規則ができるまで  ー常香盤の配置-

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葬儀を終え、いったん寺に戻ると、坊守と若院が本堂の掃除をしていました。前卓を片付け、平素の常香盤を出す等、お荘厳も整えてあります。

若院が「常香盤の正式な位置って、どこ?」と。

ボクも正式なことを知りません。前卓に倣えばいいんじゃないか、ということで、目視してバランスの良さそうなところを、常香盤設置位置と決めました。良くも悪くも正蓮寺流ということです。

中心を正確に測り、床に「常香盤設置位置の目印」をつけました。今後はこの目印が、伝統になります。


実は、規則ってこうしてできるのかなあ、と漠然と思った次第。

特に決定的な理由はないけど、毎回考えるのはめんどくさいから、こういうことに決めておこうか、という意味合いが無きにしも非ず。

「それでいいんじゃない」という盲目的な従順と「ほんとにそうかなあ」という批判的な懐疑は、紙一重ということかな、などと思ったりしています。


"カップヌードルにお湯を注いでから食べ始めるまでの時間を3等分し、それを1分と決めた"みたいな・・・。




                    

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# by e.wash-r | 2017-10-03 23:49 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
奉仕の日
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母の依頼を受け、坊守とふたりで、雨の中、叔母のプチ引っ越しを手伝いました。うらやましいほど気ままな、母の兄弟に翻弄され、半日が過ぎました。

お昼ご飯をごちそうになりました。


事情で、お茶の稽古のこどもの送迎係。夕刻、S4にて。

お茶の稽古にも顔を出しましたが、ちょうど終わったところでした。

今日のお菓子は、虎屋の羊羹等々。ブランドなど知らないこどもたちですが、「今日の羊羹はおいしい!」と言っていたそうです。一応、虎屋の羊羹は、夏に、ボクがあることにご奉仕し、そのお礼にいただいたもの。きれいな箱に入っていました。

送迎のお礼に、夕食をごちそうになりました。


このあと、深夜、もうひとつ別件の頼まれごと。


今日は、貨幣経済とは趣の違う、のどかな日暮らしだったという自慢。


物言えば唇寒し秋の風

風邪をひきました。






                    
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# by e.wash-r | 2017-10-02 21:43 | そらごと、たはごと | Comments(0)
モルゲンロート

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週末、紅葉の北アルプス涸沢のテントは700張りにもなっているとか。

そういう経験はありませんが、賑やかなサイト場も祭りの賑わいと思えば、それはそれでいいものかもしれません。



H家のご法事。Hさんは山やさん。お斎の時間、2時間ずっと山の話をしました。坊主としても、また宴席の社会人としても失格です。


が、隣の机のTさんたちも、漏れ聞こえてくるところでは、どうも山の話。裏山の話ではなくて、北アルプスのような・・・。知りませんでしたが、一族、みんな山やさんらしいです。


日曜学校にこどもたちがいつも集まっていた頃、15年ほど前。元気だったKくん、Jくんたちが6年生の年に、山小屋に泊まって、蝶ヶ岳・常念岳を周ろうと計画をしたことがあります。それを、いっしょに計画してくださったのがHさん。

日曜学校の延長、こどもたちのためと言うよりは、Hさんとボクが山に行きたいから、というような画策でした。結局、計画のみ。なぜ頓挫したのかはおぼえていません。


Hさんとの歓談のなかで、もう一度という話にはなりませんでした。お互い、年をとったのかも。

たぶん、Hさんもボクも、同じ思いだったと思うのですが、ふたりでどこか山に行こうという話にもなりませんでした。なんとなく、わかるのです。みんな、それぞれのスタイルがあり、だんだんワガママになってきているので、同等の立場でお互いを尊重するというような社会的な関係で山に行くのが、なんとなく億劫なのです。


ひとりか、
本音で話せて、気を使わなくてもいい人か、
ホストに徹するか、
殿様になるか・・・。

どんどんワガママになってきているので、山に限らず、何事もそんな感じになっちゃいますね。



写真は、2002年8月20日の涸沢の朝。

テレビで穂高のモルゲンロートの映像が流れたので、「懐かしいね。」とつぶやいたら、将軍さまが「ひとりで見たんでしょ!」と。

当時の涸沢は、夏の終わりとは言え、数張りのテントだったと思います。波はあっても、素晴らしいところには、ちゃんと人は集まるようになるんですね。

お寺も山に負けちゃおれません。
坊主も山に負けちゃおれません。
負けないように山行こっ。





                    

