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ハレの日の -朱の椀でお取り越しのお斎-
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T家のお取り越し。

おまいりのあと、朱のお椀で、お斎をいただきました。

30年ほど前までは、本家の仏事のたびに本膳のお斎を準備されたそうです。今は、その本家から譲り受けた本膳の朱のお椀を、お正月とお取り越しに用いいていますとのこと。

ハレの日の朱のお椀のお手間入り。そうしなければならないということではありませんが、お取り越しへの思い入れが伝わってきました。


Tさんはお茶の先生。最近、お寺へ嫁ぐことが決まった近所のお嬢さんが、お稽古に来ていらっしゃるとのこと。お茶の心に加え、Tさんのほとけさまへのお手間入りの心も伝わることと思いました。













                    
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by e.wash-r | 2017-10-11 05:44 | おまいりにて | Comments(0)
美濃四十八座 林雙寺真宗講座 服部法紹師
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林雙寺真宗講座、夜座のお聴聞。夜座も満堂。

法務を終え、直行しましたが、少し遅刻。一席目途中からのお聴聞でしたが、仏さまはとはお慈悲のお方であるというお話し、しっかり聞かせていただきました。

慈悲のお方である仏さまと、そのお慈悲を仰ぐわたしたちとの関係を出発点に、丁寧なお取り次ぎ。夜座特有の凛とした本堂で、お話しに引き込まれました。

疲れていたこともあり、空腹であったこともあり、休憩時間にいただいた、ご院さんご自慢の芋汁、たいへん美味しかったです。


法座のあとの帰り道、昼座からお聴聞していた若院に付き合ってもらって、遅い夕食。若院から、昼座のことも聞きながら、お座のあとの濃密な時間を過ごしました。

10月なのに、昼間は30度という暑さ。終日、法務にお聴聞に談合と、とても充実した一日ではありましたが、まだ治らない風邪もあって、バテバテです。







                    
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by e.wash-r | 2017-10-10 23:18 | お聴聞 | Comments(0)
『ひよっこ』が終わってしまいました -過去か今か-

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『ひよっこ』が終わってしまいました。

初回の田舎の風景に、なんとなく「今回は真剣に見よう。」と思い、あの時代への憧憬、郷愁も重なって、たぶん欠かさず見ました。脚本も演出も、ボクたちの世代の琴線に触れるもので、最後まで楽しく、あるときは感動して見ました。


ひとつ考えさせられたこと。

物語は、出稼ぎに出た東京で記憶を失い、行方不明になった父親をモチーフに、その家族、回りの人々が描かれます。出てくるのはすべて、明も闇もある素敵な人たち。徹底した安心感、心地よさのなかで物語はすすみました。

その中で、ボクはどうしても気になることがありました。よくあるテーゼではあると思いますが。

記憶喪失になった人を描くことで顕になる過去と今ということについてです。当たり前ですが、ボクたちは、今を生きているようで、実は過去を生きている、というようなこと。


こどもが、気を失って約20日間の記憶が消えました。10年ほど前の12月のことです。こどもは、突然の雪景色に驚いていました。前日の忘年会のこと、変えた携帯電話のパスワード、買ってもらった靴のこと、すべて記憶から消えていました。

姪っ子のお祝いに買った黄色いロディが部屋にあるのを見て、なぜロディなのか、なぜ青ではなく黄色なのかと怪訝な顔をしました。ロディの黄色を選んだのは本人です。

人の行い、そこに至る思いや好みのようなもののおぼつかなさを、まじまじと感じました。(こどもの思いや好みの否定ではありません。)


『ひよっこ』で、記憶喪失の父は、娘に発見され、故郷へ帰ります。記憶は戻りません。

そこは故郷なのだろうか?という素朴な疑問。
過去を是とし、まさに今の自分(の暮らし)を捨てるということへの懐疑。

普通、誰でも、過去の思いと今の思いは一致しません。それはそれでいいと思うのです。

そのうえで、では、どれがボクの思いなのか、と考えてみると、どれもボクの思いであるわけです。むしろ決してひとつではない様々な思いを、適宜選んでいる、選択しているというのが今のボク、ということのような気がしています。

