総代さんのありがたさを思う
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無給の国家公務員というものが法で定められて存在します。

字面だけ見れば「公僕」とはこのことかと思う次第。非常勤ながら、縁あってボクはそのお役を引き受けています。


その”自主”研修というものを受けてきました。所轄官庁の方が、新年の挨拶のあと、そのお役の人員不足・老齢化という問題について述べられました。要するに、なり手がないのです。

(宗教の社会貢献を言うお坊さんには、消防団、水防団、このお役をおすすめしたいです。)


そのお役の”なり手がない”ということについて思ったこと。

無給で、主な職務の時間はおおよそ平日の夜か土日、ということを考えれば、所轄官庁の職員さんが勤務時間外に、まさに無給ですればいいのに、と思ってしまいます。ボクたちも普通に自分の勤めのなか、その職務を担っているわけなので、条件は同じではないかと思ってしまうのです。僻み、やっかみかもしれませんが。


そう思って、ふっと総代さん方のことを思いました。

お寺のために一生懸命尽くしていらっしゃる総代さん。「総代のシゴトは、ご院さんがすればいいのに。」などとはおっしゃいません。ほとけさまのため、おみのりのため、お寺のため、宗門のため、それだけです。

そのことを思うと、住職として、やることやらないといけないし、言っては(思っては)いけないことがあるなあ、と真摯に思いました。

非力ながら、少しはお国のシゴトもしないとね。

成り行きで、引き続き来年度も、相応に大変なシゴトの担当になりました。ちょっと気が重いです。イヤとは言えないし・・・。なお、でも、愚痴は言うことにします。



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by e.wash-r | 2019-01-10 23:57 | 愚考 | Comments(0)
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