タグ:ほとけさま ( 621 ) タグの人気記事
「法物」の箱
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T家のお取り越し。”お仏壇の掃除をしたらでてきた”という桐箱。

たぶん「何十年も前」にお迎えされた、お脇掛けの親鸞さまと蓮如さまのお軸の箱です。

”ご院さん、なんとかしてほしい・・・”ということで、Tさんから預かってきました。

たまたま、お寺にあった「今の箱」と並べてみました。

時代を感じます。

「何十年も前の箱」と書きましたが、いつごろのものかはわかりません。「今の箱」とも書きましたが、同じく、いつからこの形になったのかもわかりません。本願寺には、記録があると思いますが・・・。

と言うのは、親鸞聖人の750回大遠忌法要のとき、50年前の700回大遠忌法要のポスターの写真を当blogに載せたら、本願寺からそのポスターについて問い合わせがあったことがあるからです。

資料を残し再利用するというのは、意外と難しいいことなのかもしれません。

歴史というものが、断片的に残った特別な事象・しかも多分に恣意的に語り継がれたものであることが多いように、また、あたりまえの市井の日暮しを辿るのが難しいように、淡々と続く普通の日常は、情報として残りにくい一面があるような気がします。膨大なアナログデータとして保存されていたとしても、それを検索する有効な手段がない、という側面もあるでしょうし。


そのような状況ですので、詳しくは調べませんが、箱の写真だけUPしておきます。


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by e.wash-r | 2017-12-08 23:08 | おまいりにて | Comments(0)
宝くじ
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流れてきたことば。なるほどとうなづきました。




"1億円」の宝くじが当たったら、「何のためにオレは1億円持っているのか」じゃなくて「1億円をどう使うか」考える。"




1億円の当たりくじは、1億円の使い方を指示したりしない。もう当たってしまった1億円の使い方を決めるのは私である。煩悩まみれの私が使うのである。


こんな単純なハナシが通じない人がときどきいる・・・


何を言っているかわからない人は、ぜひお寺へ来てください。










by e.wash-r | 2017-11-30 00:34 | 智慧と慈悲 | Comments(4)
11月13日 黄鐘会冬座のご案内 ご講師 宮崎幸枝師
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宮崎幸枝先生をお迎えします。
境内は銀杏の黄色い葉っぱで敷きつめられています。
ほとけさまのお慈悲のお話しです。
お楽しみのお聴聞、お誘い合わせておまいりください。


美濃四十八座 
正蓮寺真宗講座
『黄鐘会 冬座』

11月13日・月
昼座 14:00〜
夜座19:30〜

ご講師  宮崎幸枝師


お待ちしております。





by e.wash-r | 2017-11-12 00:13 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
滋賀長浜J寺さま報恩講
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やっぱり報恩講はお華束
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おあさじのために準備されたお講汁


自坊のことを、若院と坊守に任せ、12日まで滋賀長浜のJ寺報恩講へ。

はじめての泊りがけのお取り次ぎです。

土徳のなか、何もかも楽しくて仕方がない、という感じ。

逃避じゃないと思います。



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by e.wash-r | 2017-11-11 23:02 | おまいりにて | Comments(0)
銀杏が色づきはじめました -上げ仏事-
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銀杏が色づきはじめました。

午前はN家上げ仏事。本堂でのご法事でした。

ご法事の後、本堂で歓談。Nさんは、最近の葬儀事情、ひいてはおたがいさまの付き合いが薄れていく世相を、時の流れとはいいつつ、嘆いておられました。

そんななかで、ご兄弟家族、息子さん娘さん家族が揃ったご法事のご縁。世俗的な言い方ですが、今となっては、ご法事は、親戚が集う貴重な機会なのだと思います。

門前で記念写真を撮られるということで、ボクも入れてもらいました。


N家のみなさんが帰られるときのこと。村のTさんが、遠くから「Mちゃ~ん(ボクのこと)」と手を降って呼んでみえます。手を降って応えると、「あっちの道は、今、稲刈り中で通れんぞ~」と。

衒いのないTさんの気遣いを、N家の方々は、とってもよろこんでみえました。ボクも心地よかったし、お知らせくださったTさんご自身もきっと気持ちよかったと思います。

当たり前のこととして、ひとは、自分が発する心地よいことばで、自身も心地よくなれると思います。それを、たぶん、おみのりとは言いませんが。

毎度のことながら、法事はいいな、と思うわけです。








                    
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by e.wash-r | 2017-11-05 23:18 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
銀杏が色づきはじめました -上げ仏事-
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銀杏が色づきはじめました。

午前はN家上げ仏事。本堂でのご法事でした。

ご法事の後、本堂で歓談。Nさんは、最近の葬儀事情、ひいてはおたがいさまの付き合いが薄れていく世相を、時の流れとはいいつつ、嘆いておられました。

そんななかで、ご兄弟家族、息子さん娘さん家族が揃ったご法事のご縁。世俗的な言い方ですが、今となっては、ご法事は、親戚が集う貴重な機会なのだと思います。

門前で記念写真を撮られるということで、ボクも入れてもらいました。


N家のみなさんが帰られるときのこと。村のTさんが、遠くから「Mちゃ~ん(ボクのこと)」と手を降って呼んでみえます。手を降って応えると、「あっちの道は、今、稲刈り中で通れんぞ~」と。

衒いのないTさんの気遣いを、N家の方々は、とってもよろこんでみえました。ボクも心地よかったし、お知らせくださったTさんご自身もきっと気持ちよかったと思います。

当たり前のこととして、ひとは、自分が発する心地よいことばで、自身も心地よくなれると思います。それを、たぶん、おみのりとは言いませんが。

毎度のことながら、法事はいいな、と思うわけです。








                    
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by e.wash-r | 2017-11-05 23:18 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
美濃四十八座 超誓寺真宗講座 三木秀海師
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超誓寺真宗講座・夜座のお聴聞。ご講師は、岡山より、三木秀海師。