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# by e.wash-r | 2017-10-01 21:53 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
『ひよっこ』が終わってしまいました -過去か今か-

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『ひよっこ』が終わってしまいました。

初回の田舎の風景に、なんとなく「今回は真剣に見よう。」と思い、あの時代への憧憬、郷愁も重なって、たぶん欠かさず見ました。脚本も演出も、ボクたちの世代の琴線に触れるもので、最後まで楽しく、あるときは感動して見ました。


ひとつ考えさせられたこと。

物語は、出稼ぎに出た東京で記憶を失い、行方不明になった父親をモチーフに、その家族、回りの人々が描かれます。出てくるのはすべて、明も闇もある素敵な人たち。徹底した安心感、心地よさのなかで物語はすすみました。

その中で、ボクはどうしても気になることがありました。よくあるテーゼではあると思いますが。

記憶喪失になった人を描くことで顕になる過去と今ということについてです。当たり前ですが、ボクたちは、今を生きているようで、実は過去を生きている、というようなこと。


こどもが、気を失って約20日間の記憶が消えました。10年ほど前の12月のことです。こどもは、突然の雪景色に驚いていました。前日の忘年会のこと、変えた携帯電話のパスワード、買ってもらった靴のこと、すべて記憶から消えていました。

姪っ子のお祝いに買った黄色いロディが部屋にあるのを見て、なぜロディなのか、なぜ青ではなく黄色なのかと怪訝な顔をしました。ロディの黄色を選んだのは本人です。

人の行い、そこに至る思いや好みのようなもののおぼつかなさを、まじまじと感じました。(こどもの思いや好みの否定ではありません。)


『ひよっこ』で、記憶喪失の父は、娘に発見され、故郷へ帰ります。記憶は戻りません。

そこは故郷なのだろうか?という素朴な疑問。
過去を是とし、まさに今の自分(の暮らし)を捨てるということへの懐疑。

普通、誰でも、過去の思いと今の思いは一致しません。それはそれでいいと思うのです。

そのうえで、では、どれがボクの思いなのか、と考えてみると、どれもボクの思いであるわけです。むしろ決してひとつではない様々な思いを、適宜選んでいる、選択しているというのが今のボク、ということのような気がしています。

要するに、カッコイイことを言っても、それはその場限りで適当に選んだ所詮ワガママでしかないということ。

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、・・・」であるわけです。(歎異抄 後序)

ならば何に依るか? 歎異抄には「ただ念仏のみぞまことにておはします。」と続きます。
浄土真宗の宗教的なこたえです。

しかしながら、現実の日暮しのボクたちは、今にも過去にも執着しています。おそらく、今の好きを好き、嫌いを嫌い、美しいを美しい、楽しいを楽しいという思いと、また一方、過去のいくつもの好き、嫌い、美しい、楽しいという思いの、結局は取捨選択。

今に執着すれば、過去への無責任・不誠実が生じ、過去に執着すれば、今はどこかでフリをするという無理が生じます。結局、どっちもどっちのおぼつかなさ。

ただ、現実は、どちらかと言うと、今の思いを殺してでも、無責任・不誠実を避け、多少無理をしてでも、今の思いを抑えて無難に振る舞う、というのが世間のような気がします。みんな、積み重ねた過去の自分を裏切らないように、今の自分を隠しつつ、だましだまし装って無理しているのかもしれません。

記憶というもの、それは紛れもない過去の今なのですが、重いですね。せっかくなら、今に執着してみたいと思うのですが・・・。


話が長くなりましたが、記憶喪失で消えてしまった過去にすら縛られるという『ひよっこ』の展開の一部に、何とも言えないやるせなさを感じずにはいられないということが言いたかったのです。

たぶん、知らず知らず過去と今の自分に縛られているんですね。
たぶん、それをストレスというんだと思います。




                    

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# by e.wash-r | 2017-10-01 00:06 | 溺レル | Comments(0)
岐阜の思い出
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Kくんが岐阜を去ってゆく。

