カテゴリ:溺レル( 337 )
続・「平山郁夫シルクロード美術館」

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「平山郁夫シルクロード美術館」のことの続き。独りよがりです。

開館を待って12時過ぎまで、たっぷり2時間半、ゆっくりしました。

入館前は、実は軽いノリでした。思わず引き込まれてしまったのは、一枚一枚の絵以上に、何やら総合的に「平山郁夫」という人の語りかけてくるものを感じてしまったからのような気がします。ボクが文字にして伝わることではないと思いますが。

今、佐川美術館所蔵の『平和の祈り-サラエボ戦跡-』を見たいという衝動にかられています。


いつも思うことですが、基本的に好みの問題です。その前提で感じたこと。


今まで、平山郁夫さんの絵を、普通に「美しい」と思っていました。

今回、作品を見て、やはり「美しい」と思いました。完成させられた美しさです。美しさだけの美しさと言うか。今まで思っていた「美しさ」とはぜんぜん違う感じです。


感動の瞬間をスケッチする。何枚何枚もスケッチされた絵から、美しさだけ、伝えたいものだけが引き出され、研ぎ澄まされて作品になる・・・、そんな感じ。

美しさを邪魔するものがない、すべてが描きたい美しさを描き出すための構図になる・・・、そんな感じ。

それって、ちょっとインチキっぽい、本当はもっと雑然としているはず、生々しいリアリティはどこに、とか普段のボクなら思うんですが、全くそうは思わなかった・・・、そんな感じ。


制作と文化財の保護に寸暇を惜しんで取り組まれたご生涯。

美しいと感じ、伝えずにはおれないという思い、守らずにはおれないという思い、その思いのままの生きざま。恥ずかしさをともなって、ゆるがされました。


本物の『平和の祈り-サラエボ戦跡-』を見て立ち尽くしたい、です。



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by e.wash-r | 2018-03-17 23:58 | 溺レル | Comments(0)
平山郁夫シルクロード美術館
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仏陀立像

パキスタン ガンダーラ
2-3世紀


ゆっくり拝観。感動しました。

仮UP







by e.wash-r | 2018-03-16 23:14 | 溺レル | Comments(0)
4年ごとに
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究極のプレーの凄みに圧倒されて、オリンピックの映像を見ています。オリンピックはいいですね。


4年ごとに楽しみに待っていた里谷多英の滑り。

今は、待っても里谷の滑りを見ることができないので、youtubeで、暴走とも言われたバンクーバーの決勝の滑りを繰り返し見ています。

たぶん、4年後も同じことをしていると思います。

何度でも書きますが、ボクには、光って見えます。

情けないことに、熱で身体中痛くて、ダラダラしています。生意気なこと言ってゴメンなさい。




by e.wash-r | 2018-02-13 21:36 | 溺レル | Comments(0)
ファットスキーという新兵器
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ちょっと太めのテレマークスキーを手に入れたので、午後から心躍らせて乗ってきました。

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岐阜テレマーク倶楽部のI師によれば、新雪向けの板だそうです。

奥美濃は、午後からずーっと降り続いている雪で、フワフワ。


ボクのなかで、アレが今までで最高のスキーだったというシーンがあります。

状況がソレには及ばないにしろ、雪に乗っている感覚としては、今日は、今までに最高のスキーでした。

雪と道具がピッタリあったという感じ。楽しくて楽しくて。

また行こ!


なお、雪はフワフワでしたが、深い新雪に浮いてフワフワ滑るほどの技量はありません。欲しいけど。





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by e.wash-r | 2018-02-05 23:45 | 溺レル | Comments(0)
ゴッホ展 -憧憬-
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S師とゴッホ展へ。

ゴッホの絵とゴッホに影響を与えたであろう浮世絵がパラレルに展示されていました。

単に”ゴッホの絵”の展示というよりは、たぶん“ゴッホが憧憬した日本”というコンセプト。

よくわかる展示でした。


なんとなく思ったこと。

ゴッホにとって、日本は憧憬の地であり、理想郷だったのは間違いないと思いました。

ただ、ゴッホは日本には来ていません。日本人との交友も確かな記録はないようです。

憧憬の地・日本、理想郷・日本は、ゴッホの感性の中にあったということです。


あえて言えば、ゴッホの憧れた日本を、ボクたちが追体験する、あるいは同じく憧憬するというのは、絵の楽しみ方としてどうなのかなあと思わないでもなく・・・。日本はこの目で見ているわけなので。

