岐阜別院 黎明講座
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夏の朝、8月1日から4日は、恒例の岐阜別院黎明講座。

例年、自坊のお泊り会、地元のお経教室が重なるので、あまりお聴聞できません。今年は、唯一、4日目の小林顯英先生のお取次ぎをお聴聞することができました。

誓われ願われる仏、迎えてくださる浄土のお話し。「巣」を例に、安心の場所のたとえ。


帰り道、あらためて巣とか家庭とか家とかのことを考えました。

巣とか家庭とか家には、ボクからすると2つの意味合いがあると思いました。

①帰るべき場所:例えば、親として、子の待つところへ、というようなとき 
②帰っていける場所:例えば、子として、親の待つところへ、というようなとき

①は、お浄土の例えにはなりません。私の行いを規定していくものです。
②が、おおよそお浄土のたとえ。安心があります。

つとめる親心の側ではなく、親心をうける側の話。親心をよろこぶ話。


朝から、そんなのとを思いながら走りました。暑いのに。








by e.wash-r | 2018-08-04 18:03 | お聴聞 | Comments(0)
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