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引っ越しシーズン
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京都を往復してきました。
いつもお世話になっているS家のKちゃんが京都に行くことになり、その引っ越しの荷物と一緒に、家族揃って春休みの小旅行をしたという次第。

Kちゃんの入るアパートは引っ越しラッシュで、専門業者の方々が、入れ替わり立ち替わり、これぞプロという感じで、テキパキと作業をされるなか、ボクたちは、2台のワゴンいっぱいに積み込んだ荷物を、人海戦術で部屋に運びあげました。

たどたどしくも、あっという間に7人がかりの引っ越し完了。生活用の買い物を済ませた後、夕方、宇治まで少し足を伸ばして、おいしいお茶をいただきました。

遠くの土地に来ているということだけで、十分に楽しい一日でした。
帰路、温泉に入って帰ろうということになり、関ヶ原から山を越えて池田温泉へ。
夜の峠で、2頭の鹿にであいました。

いつもそこにいて、ホッとするようなKちゃんがいなくなって、さみしくなります。





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by e.wash-r | 2007-03-30 23:59 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
エベレストに初登頂したシェルパ、テンジン・ノルゲイのこと
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シェルパとは、ネパールの高地少数民族の名前です。

このシェルパ族は、ヒマラヤ登山の歴史の中で、ポーター・ガイドとしての重要な役割を果たしてきました。今では、シェルパ族に限らず、ヒマラヤの現地登山ガイド等を表す一般名称として「シェルパ」とうことばは定着しています。

1953年、イギリス隊のニュージーランド人、エドモンド・ヒラリーとともにエベレスト初登頂を果たしたシェルパがテンジン・ノルゲイです。

エベレスト初登頂以降、テンジンは、過去を語らなかったといわれています。インドのダージリンでシェルパとなったテンジンは、自身が"インド人であるか、ネパール出身であるか"という問題が、両国にあらぬ混乱を引き起こす引き金となることを危惧し、過去を封印したのだろうというのが定説でした。

そのテンジン・ノルゲイ、実はチベット人であったといわれています。過去を語らなかった理由が、そこにもあったらしいのです。

根深誠著『シェルパ -ヒマラヤの栄光と死-』によると、テンジンは、エベレストの東麓、チベットのカルタ(ハルタ)渓谷の出身です。同書より、テンジン・ノルゲイの息子ジャムリンテンジン・ノルゲイのエベレスト登頂の記述を引用させていただきます。

 ジャムリン・テンジンは生粋の登山家ではない。それ以前、山などほとんど登ったことがなかった。では、なぜエヴェレストに登ったのか。幼少時代からエヴェレスト初登頂の話を父に聞かされ、いつか自分も登ってみたいと"夢"に見ていた、というのがその理由である。

 わたしは、夕食会に招待されたとき、エヴェレスト登山のスライドを見せていただいた。山頂に立つジャムリン・テンジンの姿は、インド国旗・イギリス国旗・国連旗・ネパール国旗をくくりつけたピッケルを右手で掲げる四十三年前の、父テンジン・ノルゲイの有名なあの写真とそっくりだ。父の姿勢をまねたのである。ちがっているのは、格段の進歩を遂げた装備をまとっていること、ピッケルにくくりつけた小旗にチベットの旗がひとつふえていた点だ。

 ジャムリンテンジンは家族の写真といっしょに第十四世ダライ・ラマ法王の写真も山頂に埋めた。・・・
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テンジン・ノルゲイは、エベレストの山頂で、イギリスとインドとネパールの国旗を掲げましたが、チベットの国旗を揚げることはありませんでした。最高峰エベレスト、チベット語でチョモランマは、登山家を魅了するばかりでなく、政争の舞台でもあったわけです。

いまだチベットはその政争の中にあります。
チベット国旗の黄色の縁取りは、『仏教がすべての場所で永遠に栄える』ことを象徴しているそうです。

                  仏法弘まれ 世の中安穏なれ





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by e.wash-r | 2007-03-29 22:39 | Tibet/西蔵 | Comments(0)
チョモランマ -チベット語で"母"、"女神"-
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CreativeCommons Attribution-NonCommercial-NoDerivs License,

【北京五輪、聖火のチョモランマ国境越えは断念】という記事を読みました。

2008年北京五輪で予定されている聖火リレーのチョモランマ(エベレスト)登頂で、同五輪組織委員会が「ネパール側から登頂して中国側へ下山する」当初の国境越え案を見直し、「中国側から登頂して、同じルートをたどって下山する」国内限定ルートに計画を変更していたことが26日、分かった。 
[2007/3/26] 読売新聞

