さん:【浄土真宗の住職さまのお言葉ですので間違いないのでしょうが・・・。】

上記のご意見は、誤りです。浄土真宗の住職の言葉だから間違いないということは、絶対あり得ません。皮肉として、潔くお受けします。


「宮崎県人」さん:【当日の水谷氏の姿は教育者ではなくタレントであったことだけが事実です。】

水谷さんが教育者かどうか、または、「宮崎県人」さんが言われる教育者とはどういう人のことか、当方にはわかりません。ただ、水谷さんがいわゆるタレントだと言うことには同感です。たぶん、主催者の方々にも、そのような認識は最初からあったと思いますが、この点に関しては想像です。
タレントだということが事実なら、タレントがお得意さんをキャンセルしたわけですから、やはり、たいへんなことですよね。

水谷さんに、「人寄せパンダ」になりきる度量まで求めるのは、酷かも知れませんが、当方としては、たとえひとりでも、聞きたいと思う人があるなら、こどもたちのためにキャンセルはして欲しくなかったという思いも持っております。

当blog記事全体の意図をご理解ただきたいと思います。手法・書き方の稚拙なところは、ご容赦ください。申し訳ありません。



「宮崎県人」さま
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by e.wash-r | 2006-08-30 02:44 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
返信
8月30日、当blog「水谷修さんのPTA全国大会講演キャンセルに思う」について、「宮崎県人」さまよりコメントをいただきました。

ありがとうございました。

返信のコメントを書き込もうとしたら、字数オーバーでできませんでしたので、この場で返信します。


「宮崎県人」さまからのコメント
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Commented by 宮崎県人 at 2006-09-01 22:07

失礼とは思いますが、一言申し上げます。
解釈は事実を基にした行為ではないのでしょうか。想像を元にした解釈などあるのですか?
浄土真宗の住職さまのお言葉ですので間違いないのでしょうが・・・。
当日の水谷氏の姿は教育者ではなくタレントであったことだけが事実です。
失礼いたしました。

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返信


水谷さんの件、コメントありがとうございます。

当方、今回の件については、ニュースの記事とネット上でやりとりされている一部の意見以外に情報を持ちません。本文で書いたとおり、当然、真相・事実を知りません。

ただ、事実として、以前、水谷修氏の講演を聞きに行ったことがあります。詳しくは書きませんが、その会場で起きたことは、今回報道されているかぎりの情報とは、かなり異なっています。だから、何か報道されていない部分があるのだろうと思って、このようなことを書きました。


「宮崎県人」さん:【解釈は事実を基にした行為ではないのでしょうか。想像を元にした解釈などあるのですか?】

勝手な想像をして、その想像に基づく偏った解釈と称して、当方の意見を述べるという手法は、アソビ心です。申し訳ありません。当方の勝手な想像と、当方の意見とお受け取りください。


「宮崎県人」さん:【浄土真宗の住職さまのお言葉ですので間違いないのでしょうが・・・。】

上記のご意見は、誤りです。浄土真宗の住職の言葉だから間違いないということは、絶対あり得ません。皮肉として、潔くお受けします。


「宮崎県人」さん:【当日の水谷氏の姿は教育者ではなくタレントであったことだけが事実です。】

水谷さんが教育者かどうか、または、「宮崎県人」さんが言われる教育者とはどういう人のことか、当方にはわかりません。ただ、水谷さんがいわゆるタレントだと言うことには同感です。たぶん、主催者の方々にも、そのような認識は最初からあったと思いますが、この点に関しては想像です。
タレントだということが事実なら、タレントがお得意さんをキャンセルしたわけですから、やはり、たいへんなことですよね。

水谷さんに、「人寄せパンダ」になりきる度量まで求めるのは、酷かも知れませんが、当方としては、たとえひとりでも、聞きたいと思う人があるなら、こどもたちのためにキャンセルはして欲しくなかったという思いも持っております。

当blog記事全体の意図をご理解ただきたいと思います。手法・書き方の稚拙なところは、ご容赦ください。申し訳ありません。



「宮崎県人」さま

by e.wash-r | 2006-08-30 00:00 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)
『アミダの森』  -黒野組僧侶研修-
b0029488_1412837.jpgA寺さんにて、黒野組僧侶研修。

日野誠應先生をお迎えして、『アミダの森』運動の概略・歴史をお聞きしました。


『アミダの森』について、パンフレットより。  (ごく一部の抜粋です。)