「岐阜はいいところだった。」と故郷に帰って行ってほしいというS師の願いに賛同した9人で、Kくんと会食。

新人で岐阜に来て11年。Kくんには、日曜学校、サマースクール、キッズサンガの事務局として、たいへんお世話になりました。

熱さ故に、随分厳しく窘められたことも多かったKくん。それは、Kくんのキャラクターでもあったけど、関わったみんなが真剣だった証。何より、そういう人間関係が成立していたということ。

ある時代をいっしょに楽しんだことを思い出しながら、ちょっと贅沢な餞の宴でした。


Kくんが岐阜を去る理由にも、Kくんのこれからのことにも、思いは及びません。ただ、S師の願いの通りだと思うのですが、最後、気持ちよく、「岐阜はいいところだった。」と、Kくんには帰って行って欲しい、と思うのです。

食事もおいしかったし、お姉さんもきれいだったし、お酒のことはわかりませんが、「岐阜はいいところだ。」とボクは思いました。

そうだよね、Kくん?

ありがとうございました。









                    
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# by e.wash-r | 2017-09-30 02:40 | ふるさと | Comments(0)
美濃四十八座 妙徳寺真宗講座 谷川弘顕師
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妙徳寺真宗講座、夜座のお聴聞。ご講師は兵庫より谷川弘顕師。

夜のおまいりを終え、そのまま明徳寺さんへ。ご法話はすでにはじまっていました。

ボクよりのあとに、ボツボツ遅れて本堂に入ってみえる方が続きました。夜の8時、みなさん、お仕事を終えられ、たぶん夕食も取らずに駆けつけてみえるのではなかと思います。

蓮如上人は「仏法には世間のひまをかきて聞くべし」とおっしゃいました。ボクは、日暮しの中に、お聴聞なさい、の意と受け止めています。次々駆けつけられる方々と同座し、ほんとうに日暮しの中の教え、日暮しの中のお聴聞であると思ったことです。

つくづくお座は、すべてがおみのり、すべてがお荘厳です。

谷川先生の、時間を忘れた?熱くやわらかい掛け合いのお説教。頷きながら聞かせていただきました。こどものころのかすかな記憶の暗い本堂の夜座のお説教をなんとなく思い出していました。

S師も坊守さんも、ボクも将軍さまも、それぞれの予定で各自車でお聴聞。それぞれ、夕飯まだだよね、ということになって、同じくおまいり帰りに駆けつけたM師と5人で、お聴聞のあと、10時から、お好み焼き屋さんで遅い夕食。

みんなでお寺の話。お店のご主人と山の話。歓談のあと、また、それぞれバラバラに帰途につきました。

贅沢な一日でした。








                    
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# by e.wash-r | 2017-09-29 00:38 | Comments(0)
井波彫刻 -井波瑞泉寺と八尾聞名寺へ-

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1、?鳥
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2、像? 獏?
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3、?鳥
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4、馬?
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5、兎?
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6、?鳥 鳳凰?
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8、虎?
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9、龍?
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10、豹?
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11、孔雀?
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12、麒麟?
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13、獅子
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14、?鳥 
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15、鹿?

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16、?鳥 雉?



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向拝の亀

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瑞泉寺
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聞名寺


井波の瑞泉寺と八尾の聞名寺におまいり。

瑞泉寺外縁の上の鳥や動物の彫刻の写真。あまりうまく撮れませんでしたし、何なのかよくわかりません。なんとなく、想像してみましたが、正しい名称等おわかりの方がありましたら、教えてください。



# by e.wash-r | 2017-09-28 18:34 | おまいりにて | Comments(0)
パーマンバッジとコピーロボット


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午後、思い立って北陸、高岡へ。ある目的で訪ねた高岡市美術館。

目的の作品は、所蔵はしているが今は展示していないということでした。せっかく来たので、併設の『藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー』を拝観。

どこでもドアから入ると、高岡出身の藤子・F・不二雄の世界。感激しました。

以下、掲示してあった藤子・F・不二雄のことばより。



”私がまんがを描くに当たっての姿勢は「良質の娯楽を提供したい。」ということ。これに尽きる。
単純明快。他には何もない。”

「本の窓」創刊零号 1978 小学館



”ぼくはすべてにおいて、「好き」であることを優先させてきました。”

「小学五年生」9月号 1994 小学館


”まんがというのはなんでもありの世界で、そこがいいところでもあると思うんですよ。”