超誓寺さんは、美濃四十八座の中で唯一真宗興正派(本山興正寺)。岐阜県でも唯一。ご講師の三木秀海先生も、興正派の布教使でいらっしゃいます。

やはり、興正派でく拝読されるという「現世利益和讃」のお話でした。夜になって急に冷え込みましたが、ストーブが入った本堂で、1座2席、暖かく聞かせていただきました。


午前のおまいりのあと、広報誌・お取り越し報恩講の案内等の発送作業。ぎりぎり間に合った夜の法座でした。お聴聞の後、S師、O師と帰り道のファミレスで遅い夕食。相変わらず、生活のリズムなしです。

31日、めいっぱいの日になりました。次の31日は大晦日。






                    
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by e.wash-r | 2017-10-31 23:35 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 光圓寺真宗講座 紫藤常昭師


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光圓寺真宗講座へ。ご講師は、福岡の紫藤常昭先生。

笑いとちょっとしみじみ哀愁のなかに聞かせていただく、徹頭徹尾他力のお慈悲。不確実なわたしの生に接して離れないほとけさまのお話し。楽しく、うれしく聞かせていただきました。


「美濃四十八座のなかの東の果てまでようこそ。」とご住職。確かに最東ではありますが、当地からならおおよそ車で30分。決して遠い距離ではありません。

それどころか、境内の駐車場に「和歌山」ナンバー。高速を走って4時間半、日帰りのお聴聞の方もみえました。つくづく、やっぱり阿弥陀さん、ほとけさまのお慈悲の尊い法縁です。


法務の合間の昼座に続いて夜座、S師ご家族と当家族7人で車に乗り合わせて光圓寺さんに向かいました。私事ですが、こどもたちが小さいころから懇意にしてくださっているS師ご家族と、今、いつの間にか成人してしまったこどもたちも一緒に揃って夜座のお聴聞という気持ち悪いほど尊いご法縁。時の流れに、不思議な気分でした。


当地岐阜では、各寺各家で、お取り越し報恩講がはじまっています。
美濃四十八座も続きます。

10月31日(火)三木秀海師 超誓寺 大垣市見取町
11月10日(金)増田将之師 教徳寺 岐阜市西改田
11月13日(月)宮崎幸枝師 正蓮寺 岐阜市岩利

昼座14:00~、夜座19:30~
(超誓寺夜座は19:00から)


by e.wash-r | 2017-10-24 23:19 | お聴聞 | Comments(0)
美濃四十八座 正尊寺真宗講座 中島昭念師
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正尊寺真宗講座、昼座・夜座のお聴聞。

ご講師は、山口より、重鎮中島昭念先生。最前列では、ご住職と若さんが並んでお聴聞。

台風の通過で、心配ごとが絶えないなかの法座。台風接近で、おまいりのお断りがあり、結果的にボクはゆっくりお聴聞することができました。なにがどう作用するかよくわかりません。

ボクが最近気になっていることについて、チクリチクリと、スッキリ、そして何より有り難くお話くださいました。ボクのなかで、おだやかな、ほとけさまのお慈悲のお取り次ぎの時間がながれました。

先生のお話、ずっと本願寺の重役を務めてくださっていたTさんのそのお慈悲をよろこばれるお受け念仏、そして賛嘆衆でもあるたくさんのお同行、本堂のお荘厳。おみのりの、お座の醍醐味です。

信仰のなかの仏教の浄土真宗のお話し。同じくお聴聞していた坊守が、こういうそのままのお話しを、普通に聞けるということを、とてもよろこんでいました。つくづく、ボクも同感。生意気な言い方になりますが、安心のお説教でした。

休憩時間のおふるまいの冬瓜のコンソメスープがとても美味しかったです。







                    
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by e.wash-r | 2017-10-23 23:28 | お聴聞 | Comments(0)
来年のご法事

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T家のご法事。ほんとうは来年の10月なのですが、90を超えられたおばあちゃんの「元気なうちに」という願いから、今日、おつとめになられました。

お伺いすると、おばあちゃんの顔にひどいアザ。わけをお尋ねすると、数日前、おみがきをして、お飾りをして、やれやれと思ってお仏間を離れるときに転んで、顔と足の怪我をされたのだそうです。出血がひどく、勤め先の家人に帰ってきてもらって対処してもらうほど、だったとか。

おばあちゃんのほとけさまへのお礼のお手間入りは、結果的に周りの方々に心配をかける一大事となってしまったようです。


信仰からくる行いが、俗に言う良い結果をもたらすとは限りません。あくまで結果論、行いがどう作用し、どういう果をもたらすかは、時と場合に依るわけです。

ケガをするくらいならおみがきはしないほうが良かったのか、ケガをしてでもおみがきはするべきだったのか、答えは定まりません。


報恩行というとき、行為の目的や内容や経過や結果や成否をどう考えるのか、ということを考えました。

ボクは、どうであってもいいんじゃないかと思うわけです。お慈悲をよろこび、その時そう思った、そうした、ということがあるのみ。良し悪しも正邪もない、結果も問わない、まして、他人がとやかくいうことではない、と。

おばあちゃんは、元気なうちに法事をつとめたかった、おみがきをしたかった、おきれいなお荘厳をしたかった、ということ。おばあちゃんにとっては、生き方とか生き様というような、だいそれた世事ではないと思います。

そのお姿、有り難く、尊く拝見しました。


たぶん”そのことなり”であります。





                    

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by e.wash-r | 2017-10-22 21:49 | おまいりにて | Comments(0)