『アミダの森』の願い
 
 ・・・「アミダ」は「すべてのいのちかがやけ」の願いである。
 副題「大地にいのちをかえす運動」とする。・・・
 ・・・念仏者の社会的実践のひとつとして位置づけたい。・・・
 この運動の本部は、世界平和の原点である「広島」に置く。・・・

『アミダの森』の活動

 苗木募金   門信徒に呼びかけて、「苗木1本200円」運動の展開
 啓蒙活動   ポスター、パンフレット  多方面の協賛を得る
 緑の協力隊  「緑の協力隊」を募り、現地で実際に植林活動を体験


1958~1961年頃の龍谷大学、京都女子大学の「宗教教育部」の同窓生が中心となって立ち上げられたのだそうです。10年に及ぶ活動によって、緑化だけでなく、現地の方々との暖かい交流も生まれてきているとのこと。2006年の4月には、沙地と呼ばれる砂漠化した土地に植林した苗木の数が、300万本に達したそうです。

詳しくは、『アミダの森』ホームページをご覧下さい。 

汗を流し緑化のために奔走される方々の活動とその成果に、頭が下がります。
地球の一市民として、できる範囲の協力をしようと思いました。

今年、「アミダの森」の活動を題材にした絵本も出版されました。
『アイスキャンディーの木』といいます。
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ただ、何もしないボクが言うのは失礼かと思いますが、社会的な運動を、宗教者の実践という名のもとに行うことには、疑問を感じています。「アミダ」さまは、お念仏をよろこぶ者のなかに、宗教的に実存しますが、現実の社会の理想や規範をしめすものではないと思うのです。


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by e.wash-r | 2006-08-29 12:11 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
本願寺参拝と大谷納骨
夏の大谷本廟
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本山と大谷のスナップです。


b0029488_11211745.jpg本願寺阿弥陀堂

開闢法要

b0029488_11213882.jpg本願寺書院参観


虎の間玄関
住職が解錠・案内
b0029488_1122944.jpg鸛の間の縁で

南能舞台を見る
b0029488_11223715.jpg虎渓の庭

鮮やかな緑の蘇鉄



b0029488_112448.jpg大谷本廟への石橋

凝った作り
b0029488_11233385.jpg大谷本廟 総門

カップルあり和服あり
b0029488_11244069.jpg親鸞聖人荼毘所

真新しい供花が三対ありました
b0029488_11251295.jpg鳥辺野の道

清水への近道

b0029488_11253369.jpg大谷墓地と東山

手つかずの照葉樹林
b0029488_11255216.jpg大谷墓地から見た清水寺





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by e.wash-r | 2006-08-28 11:41 | おまいりにて | Comments(0)
山田の中の一本足の案山子
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長良川河畔のたんぼ。

いわゆる放送業界の自主規制で、馴染みの曲なのに放送されないものがたくさんあります。
例えば、「案山子」や「竹田の子守歌」。
理由は、様々のようです。

過剰反応だとか、風俗・風土そのものを抹殺しかねない蛮行だとかいう批判が多いこの規制。wikipediaには、以下のように記されていました。

自主規制(じしゅきせい)とは、社会的に不具合が生じる恐れがある製品の生産者、サービスの提供者などが行う自発的な制限のこと。現状のまま放置した場合に社会的な批判を浴びる、公権力の介入を招く、法令による規制が科せられる恐れがある際に行われる回避手段の一つ。

この説明が、自主規制する側(メディアなど)の言い分と一致していいるのかどうかまでは、不明ですが、どう考えても、納得しかねる部分が多い発想だと思います。自主規制によって、求めているものは、自己保存でしかないように思えるのです。

正義の論理を展開しても、正義のために信念を貫くというほどの気概があるわけではないので、火の粉がかからない場所に自分の居場所を確保した上で、ちょっとカッコイイことを言ってみる、というよくあるパターンなんでしょう。

どう考えても、「自主」的にすることが「規制」、つまり、「しないこと」というのは、ことばの使い方から言っても怪し過ぎます。

「西蔵坊だより」の自戒もこめて・・・。

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手も足も出ないからって、ナメんなよ!と言われたら、かなりコワイぞー。


                    【 一年前の今日のblog

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by e.wash-r | 2006-08-27 02:06 | そらごと、たはごと | Comments(2)
夏 ふるさと 川 白い開襟シャツ 
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夏の間、昼といわず夜といわず、海や川で遊んでいた頃がありました。
昨日、そのころの畏友・E師が訪ねてきました。