とあります。検索したところ、6年前の下記の記事を見つけました。


【北京五輪実現ならチョモランマ山頂から聖火リレー】

2008年北京五輪が実現すれば、世界最高峰チョモランマ(エベレスト=8848m)山頂からの聖火リレーを招致委員会が計画中と、英ガーディアン紙が伝えた。
計画では、山頂でチベット族登山家が友情のあかしとして聖火を別の中国人登山家に手渡す。中国は、シドニー五輪で豪州が先住民族アボリジニーとの融和を強調した先例にならうつもりという。
北京は人権問題で欧米から非難を浴び、2000年五輪招致でシドニーに敗れており、聖火リレーもイメージアップ作戦の一環。聖火を消さずに山頂まで運ぶ方法などを検討中だ。
[2001/6/28] 朝日新聞

「そこに山があるから」ということばで有名な登山家マロリーは、エベレスト初登頂をめざしてインドへ向かう直前、「冒険というより、むしろ戦争だ」ということばを残しています。

現実に掲げるかどうかは別として、中国はエベレスト、チベット語でチョモランマに、中国の国旗を揚げたいのでしょう。

エベレストもオリンピックも、政治の舞台なのです。

しかし、国家がどうであれ、チベットはチベットだ!


                               ◆たぶん、次回に続く・・・。





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by e.wash-r | 2007-03-28 23:51 | Tibet/西蔵 | Comments(2)
赤飯まんじゅう -祝・『方県むくの木合唱団』25周年-
『方県・むくの木合唱団』が25周年を迎えました。
四半世紀、熱心な先生方の指導のもと、地域に根ざし育まれてきた賜です。

一昨年、あるコンクールに出場した『むくの木合唱団』の歌を聴いたとき、ボクは、その優しいきれいな歌声に思わず涙が出ました。今回の25回目の定期演奏会。ボクは行けませんでしたが、坊守やこどもたちは、主体客体で楽しんできたようです。きっとすばらしい歌だったに違いないと思っています。

こどもたちのうた声に誘われ惹かれるようにシルバーコーラスの『コール・フローラ』、ママさんコーラスの『コール・オリビア』も創立され、今年の『むくの木合唱団』の25回目の定期演奏会は、3世代の共演となりました。

こどもたちから、よろこびが輪を広げていくひとつの姿に、キッズサンガ(お寺のお泊まり会)を重ね、たぶんあっという間にやってくる夏のことを考えています。

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さて、25周年のお祝いは、定番の紅白饅頭でした。
餡のかわりに赤飯が詰まった「さかえや」さん特製の「紅白の赤飯まんじゅう」。紅白だからいいですが、白がふたつだとちょっと照れてしまいそうな容姿ではあります。岐阜近辺ではスタンダードなまんじゅうですが、これはこの地域特有のものなのかなあ。

『むくの木合唱団』のこどもたちが、いつかおばあちゃんになって、もっとおばあちゃんになっている先生やお母さんたちと一緒に歌っているすがたもいいだろうなあ。







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by e.wash-r | 2007-03-27 23:43 | ふるさと | Comments(0)
霧のなか
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霧によって際だつ風景というのがあるように思います。
(以前にも同様の写真と記事をUPしたことがありますが・・・。)

霧という白いフィルターでそれぞれの色を奪われた景色は、単色の濃淡で表現される水墨画やモノクロ写真のようです。

ひょっとすると、、むしろ逆で、水墨画やモノクロ写真は、霧のかかった世界を表現しようというひとつの試みなのかも知れません。

霧のフィルターは、意識していなかった遠近の差を鮮明にすることもあります。一律一様でない霧の流動性は、変化しながら思わぬ形で遠近感を強調したりもします。

山では、数メートル先も見えないような濃い霧にであうことがあります。
すべてがうすい灰色の世界、わずかに目の前のものだけが姿を現す世界です。



     木曽路はすべて山のなかである。

島崎藤村の『夜明け前』は、この一節からはじまります。



     浄土への道はすべて霧のなかである

と、ボクは思い、霧のなかを慈光に照らされ往くのだと思うのですが、自分のまわりを霧のない世界にしようと妄想する輩もときどきいるようで・・・。自分が霧なのに。



     摂取心光常照護 摂取の心光、つねに照護したまふ
     已能雖破無明闇 すでによく無明の闇を破すといへども
     貪愛瞋憎之雲霧 貪愛・瞋憎の雲霧
     常覆真実信心天 つねに真実信心の天に覆へり
     譬如日光覆雲霧 たとへば日光の雲霧に覆はるれども
     雲霧之下明無闇 雲霧の下あきらかにして闇なきがごとし





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by e.wash-r | 2007-03-26 23:59 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
赤い下心
土曜日の夜、年度末の消防団新旧役員の懇親会。

ボクにとっては、消防団員としての最後の飲み会と言うことになります。下戸なので、基本的にボクが"飲む"ということはまずないのですが、それでも、いつもより"飲み"、いつもより数倍多いアルコールを摂取しました。

子供が生まれたばかりの後輩のSくんに、お礼を言うと、
「さみしくなります。大きくなったら、除夜の鐘撞きに行ってもいいですか?」
という返事。

ボクにとっては、最高の餞のことばでした。
正直なところ、地域のためというより、誰かが仏縁に遇う機縁になればという下心で続けた消防団です。無理して続けてよかったと心から思えた一瞬でした

