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法治国家なんだから
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午前中のおまいりを終え、寺へ帰る途中、いきなり紺色の制服を着たお巡りさんが車の前に飛び出してきました。"危ないなあ"と思ったのも束の間、赤い旗で誘導されました。

16㎞/hオーバーの速度違反。

気分のいいものではありませんが、ニコニコ笑顔のお巡りさんを見て、こっちも笑顔でいくしかないかと、諦めました。

正直なところ、不満と疑問はあります。

何故、地元の人しか通らないようなところでやるの?
何故、何にもないまっすぐな広い田舎道でやるの?
何故、しかも制限速度40㎞/hのところでやるの?
何故、こんなのどかなで穏やかな日にやるの?
何故、たまたま、ボクが通るときにやるの?

でも、やっぱり、違反は違反。
最近の世相を考えると、やっぱり、自分の非を認めるところからはじめないと世の中よくならないんだろうなあなどと思うことにして、妙に聖人ぶって、お巡りさんに"ご苦労様です"と笑顔で言ってしまいました。お巡りさんも終始笑顔で対応してくださいました。

でもやっぱり、1万2千円惜しいなあ。
それに、たぶん、お巡りさんの笑顔もボクの笑顔も、本当は引きつっているんだろうなあ。

何より残念だったのは、カメラを持っていなかったこと。
田んぼの中の道ばたに置いた机で、坊さんが交通違反の書類に指紋押印しているところ、いい絵になったと思うんですが・・・。

こんなこともありました。 
西蔵坊だより 2006.10.06   『先ず隗より始めよ -スピードは控えめに-』

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by e.wash-r | 2006-11-30 12:48 | そらごと、たはごと | Comments(4)
冬が来る
少し冷え込み、一気に散り始めたもみじや銀杏。
落葉樹の葉が散った後の境内は、春までちょっとさみしい感じになります。
日射しがよく通るのに寒々しているのは、何故なんだろう。

冬なので、寒いのは当然なんですが・・・。
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去年は、落ち葉を掃く前に雪が降り、そのまま、1月、雪の中の報恩講を迎えました。
ある意味、掃除しなくてよかったので楽だったとも言えますが、雪かきには苦労しました。

11月もあと1日。


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by e.wash-r | 2006-11-29 18:05 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
D寺報恩講 2006
伊自良のD寺さんの報恩講におまいりしました。

b0029488_23205978.jpg伊自良特産の干し柿。
『連柿』(れんがき)といいます。

堂上蜂屋(どうじょうはちや)柿と比べると小ぶりです。

ボクの好みは、連柿。

b0029488_23212486.jpg仲冬下旬第八日。

旧暦では、12月28日。
新暦では、 1月16日。

親鸞聖人のご命日。

岐阜の最高気温 20.8℃。
小春日和。
b0029488_23215724.jpg婦人会の方々のコーラス。

手話も交えて「真宗宗歌」。
b0029488_23221578.jpg最近剃髪されたM寺ご住職。

しんらんさまかと思いました。

「お坊さんらしくなったねえ。」
ご門徒さんに言われるそうです。

「ずっと坊さんなんやけど。」
と笑ってみえました。

形も大事なんですね。




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by e.wash-r | 2006-11-28 23:59 | おまいりにて | Comments(0)
渋柿の 渋がそのまま 甘みかな
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K市のT家のお取り越し。
軒にたくさんの干し柿が吊してありました。

丘陵地を切り開いた団地にTさんが引っ越されたのは40年ほど前。
家の裏にひとり生えした小指ほどの柿の幼木があり、大切に見守ってみえたそうです。
屋根を越えるほどになった柿の木は、今年、小さな実がたくさんつけました。
軒に干してあったのは、その柿なんだそうです。

野生の山柿よりは少し大きいような気もしますが、かなり小ぶりな柿です。

渋柿の 渋がそのまま 甘みかな
如来大悲のはたらきの譬えにしばしば引用される歌です。 参照 『神通寺住職の日記


桃栗三年 柿八年 梅は酢い酢い十八年 柚子のあほうは五十年
渋い実をつけるまでにも、尊いご縁があるんですよねえ。


◆   『桃栗三年柿八年・・・』には諸説アリ。上記はボクが当地で教わったもの。
参考  Yahoo!知恵袋  時かけ☆コラム



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by e.wash-r | 2006-11-27 23:59 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
野点(のだて)
平成60年の夏のことだと思いますが、カヌーで長良川の中流を下った時のこと。
カヌーがまだめずらしいかった頃です。

