2009年 07月 01日 ( 1 )
3ヶ月ぶりの奈良 -江戸宗学のこと-
b0029488_23412393.jpg
b0029488_23414094.jpg


3ヶ月出席することのできなかった三木照国先生の勉強会。
今回は万障繰り合わせて、法友3人と楽しく奈良に向かいました。

それでも、最近行事がおまいりを圧迫するといういつもの悪いパターンが続いていたので、おまいりを最優先。無理な行事は躊躇なく欠席。無事奈良行き実現となりました。

これでいいじゃん!と思う。


三木先生の『教行信証講義』。
久しぶりにお会いした先生。また少し腰が曲がられたなあという感じがしました。
「西」と「東」の教学の歴史とその違いを述べられた、講義合間の三木節(敬称略)が、興味深かったです。

帰路、運転をO師にまかせ、後部座席でウトウトしながら「、その「西」と「東」のことを考えていました。


江戸宗学は、江戸幕藩体制の中で、僧侶が僧侶の本分以上のことをする(考える)ことが許されなかった状況で集成されたものと理解することができます。当然、信仰の域を出ること、つまり社会的な部分(思想等)には及んでいません。

一方、明治期以降の近代化・民主化の中で深められたのが、清沢満之、曽我量深に代表される信仰・思想です。

それぞれについて、恥ずかしいほど勉強していませんが、ただ、成立の背景が違うことは、区別できます。

NETでチラッと見る限りでは、どちらかというと江戸宗学に対しては体制に組み込まれたという批判が多いようです。清沢満之、曽我量深の思想については、日本の近代化の中の社会科学的な功績を賞賛する記述が多いような気がします。

勉強していないボクが言うのはおこがましいですが、直感的に、江戸幕藩体制の中でも生きていた信仰(江戸宗学)というものに、ボクは惹かれます。



関連:「やっぱり阿弥陀さん」  前念命終 後念即生



                    【 1年前の今日のblog
                    【 2年前の今日のblog
                    【 3年前の今日のblog
                    【 4年前の今日のblog
                    
by e.wash-r | 2009-07-01 22:30 | 智慧と慈悲 | Comments(2)