黄鐘会・夏座に、お世話になった方々をなんとか誘い込めるよう、もう少し貪欲になろうと思っています。
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深夜まで"飲んで"、帰宅したのはほとんど3時。寝不足のまま今朝は、おまいりの前に、方県中をポンプ車に乗って広報活動をして回ってきました。火事がなければ、これが最後のおつとめです。

どこか"やれやれ"という気持ちでいましたが、思ったよりさみしい気持ちになりました。
安堵と感傷のあとは、とにかく眠い一日でした。



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by e.wash-r | 2007-03-25 23:18 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
『スチームボーイ』 -ボクは、未来を、あきらめない?-
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年度末でやらなければならないことがいっぱい。

長女がビデオを借りに行くという。
先日観た『鉄コン筋クリート』を制作した「STUDIO4℃」の作品『マインド・ゲーム』がDVDになっているということを聞いたので、つい、それを借りてくるように頼んでしまった。

長女は、随分捜したらしい。
どうも、まだ『マインド・ゲーム』はレンタルされていないようだ。

かわりに、大友克洋の『スチームボーイ』を借りてきた。
深夜、こどもたちが観るというので、思わずボクも観てしまった。

大友克洋は、スチーム(蒸気)を使って映画を作りたかったのだと思う。噴き出し沸き立つ蒸気が『スチームボーイ』の主人公だ。ストーリーは、後からついてくる。



とっても時間に追われています。
と言うわけで、更新遅れ気味です。

皮肉にも、『スチームボーイ』のコピー、そして、最後のセリフが・・・。


                    僕は、
                    未来を、
                    あきらめない。






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by e.wash-r | 2007-03-24 15:36 | 溺レル | Comments(0)
大屋根の表と裏
本堂の屋根の表と裏を探検しました。

屋根裏に入るというのは、そのことばの響きといい、その怪しさといい、まさに探検気分。
屋根にのぼるというのも、ワクワクします。

イイものが発見できるなら、探検も楽しいんですが・・・。

b0029488_823688.jpg格天井を空けて
b0029488_825155.jpgなかは鉄骨
b0029488_831561.jpg大屋根へ
b0029488_833713.jpg銅板葺きの様子






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by e.wash-r | 2007-03-23 08:02 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
春の彼岸会
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彼岸会。

寒い一日でした。
報恩講と同じように、ストーブを並べての法座。

お取り次ぎは、善徳寺・藤村真樹師。
歎異抄の「聖道の慈悲、浄土の慈悲」についてのお話しでした。

苦悩しているのは、わたしであると言うこと、わたしを救うとよびかけてくださるのが如来の慈悲であると言うこと、そして救いとはと・・・。

お説教の後、お斎の時間、順番を待って本堂に残っていらっしゃったY地区の方々と雑談。
「ストーブいっぱい焚いても、本堂、寒いですねえ。」
と言うと、
「でも、ご講師の先生は、汗ふきながらのお話しでしたねえ。」
と、Tさん。

汗もお取り次ぎなんだなあと思います。

例年より、ちょっとおまいりが少なかったのは残念ですが、いいお彼岸でした。
法要当日、寝不足で、元気がなかったことが反省点。・・・年度末という季節は苦手です。





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by e.wash-r | 2007-03-22 08:33 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
気候学・環境地理学 -師に遇う-
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CreativeCommons Attribution-NonCommercial-NoDerivs License, lakerae

Y君は大学1年生。
20年以上前、Y君と同じ大学の同じ学部で、ボクも学びました。

Y君が"ご院さんに話したいことがある"と言って、大学の講義の内容を話してくれました。

環境について、野元世紀先生の講義を受けたそうです。たいへん興味深く楽しい授業だったとY君は言いました。

講義のなかで、先生が、
『20年以上前にユニークな答案をした学生がいた。Wという名前を今でも覚えている。気候学の試験の【熱帯は何故熱いのか。】という問に、【熱いところを熱帯という・・・】という論調で答えていた。満点にした。今は、坊さんをしているらしい・・・。』
とおっしゃったというのです。

Y君は、
「ご院さんのことに間違いないと思った。」
そうです。

間違いなくボクだと思います。その頃から随分ひねくれていたみたいです。
でも、講義の話題になれたことは、素直にうよろこびたいです。

熱帯が熱い理由を気候学として論述することは、当時できたと思うので、その他にちょっと目立ちたかったのかも知れません。それを評価してくださった先生に今さらながら感謝です。

"機会をつくって、いつか一緒に野元先生のところへ遊びに行こう"と、Y君と約束しました。


最近、ことあるごとに、たくさんの"師にであえた"ということのよろこびみたいなものをつくづく感じています。

そして、もしご恩に報いるいうことができるなら、それはどういうことなんだろうと・・・。


2006/3/16 【「なごり雪」考】の『N先生』は、上述、野元世紀先生のことです。





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by e.wash-r | 2007-03-21 01:06 | 溺レル | Comments(0)