岐阜グランドホテルの前の川原に上陸したら、若い女性が野点をしていました。
薦められるままにお茶をいただき、また川へ。

よくは憶えていませんが、その女性は、きっとムチャクチャ美しい人だったはずです。
そうでないと、当時カヌーイストの間で流行っていた『ボクは流れ者ですから・・・。』という旅立ちのセリフがキマッタことにならないわけで・・・。
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10寺から本堂で、N家の法事。
その前に、H地区のお取り越しにおまいりし、ギリギリ滑り込みで10時に寺に戻ると、境内は雅なことになっていました。

お茶の稽古の方々が、色づいた銀杏の下で野点を楽しんでみえます。N家の方々も、お相伴になっておられる模様。なかなかいい風情だなと思いつつも、ボクは、飲み物としての抹茶も、茶道という遊びも、どちらかというと苦手なので、逃げるように本堂のお荘厳に向かいました。

こうあるべきとか、こうしなければならないというイベントにするとなると、感心できませんが、せっかく数年に一度親族縁者が集う法縁なのだから、こういう華があるのもいいものだと思います。

いずれにしても、野点は偶々(たまたま)のコトであり、そうであってもなくてもいいというのが、お寺のいいところということにしましょう。


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by e.wash-r | 2006-11-26 23:59 | 溺レル | Comments(0)
いろはにこんぺいとう
blog『わかのプチ真宗 』-雪の結晶-を読んで、いい気分になって、あれこれ調べ思ったことです。

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いろはにこんぺいとう
こんぺいとうはわたしよ
ちぃちゃいけれどもつのがある  矢野顕子


物理学者・寺田寅彦は、金平糖の角の出来方や椿の花の散り方をも科学的な解析の対象としました。しかし、現象のすべてを、科学の法則性のみで解明できるとは思っていなかったようです。

寺田寅彦のことば

いわゆる頭のいい人は、言わば足のはやい旅人のようなものである。
人より先に人のまだ行かない所へ行き着くこともできる代わりに、途中の道ばたあるいはちょっとしたわき道にある肝心なものを見落とす恐れがある。

頭のいい人には恋ができない。
恋は盲目である。
科学者になるには自然を恋人としなければならない。
自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

頭のいい人は批評家に適するが、行為の人にはなりにくい。
凡て(すべて)の行為には危険が伴うからである。      


世界ではじめて人工の雪をつくり、「雪は天から送られた手紙である」ということばを残した中谷宇吉郎は、寺田寅彦を慕った物理学者のひとりであったそうです。

中谷宇吉郎のことば。

雪の結晶がどうしてできるかは科学の領域である。
だがその雪がどうして私にふりそそいできたかは科学ではわからない。


『全くこのごろは化け物どもがあまりにいなくなり過ぎた感がある。』  寺田寅彦


関連
わかのプチ真宗  雪の結晶
西蔵坊だより   化け物はいるか? -『化け物の文化誌展』-

関連記事を書いてくださいました
リバーリバイバル研究所  どんぐり




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by e.wash-r | 2006-11-25 23:59 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
赤・青・黄色  -紅葉真っ盛りです。-
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正蓮寺境内の紅葉。
この週末が見納めかな?

本日は写真のみ。



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by e.wash-r | 2006-11-24 16:50 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
K寺報恩講 2006
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ご門徒さんのお取り越し報恩講と同様に、組内寺院のお取り越し報恩講もはじまりました。
今日は、旧伊自良村K寺さんの報恩講でした。

K寺さんの坊守さんはおつきあいが広いので、組内の坊守さん方の中で、得度をしていらっしゃる方々がこぞって報恩講に出勤されていました。おまいり合いをされているそうです。

女性法中4人の平均年齢より男性法中3人の平均年齢の方が、最低5歳は若かったと思います。もし年齢順に並んだとしたら、完全な女性上位でした。なんとなく若い男性僧侶がいわゆる上座に座り、女性の僧侶の方々は、ボクたちより年上にもかかわらず、控えめにしていらっしゃいました。適当になんとなくそんな感じでうまくおさまっていたという感じです。
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以下、ナイショの話。(上記本文とは無関係ですよ。)

男女共同参画とか、女性の地位向上とか、男女平等が叫ばれる昨今、僧侶の世界も例外ではありません。女性僧侶・坊守の地位確立のための様々な研修・施策・試行等が行われているというコトも聞きます。

ボクは、正直なところ何かへンと思っています。

まず、権利意識というのは、信仰の世界には似合わないような気がします。
ボクたちの信仰においては、"救う仏"と"救われるわたし"または、"仏を疑うわたし"しかないわけで、僧侶の立場も"救われるわたし"の域を超えることはありません。