要するに、カッコイイことを言っても、それはその場限りで適当に選んだ所詮ワガママでしかないということ。

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、・・・」であるわけです。(歎異抄 後序)

ならば何に依るか? 歎異抄には「ただ念仏のみぞまことにておはします。」と続きます。
浄土真宗の宗教的なこたえです。

しかしながら、現実の日暮しのボクたちは、今にも過去にも執着しています。おそらく、今の好きを好き、嫌いを嫌い、美しいを美しい、楽しいを楽しいという思いと、また一方、過去のいくつもの好き、嫌い、美しい、楽しいという思いの、結局は取捨選択。

今に執着すれば、過去への無責任・不誠実が生じ、過去に執着すれば、今はどこかでフリをするという無理が生じます。結局、どっちもどっちのおぼつかなさ。

ただ、現実は、どちらかと言うと、今の思いを殺してでも、無責任・不誠実を避け、多少無理をしてでも、今の思いを抑えて無難に振る舞う、というのが世間のような気がします。みんな、積み重ねた過去の自分を裏切らないように、今の自分を隠しつつ、だましだまし装って無理しているのかもしれません。

記憶というもの、それは紛れもない過去の今なのですが、重いですね。せっかくなら、今に執着してみたいと思うのですが・・・。


話が長くなりましたが、記憶喪失で消えてしまった過去にすら縛られるという『ひよっこ』の展開の一部に、何とも言えないやるせなさを感じずにはいられないということが言いたかったのです。

たぶん、知らず知らず過去と今の自分に縛られているんですね。
たぶん、それをストレスというんだと思います。




                    

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by e.wash-r | 2017-10-01 00:06 | 溺レル | Comments(0)
美濃四十八座 妙圓寺真宗講座 宏林晃信師
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妙圓寺真宗講座夜座のお聴聞。

ちょっとトラブルがあり、ちょっと遅刻して、お勤め中の本堂へ。声のいいご住職の調声で高らかな正信偈。夜座は、比較的若い方が多く、夜座特有の雰囲気です。

お聴聞の方々とキャッチボールを繰り返しながら。快調なテンポで宏林先生のお取り次ぎがはじまりました。


お座のはじまる前、当寺ご門徒のMさんがお聴聞に来ていらっしゃることに気が付きました。休憩時間にご挨拶をすると・・・。

家族で親交のあった最も仲のいいご友人が、長い闘病生活を経てご往生なさったそうです。ご友人は、葬儀はしなくていいとまでおっしゃっていたそうですが、Mさんは、それは残った家族と自分が考えること、とご家族をたすけて葬儀を仕切られ、今、七日七日のおつとめにもおまいりしていらっしゃるとのことでした。

自宅で看病していらっしゃった奥さんの涙の乾くときがないことを、娘さんから聞いたMさんは、ご友人の奥さんをお聴聞に誘われたのでした。


客観的に書く(見る)ことではないのですが、宏林先生が、ある時から、Mさんとご友人の奥さんの方に語りかけるようにお話しされはじめました。Mさんたちの状況を知るボクから見ると、あきらかに宏林先生は、何か特別なものを察知してお話しをされているように見えました。まさに今、苦悩の現実の渦中にいるもの(それは実はボク自身のことでもあり、すべてのお聴聞の方々でもあるのですが)へのお取り次ぎ。

Mさんたちが、どのように聞かれたか知ることはできませんが、少なくともボクは、ほとけさまのお慈悲のお話しを聞かせていただきました。

こういう聞き方は横柄なのかもしれません。でも、なんとなくMさんたちの気持ちで聞いたお取り次ぎでした。








                    
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by e.wash-r | 2017-09-26 23:16 | お聴聞 | Comments(0)
秋の彼岸会 永代経法要


