ブドウ糖が思考になるまで?
ブドウ糖が思考になるまで?_b0029488_22401899.jpg

今月もご馳走になりました。

たくさんの果物をいただきながら、誰かと分け合う術はないなあ、と思いました。

雨の被害に遭う人と遭わない人がいるのだから、みんな同じということが平等という観念から離れないとね。

コロナ禍で顕になったこと、気づいたことは、人それぞれ、感染に対する感覚が違うということでした。

平等ではない世界で、共有できるものがあるというのは奇跡的なことかもしれません。


たぶん、葡萄一房を食べる間に、そのくらいのことを考えていたと思います。





by e.wash-r | 2020-07-10 21:32 | おまいりにて | Comments(0)
<< 青パト講習会 社明運動と平和の鐘とhappy... >>