三宝住持、お取り次ぎをする立場としての僧侶という存在はありますが、それ以外の立場とか地位というものはないと思っています。

とは言え、娑婆のこと。
名利のこころがあるのは当然です。ならば、せめて、一般社会でそういうものは発揮したいもの。あえて信仰の世界で問題にしたくないなあと思うのですが・・・。



坊守(ぼうもり)   : 浄土真宗では、住職の妻(配偶者)のこと。
法中(ほっちゅう) : 僧侶衆。(僧侶の複数形みたいなもの。坊s?)
三宝(さんぼう)   : 仏・法・僧(サンガ)
住持(じゅうじ)   : (仏法を)守り保つこと。
名利(みょうり)   : 名聞利養(みょうもんりよう)の略。名声と利得。名誉欲と財欲に駆り
              立てるもの。


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by e.wash-r | 2006-11-23 23:54 | おまいりにて | Comments(0)
小雪(しょうせつ)
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暦の上では、寒さが増し、雪が降り始める頃という時節です。
境内では、ようやくイチョウが色づきました。

11月22日、「小雪」。
二十四節気の「小雪」は「しょうせつ」と読むそうです。

           *      *      *

次女が生まれたとき、名前を『こゆき』にしようかとも思いました。
長女が『ゆき』だからです。

結果的に、『こゆき』ちゃんにはなりませんでした。


北海道のNさんの持論。

女の子の名前は、おばあちゃんになったときのことまで考えておくのがいい。
つまり、『○○ばあさん』『お○○さん』とカワイク呼べるかどうか。

例:ゆきばあさん・おゆきさん


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by e.wash-r | 2006-11-22 22:24 | ふるさと | Comments(0)
もらい湯、五右衛門風呂、ご満座の湯
T家のお取り越し。
代休で家にいた中学生のRくんもおまいり。

おまいりの後、Rくんはひとしきり学校のコトなどを話して、自分の部屋に行ってしまいました。残ったおじいちゃんとおばあちゃんが、"今の子はのんびりしとっていいねえ。"と。

そこから、戦前・戦時中の話になりました。

・イナゴを捕った。佃煮にした。学校給食のみそ汁は、イナゴのダシだった。
・家の座敷で蚕を飼った。桑の葉をとってくるのが子どもの仕事だった。
・弁当だったが、ウサギ狩りをしたときは、ウサギ汁がでた。
・校舎を建てるとき、基礎の石を集めて回った。
・宿題は、縄や俵を編んでくることだった。

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もらい風呂の話にもなりました。
もらい風呂というのは、風呂を焚いた家に近所の人が入りに来る(行く)ことです。

「今日、うちは風呂を焚くで・・・。」
と言うと、
「じゃあもらいに行くで・・・。」
ということになるのだそうです。
「あの頃は、風呂場は真っ暗だったから、湯がきれいとかきたないとか関係なかった。」
そうです。風呂を焚くと最低10人くらいの人が入ったと言うことでした。

以前M家でも、似た話を聞きました。
「もらい湯をしとった頃は、風呂を焚くとみんなが集まってきて、夜は賑やかだった。」

ボクも微かに、もらい湯の思い出があります。
家が改築中のことだったかも知れませんが、隣へお湯をもらいに行ったことも、隣の人がお風呂に入りにみえたことも憶えています。

                      *     *     *

我が家は、昭和45年頃まで、いわゆる五右衛門風呂でした。釜戸でで薪を焚き、風呂を沸かすのはボクの仕事でした。ボクが空だきをして、風呂釜を割ってしまったので、ガスの風呂に変わりました。

風呂に入ると言うより、浮いてくる不安定な底板に乗って湯に浸かったという感じでした。とにかく、沸かすのも難儀、寒い風呂場も難儀、湯に浸かるのも難儀で、風呂は大嫌いでしたが、なつかしいい思い出です。

思い出なので美しくなってしまいますが、あんなコト、今はイベントでしかできないだろうなあ。

                      *     *     *

S寺さんの報恩講。
ご満座の前には、ご門徒さんが風呂を焚かれ、ご住職はこざっぱりして報恩講最後のお座にご出勤されていたと思います。昭和40年頃まで、その習慣は続いていたように思います。

これも微かな記憶。


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【追記】

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お風呂のイイ写真がなくて、いろいろ捜しました。
茶わんのお風呂に入っている目玉おやじのイラストを見て、思い当たる写真があり、借用し、いたずらしました。
目玉の奥に隠れてしまったSさま、ご容赦を。


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by e.wash-r | 2006-11-21 00:23 | おまいりにて | Comments(4)