2006年 05月 28日 ( 1 )
正尊寺「真宗講座」 -小林顕英師-
よくあることですが、予定どおり動くと思っていたものが、予定どおり動いてくれなくて、お昼のお座のお聴聞ができませんでした。

人間のつもりなど、あてにならないものです。
それでも、夜のお座は、ちゃんとゆっくりとおみのりに遇うことができました。
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「死ぬなら、死を自覚して死にたいと思った。しかし、現実の迫り来る死を前にすると、お聖教が読めない、今まで慶んでいたはずのおみのりが聞こえない、お念仏がでない。そんな、自分に向かい合ったとき、如来の『しろしめして』という一文に救われた・・・」

先生が、日曜学校を通して知り合われたという、ある布教使さん。その方の、死を目前にした告白を通して、"娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるとき"でさえ、如来の慈悲の中であるという安心を聞かせていただきました。
『しろしめしす』とは、「知る」の尊敬語。 
「 知っていらっしゃる。」「おわかりでいらっしゃる。」の意。

本堂にて、ちょっと肌寒い夜でしたが、とってもあたたかい時間を過ごしました。
また、(あるいは、いつか)法座で会いましょう。
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by e.wash-r | 2006-05-28 01:11 | 智慧と慈悲 | Comments(0)