2018年 10月 22日 ( 1 )
下間家とH村
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となりのH村



下間家は、代々坊官として本願寺を支えてきた家系です。


長男から、面白い記述を見つけたと連絡がありました。

親鸞聖人に帰依し、初代下間を名乗った下間宗重の出自がH村という文献があるというのです。H村は、当寺創建の村でもあります。

相応の書物の記載ですが、模索中のことでもあり、このlogがひとり歩きしないためにも、一部伏せ字で以下記述します。



某出版社人名事典、某村村市より


****が、美濃国H村に住んでH氏を称したという。
その子孫宗重は、親鸞の弟子となり、下間氏を称した。


以下、手前味噌の超略年表


親鸞聖人の時代  H村H氏宗重、親鸞聖人に帰依
         宗重、下間を名乗る
                               以降下間家は本願寺を支える

蓮如上人の時代  H村に「西蔵房」創建
                                 (少なくともこの時代以前)

顕如上人の時代  H村より石山戦争に出兵
         「西蔵房」H村から現岩利村に移転

准如上人の時代  「西蔵房」、「正蓮寺」公称


何があったんでしょうね。下間家との関係が深いZ寺さんに何か資料・口碑があるかも知れません。


ボクは歴史というものについて、非常に懐疑的です。史実はひとつなのでしょうが、見方は様々であり、もっと言うなら、後のものに都合のいいように解釈され、または確信犯的に書き換えられているモノだと思っているからです。

どうしても、歴史に現れない史実、消された事実があるという偏屈な見方をしています。

そういうボクの思いからすると、「何があったんでしょうね。」というのは、残せなかった事実があるんだろうな、という可能性も含んでのこと。模索は楽しいですが、なんとなく、有象無象の上に成り立つ今を思うと、複雑な心境ではあります。


歴史に消えていった、あるいは塗り替えられた、何かがあったんでしょうね。






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by e.wash-r | 2018-10-22 18:44 | ふるさと | Comments(0)