センター試験第一日目が終わって、受験生の長女は、浮かぬ顔です。
どうしていいのか戸惑う微妙な雰囲気。
『受験』というものを家族揃って、じわじわ味わっています。
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昨年の暮れに亡くなられたKさんのお骨をお預かりしています。
Kさんの親しい友人という方から電話があり、「Kさん宅が留守という事情なので、お寺へおまいりに行きたいと思う。おつとめをして欲しい。」というお話しでした。
本堂でお待ちしていると、いらっしゃったのは、大学の政治学のM先生ご夫妻でした。ボクは30年ほど前に、先生の講義を受けているのです。
「九州から出てきて、今までお寺へおまいりするようなご縁がなかったので。」と、先生は少し戸惑っていらっしゃいました。おそらく、京都や奈良の名刹には何度も参拝していらっしゃることでしょうが、信仰の場としての「お寺」へ個人としておまいりされたのは、初めてのことだったようです。
生活の場にある「お寺」「信仰」というものを感じていらっしゃるご様子がうれしかったです。
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ブッセーの若い衆に誘われて、午後4時、
岐阜教区仏教青年会主催の講演会『ダルマ・ジャーニー -釈尊はどう考えられたか-』を聞きに行きました。御講師は、龍谷大学名誉教授の山田明爾先生です。
以前、先生のお寺で、アフガニスタンの話や登山・スキーのことなどをゆっくり聞かせていただいたことがあり、今回も楽しみにしていました。
豊富な話題を取り混ぜ、厳密な切り口で、釈尊(あるいは仏教)は、人間という存在をどのようにみたのかというお話し。いわゆるヒューマニズムとは異なる仏教の基本的な立場を、ゾクゾクしながら聞きました。
"青年"に限らず、仏教の根底にあるものを知りたいと思う方には、楽しい講義だと思います。公開講座だそうですので、次回は当blogでもお知らせしたいなあ。
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『西蔵坊だより』は、 森鏡山 正蓮寺の住職の日記です。
仏教のこと、山や川や海のこと、TIBETのこと等、思いつくまま書いています。
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