「JILリサーチ」No.7  1991 日本労働研究機構研究所


                    

こんな風に生きられたら、こんなお寺にできたら、と思います。


パーマンバッジとコピーロボットのピンバッジを買いました。
 


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# by e.wash-r | 2017-09-27 23:26 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
美濃四十八座 妙圓寺真宗講座 宏林晃信師
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妙圓寺真宗講座夜座のお聴聞。

ちょっとトラブルがあり、ちょっと遅刻して、お勤め中の本堂へ。声のいいご住職の調声で高らかな正信偈。夜座は、比較的若い方が多く、夜座特有の雰囲気です。

お聴聞の方々とキャッチボールを繰り返しながら。快調なテンポで宏林先生のお取り次ぎがはじまりました。


お座のはじまる前、当寺ご門徒のMさんがお聴聞に来ていらっしゃることに気が付きました。休憩時間にご挨拶をすると・・・。

家族で親交のあった最も仲のいいご友人が、長い闘病生活を経てご往生なさったそうです。ご友人は、葬儀はしなくていいとまでおっしゃっていたそうですが、Mさんは、それは残った家族と自分が考えること、とご家族をたすけて葬儀を仕切られ、今、七日七日のおつとめにもおまいりしていらっしゃるとのことでした。

自宅で看病していらっしゃった奥さんの涙の乾くときがないことを、娘さんから聞いたMさんは、ご友人の奥さんをお聴聞に誘われたのでした。


客観的に書く(見る)ことではないのですが、宏林先生が、ある時から、Mさんとご友人の奥さんの方に語りかけるようにお話しされはじめました。Mさんたちの状況を知るボクから見ると、あきらかに宏林先生は、何か特別なものを察知してお話しをされているように見えました。まさに今、苦悩の現実の渦中にいるもの(それは実はボク自身のことでもあり、すべてのお聴聞の方々でもあるのですが)へのお取り次ぎ。

Mさんたちが、どのように聞かれたか知ることはできませんが、少なくともボクは、ほとけさまのお慈悲のお話しを聞かせていただきました。

こういう聞き方は横柄なのかもしれません。でも、なんとなくMさんたちの気持ちで聞いたお取り次ぎでした。








                    
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# by e.wash-r | 2017-09-26 23:16 | お聴聞 | Comments(0)
赤の・・・
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ルームミラーに、凄まじい勢いで近づいてくる赤い車が写りました。その車は、あっという間にボクの後ろにぴったり着いて、右に左に煽ってきました。

朝8:30。焦っているんだろうなあとは思うのですが・・・

どうすることもできず、ルームミラーを見ると運転手は、たぶんTさん。

Tさんも、ボクと気づいたみたい。

お互い、なんとなく気まずい感じ。

赤い車は、その後、長〜い車間距離をとってついて来ました。


免許を取ったころ、女の子の赤い車には気をつけよう、という雰囲気がありました。

「赤のホンダ」の法則とも言っていました。

ホンダのシティ、シビック、プレリュードなどが、音楽とコラボして若者文化の花形だった時代です。


そのころのこと。

海陸風の観測をしていた蒲郡のみかん畑で、溝に落ちて足の怪我をしました。

一緒に観測をしていたSさんが、車で病院へ運んでくれ、そのまま家まで運んでくれました。

「赤のホンダ」、赤いプレリュードでした。

そのせいかどうか、50を超えたらプレリュードに乗りたいとずっと思っていました。

50超えましたが、現実は「醤油風味の日産」。

のんびり走ってます。


# by e.wash-r | 2017-09-25 23:31 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
銀木犀の香り
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最終日曜の夜、村の寄り合い。

別の予定があるので、長引いたら8時前にご無礼するつもりで、早めに出かける。

闇がより引き立てるのか、夜の境内は銀木犀の香りで満ちている。

銀木犀の香りは、金木犀よりやわらかい。

その香りに酔って、うっとり歩く。

村の中をしばらく歩くと、田んぼの中なのに揚げ物のにおい。

どの家も夕食の時間だ。

気になって、夕食のにおいを探しながら歩く。

残念ながら、なにもないまま公民館に着いた。

栗をいただいたKさんにお礼を言う。

ザクロをお世話になったKくんにお礼を言う。

防災訓練の打ち合わせ。

村の在住者の安否のデータ確認。

先般の台風で、カーブミラーが倒れたという報告。

交通安全の係のボクは、対処を仰せつかる。

8時前に寄り合いは終わった。

消防団同期、ひとつ年下のSくんと話ながら夜道を帰る。

のどかすぎる。




                    
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# by e.wash-r | 2017-09-24 23:28 | ふるさと | Comments(0)
秋の彼岸会 永代経法要