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運動会と重なった秋分の日、不安のなかの彼岸会
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満堂になりました うれしい
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久しぶりの若院出勤
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男性のおまいりがおおかったような
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黄鐘会と同じようにお茶所設けました
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自勤のお取り次ぎ
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午後のお座は、おまいりの方が減りました  がっくり
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お勝手方 いい雰囲気です
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混ぜご飯 
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お膳で 地区総代さん方がお給仕をしてくださいました
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大好評だったお斎 混ぜご飯、煮物、酢の物、果物、味噌汁 
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彼岸会終了 お疲れさまでした
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第二回地区総代会 法要行事・会計執行状況報告等々
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スズメバチと共存 無事、彼岸会・総代会終わりました。



                    
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by e.wash-r | 2017-09-23 23:55 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
時間切れ

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夏休み、お寺に来たこどもたちに、真っ向からお伝えしたつもりのほとけさまのお慈悲のお話ふたつ。

(坊守は、伝わってない、と言っていますが)

再度まとめなおして、彼岸会でお取り次ぎ。実は、彼岸会までに、法話原稿としてまとめるつもりでしたが、時間切れ。活字にするのは、そのうちということにして、概要。




1、何のために生まれて、何のために生きるのか?

”何のために生まれて、何のために生きるのか?”
そんなこと言われたら困りませんか?・・・というお話。

やなせたかしさんが「アンパンマン」を通してこどもたちに伝えたかった”愛と勇気”ということの否定ではありません。大人からこどもたちへのメッセージだから、それはそれでいいのです。

翻って、自問したときどうなの?、今の自分に問われたらどうなの?ということ。

ほとけさまは、迷いの衆生に”何のために生まれて、何のために生きるのか?”とおっしゃるだろうかということ。

ほとけさまの慈悲とは、というお話。



2、母の願い、ほとけさまの願い

古来、仏さまのことを親さまと言い習わしています。
子を思う母の心にたとえ・・・。

ところで、その母が、常に怒るのなぜ?
ほとけさまのまなざしは、常に慈しみにあふれているのに・・・。

母の願いは分別。我が子の自立。
ほとけさまは一如。すべてがわがひとり子。

ではなぜ、慈悲のほとけさまを親さまと呼び慣わすか?
母は、子のいかなる自立も受け入れるから、ということ、かな。

ほとけさまの慈悲とは、というお話。


おとけさまの賛嘆。そういう言い方がいいのかどうかわかりませんが、うれしいですよね。







                    
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by e.wash-r | 2017-09-22 23:48 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
女子は全員地獄行き!? ー奈良国立博物館『源信』展ー
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M師のはからいで、有志7人と懐かしの奈良エクスプレス。今回は、三木先生の勉強会ではなく、奈良国立博物館の『地獄・浄土への扉 源信』展へ。

2時間たっぷり拝観。いっしょに回ったO師の解説もあり、ありがたい時間でした。

「地獄」を特集したミュージアムショップで、何よりボクの目に止まったのは『地獄探訪』という本。

『女子は全員地獄行き!?』というコピーに釘付け。

ほんとに、女子が全部地獄へ行ってしまったら、男は浄土願わんやろ!と思うわけであります。が、実際は、なんとなく、みんな、まあまあそんなに心配しなさるな、みたいな雰囲気があり・・・。

浄土信仰、ほとけさまの救いということは、やっぱり日本の風土にしっかり根付いているんだろうなあ、と思うわけです。


16世紀以降、フランシスコ・ザビエルに代表される来日した宣教師は、一様に布教に手こずったと言われています。

当時の日本人に、キリスト教の信仰・救いを説くと、「では、キリスト教の信仰に遇えなかった先祖はどうなるのか?」という問いが出てくる。教えの上の答えは「地獄行き」。すると、「先祖が地獄なら、わしも地獄でいい。」、「なんで、先祖は救ってくれないんだ。」ということになるらしいのです。

ザビエルは、「日本は魔境や!かなわん!」みたいなことを言っていたとか、いなかったとか。

そう思うと、「地獄は一定すみかぞかし」、どう考えても地獄行ききやよね、というボクたちを迎えてくださるほとけさまがいらっしゃる、準備してくださったお浄土がある、ということの尊さ、ありがたさ。