"あの頃"のように、ギラギラとすることもなく、最近それぞれが覗いた水の中の様子を、ボツボツと話しました。経験から、どこに行っても、それなりに楽しむことは、おたがいうまくなりましたが、"あの頃"のような感動を、思い出のほかに、なかなか見つけることができません。

海も川も変わり、ボクたちも変わりました。



b0029488_213324.jpg今日は、村の公民館で、「伊自良川の魚」についての講演会。

何十年と郷里の川を見続けていらっしゃったMさんのお話です。

夏休みのこどもたちがやってきます。

長年、こども会の川遊びに関わってきた関係で、ボクもゲスト?でお招きいただきました。
川遊びの時は、短パン・Tシャツ・ゴムぞうりがお決まりの出で立ちですが、今日は、わざわざ、開襟シャツをひっぱりだしてきて出かけました。

「夏」、「ふるさと」、「川」、とくれば、郷里を愛する中年は、横溝正史の映画に出てくるような「白い開襟シャツ」おじさんでなければなりません。

過ぎてゆく、今年のたった一度の一瞬の夏のために、こどもたちにしてあげられる最高の演出だと思ったんですが・・・。

白い開襟シャツのおじいさんになったときも、川で遊ぶこどもたちがいっぱいの、ふるさとの夏であってほしいなあ。


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by e.wash-r | 2006-08-26 02:06 | ふるさと | Comments(2)
ドジャーブルーより、ドラゴンブルーより青く!

今日は、奈良の勉強会の日でしたが、法務と「岐阜教区『サマースクール50年の歩み』編纂委員会」のため、欠席しました。来月は、何が何でも出席しなければ・・・。

b0029488_1574518.jpg編纂委員会の方も、ずっとご無礼がちで、申し訳ないことだと思っています。今日も、遅れての参加。

21時、別院につくと、原稿の最終チェックの最中でした。完成が近づいた原稿から、資料探しに奔走し、腱鞘炎になるほどキーボードを打ち続けたという、委員長さんはじめ委員さん方のご苦労がヒシヒシと伝わってきました。

あと一ヶ月で、鮮やかな青を基調とした表紙の『サマースクール50年の歩み』が完成します。

そう言えば、Rさん師は、熱狂的なドラゴンズファンだったなあ。


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by e.wash-r | 2006-08-25 01:55 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
お骨入れの箱  -夏休みの工作-
今年の大谷本廟納骨と本山参拝の段取りがおおかたできました。

納骨される方のお骨は、縁者の方々が、盂蘭盆会におまいりされたときから、本堂でお預かりしています。納骨の日、お寺から本山までは、ボクがお持ちすることになっています。

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大谷本廟納骨堂用のお骨入れを運ぶための箱を作りました。

職人さんが作る漆塗りの上等なものには及びませんが、お骨を丁寧にお持ちすることができる、イイ感じのものができたと思います。

ひょっとして、どこかに置き忘れたりするときのことを考えて、蓋の裏に、当正蓮寺の連絡先を書いたプレートを貼れば、完成です。

本願寺・大谷本廟へは、小ぶりのちりめんの風呂敷で包んで行くつもりです。
"カッコつけ"という言い方もできるし、"体裁を整えた"という言い方もできますが、ボクとしては、どちらであっても、それらもお荘厳のひとつのかたちと思っています。

あと大切なのは、大谷納骨の日、お寺に忘れていかないようにすること。


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by e.wash-r | 2006-08-24 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
念仏西瓜だより 2
不安定な天気。
晴れていたかと思うと、急に暗くなってどしゃ降り。そんなことを繰り返している一日でした。

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夕焼け空に、湧き上がる積乱雲。
紫雲ということばがありますが、赤く染まった空を背景にすると、積乱雲が青く見えました。
(画像は少し強調してあります。)

阿弥陀如来が乗られる雲を紫雲と言います。

第二次世界大戦時、「紫雲」という、日本海軍の水上偵察機があったそうです。
『Wikipedia』には、【紫雲 (航空機)】の項に、次のような記述があります。
なお機名の「紫雲」には、文字通りの「紫色の雲」という意味の他に、あろうことか「仏教徒の臨終の際に仏が乗って迎えに来る雲」という意味もある。このため、当時は「縁起でもない」との批判もあった。

ボクは、偵察機に「紫雲」と名づけた人は、紫雲の仏教的な意味あいを知っていたような気がします。


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夕焼けと念仏西瓜。基本的に、ミスマッチです。
食べ頃がわからないでいます。


                    【 一年前の今日のblog

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by e.wash-r | 2006-08-23 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)