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運動会と重なった秋分の日、不安のなかの彼岸会
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満堂になりました うれしい
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久しぶりの若院出勤
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男性のおまいりがおおかったような
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黄鐘会と同じようにお茶所設けました
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自勤のお取り次ぎ
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午後のお座は、おまいりの方が減りました  がっくり
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お勝手方 いい雰囲気です
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混ぜご飯 
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お膳で 地区総代さん方がお給仕をしてくださいました
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大好評だったお斎 混ぜご飯、煮物、酢の物、果物、味噌汁 
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彼岸会終了 お疲れさまでした
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第二回地区総代会 法要行事・会計執行状況報告等々
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スズメバチと共存 無事、彼岸会・総代会終わりました。



                    
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# by e.wash-r | 2017-09-23 23:55 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
時間切れ

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夏休み、お寺に来たこどもたちに、真っ向からお伝えしたつもりのほとけさまのお慈悲のお話ふたつ。

(坊守は、伝わってない、と言っていますが)

再度まとめなおして、彼岸会でお取り次ぎ。実は、彼岸会までに、法話原稿としてまとめるつもりでしたが、時間切れ。活字にするのは、そのうちということにして、概要。




1、何のために生まれて、何のために生きるのか?

”何のために生まれて、何のために生きるのか?”
そんなこと言われたら困りませんか?・・・というお話。

やなせたかしさんが「アンパンマン」を通してこどもたちに伝えたかった”愛と勇気”ということの否定ではありません。大人からこどもたちへのメッセージだから、それはそれでいいのです。

翻って、自問したときどうなの?、今の自分に問われたらどうなの?ということ。

ほとけさまは、迷いの衆生に”何のために生まれて、何のために生きるのか?”とおっしゃるだろうかということ。

ほとけさまの慈悲とは、というお話。



2、母の願い、ほとけさまの願い

古来、仏さまのことを親さまと言い習わしています。
子を思う母の心にたとえ・・・。

ところで、その母が、常に怒るのなぜ?
ほとけさまのまなざしは、常に慈しみにあふれているのに・・・。

母の願いは分別。我が子の自立。
ほとけさまは一如。すべてがわがひとり子。

ではなぜ、慈悲のほとけさまを親さまと呼び慣わすか?
母は、子のいかなる自立も受け入れるから、ということ、かな。

ほとけさまの慈悲とは、というお話。


おとけさまの賛嘆。そういう言い方がいいのかどうかわかりませんが、うれしいですよね。







                    
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# by e.wash-r | 2017-09-22 23:48 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
お彼岸の入り(損ないました)
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今年の彼岸お中日は9月23日。彼岸会をおつとめします。


9月20日がお彼岸の入り。例年通り、午前中に境内・本堂のお荘厳、準備をする予定でしたが、急務が入りできませんでした。午後の研修会と夜のおまいりの間、短くなった日の入り前後の空き時間にやむなく。薄暗がりのなか、幕張をはじめたところ、縁にまで吹き込むほどの激しい雨。

なかなか、思い通りにはいきません。準備途中であきらめました。

結局、20日にお彼岸の準備完了できませんでした。21日は前住職の祥月命日。朝、相師の大性寺さまがおまいりに来られる前に、慌てて何とかお荘厳、準備を整えたという次第。ギリギリでした。

21日夕方、おまいりから帰ってきたら、門前に自転車に乗ったNちゃんとYちゃん。山門や本堂の六金色幕を見て、なにかある、とたずねてくれた様子。

「おまいりしておいで。」と声をかけました。

境内で、ほんの少し学校の話をきいいて、いつものようにお駄賃。今回は、先日山に持っていったおやつのお下がり。ロータスビスケットとミルキーとチョコレート、+風邪を引いているというおねえちゃんにハーブのど飴。

一日遅れでしたが、いいお彼岸の入りとなりました。








                    
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# by e.wash-r | 2017-09-21 23:00 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(2)