『女子は全員地獄行き!?』なんだけど、ボクも当然地獄行きなんだけど、それはそうなんだけど、ボクたちともかくなんとか生きているよね、みたいな・・・。

そんなことを思った奈良行きでした。


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by e.wash-r | 2017-08-30 23:56 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
美濃四十八座 西光寺真宗講座 藤澤信照師
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藤澤信照先生 約仏のお話です
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金坂峠が通行止め グルっと回ってほぼ遅刻
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縁にまでお同行の本堂 『闇を照らす』の灯籠がおで迎え
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満堂
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黄色いスイカのお接待  夏のお座です
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夜座もいっぱい


1ヶ月、カレーモードだった頭を、いったんお聴聞モードに。

恒例、美濃四十八座の夏のお座。

美濃山地・根尾川上流、水鳥の西光寺真宗講座です。


嵐の後、終わりそうでまだまだ終わらない夏。




ほぼカレーロードは終わりましたが、tumblrで流れてきた夏の終わりのカレーのレシピ、貼っておきます。ボクはまだつくっていませんが。


夏に効く、生姜アホカレー




                    
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by e.wash-r | 2017-08-18 23:58 | お聴聞 | Comments(0)
雨の盂蘭盆会
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喚鐘
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勤行
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法話
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家路
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キャッチボール

11、12,13日の三連休と14日がとても忙しかった割には、少なめのおまいり。雨とはいえ、ちょっと残念。

ただ、おまいりにいらっしゃった方々にとっては、無二の法縁。丁寧につとめるのみ。


しっとり濡れた境内に喚鐘。住職、渾身の鐘打ち。

なんとなく暗い堂内で勤行。住職、讃嘆の読経。

色衣のまま自勤の法話。住職、法蔵菩薩因位の時のお話し。


という具合に、住職、意外と忙しかったお盆の締めくくりのおつとめ。大活躍と一応自画自賛。



雨の中を帰られる方々をお見送りし、おおよそお盆という、雨季安吾の僧供養起源の仏事を終わりました。(夜にまだおまいり残っていますが・・・)



盂蘭盆会の終わった雨の境内で、ソフトボール部のYちゃんと妹のMちゃんがキャッチボールをはじめたので、思わず、法衣のまま参戦。

Yちゃんの投げるボールの回転が気になったので、かつての野球少年としては看過できず、みっちり指導してしまいました。

論理を理解して、理にかなった練習をしなさい、と指導者ぶって訓。かえって戸惑ってしまったYちゃんは、涙流しながら練習。結果、見違えるほどいいボールを投げるようになりました。

お盆の境内で投球指導までするなんてと、ここでもまた自画自賛。


予想通り、なんとなく今日はのんびりしています。やっぱり、岐阜のお盆です。





                    
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by e.wash-r | 2017-08-15 15:58 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
2017善明寺お泊まり会  痛風ニモ負ケズ
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夜の8時過ぎ、揖斐・善明寺のお泊まり会へ。

参加者70人超、まさかのタイミングでご住職は痛風発作、という情報を経て、何もお手伝いできませんが、せめてもの激励。足を腫らし、座薬を入れて奮闘していらっしゃるご院さんに、恒例の赤まむしドリンクと迎え酒用ビールを持って。

訪ねたとき、こどもたちは本堂で映画鑑賞中。

ボクたちがこどもの頃、年に1~2度(そのうちの1回は夏でした。)あった、公民館での移動映画。村中の人が集まって、その日は、昼間から、なんとなくザワザワしていていました。

そんな雰囲気の本堂。何か、とても懐かしい気分になりました。

庫裏で、ご院さん、連日お手伝いの若U師、K寺ご住職、R寺ご住職と歓談。お泊り会のスタッフについて、情報交換。こどもの親さん、ご門徒さんがたに、どう関わっていただくか、コンセプトの話。何年も現場を持った方々の意見は、重みがありました。


8/1.2の自坊お泊まり会がおわり、そのまま、後片付け。疲れはピークで、ボーっとした状態。善明寺さんを表敬訪問し、logが精一杯。

(当寺お泊り会の様子、順番は遅れますが、後日UP。の予定。)
by e.wash-r | 2017-08-03 00:50 | おまいりにて | Comments(0)