むしろ、日本と限定しないで、単に、ゴッホの憧憬した世界という見方の方がしっくりいくような気がしました。


理屈っぽく書きましたが、そんなこととは別に、よかったです。


京都国立近代美術館にて、3月4日まで、です。





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by e.wash-r | 2018-01-30 23:35 | 溺レル | Comments(0)
がおろさんとテレマーク&雪崩の勉強
ビーコン
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ビーコンで捜索
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ゾンデで捜索
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左:NTNシステムビンディング  右:ケーブルビンディング
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けちらかされた新雪の残りを滑っています
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平日に休みを合わせてくださったがおろさんとkozaemonさんと3人(岐阜テレマーク倶楽部)で、荘川の火山で遊ぶ予定でしたが、kozaemonさんが体調を崩されたことと、雪雪雪雪の天気ということで、急遽、がおろさんと二人でめいほうスキー場へ。

冷え込んだ朝。家からめいほうスキー場までは、ずっと雪道。S4大活躍でした。

車中、『私をスキーに連れてって!』の時代の喧騒に思いを馳せつつ、”♪どおしてどおしてボクたちは出会ってしまったんだろう?”とユーミンが流れるなか、「何のご縁で知り合ったんでしたっけ?」などと、延々、ノスタルジックにテレマーク談義など。



・テレマークスキー編

がおろさんは、NTNという新しいテレマークビンディングシステムの感触を深めるいい機会。
ボクは、がおろさんの板を借りて、プラスチックブーツ+ファットスキーの初体験。

午前中は、がおろさんもボクも、どうもしっくりこない、という微妙なテレマークでしたが、午後は、すっかり馴染んで快調。

「気持ちイイ~」と疾走するがおろさんの雄叫びを聞いて、小心者のボクは、”それそれ、ただ気持ちイイことしたいだけなんだよなあ”と心のなかでつぶやいておりました。

革靴・細板のテレマークにこだわっていたボクですが、技術を補ってくれるプラスチックブーツ+ファットスキーの限界の高さを実感。特に荒れた斜面や深雪では、今まで味わったことのない滑りを体感することができました。・・・病みつきになりそう。



・ビーコン講習編

昼食後、がおろさんから、雪崩と救助のレクチャーを受け、ビーコンとゾンデの使い方を教えてもらいました。

原則は、雪崩の起こる場所に入らないこと。雪崩と地形、植生、天候、雪の状態等の関係を学ぶこと。

それでも、雪崩に巻き込まれてしまったときのレスキューということで、ビーコン(電波の送受信機)による遭難者の探索方法を練習。おっさんふたり、ゲレンデの脇で。


①「もーいいかい?」「まーだだよ!」という感じで、一方が「遭難者に見立てたビーコン(発信状態)入りのザック」を雪の中に埋め隠す。

②それをもう一方が、ビーコン(受信状態)を使って位置を特定し、ゾンデ(ブローブ)を雪に挿して、感触で「遭難者に見立てたビーコン(発信状態)入りのザック」を探り当て、掘り出す。

と、ビーコンの使い方を中心に。

デジタル式の性能の良いビーコンでは、比較的早く見つけ出すことができましたが、アナログ式の音と光の反応を読み取るタイプのビーコンの場合、倍ほど時間がかかってしまいました。

捜索中、がおろさんに「時間との闘いだから!」と言われ、ハッと、コトの重大さを再認識。勝手に「この下に****さんがいるはず」と想像し、緊張感を高めました。そう思うと、雪にゾンデを挿すとき、もし顔に当たったら痛いだろうな、というようなことも思ってしまいました。でも、本来は、そういう生やさしい状況ではないわけです。

遊ぶという疾走感って、真剣なことなんだなあと痛感しました。指導してくださったがおろさんに感謝。



午前中、道具がしっくりこないだけでなく、体調も最悪、ひどい嘔吐感。早々にロッジのロビーへ帰り、トイレで30分苦悶。暖房便座でお尻を低温やけどしそうなくらいでした。上からも下からも出すもの出したら、少し気分が良くなりました。

この30分の間に、安定の滑りのがおろさんは、コブ斜面を転げ落ちていたそうで、そこを見れなかったのが今回の心残り。

ところで、遊びに来ているのに、なぜ吐くほどに気分が悪くなったのか?

1、3時就寝・4時半起床という寝不足から。遠足前のこども気分で、興奮して寝る気にならなかった。

2、久しぶりに履いた防寒タイツに締め付けられていたから。特に下腹部。太ったせい?

3、急激な運動によるバテ?なれない最初の2本は、クラブのシゴキの後のように心肺が苦しかった。

4、がおろさんことカリスマのI師と滑るということで極度の緊張をしたから。

ボクとしては、「3」ではないかと。


ゲレンデでもバックカントリーでも、ボクにも行ける機会があったら、飄々とエキスパートのおふたりについていきたいと思いました。ところで、体調を崩されたkozaemonさん、元気になられたかなあ。































by e.wash-r | 2018-01-25 23:28 | 溺レル | Comments(4)
「おいり」をいただく
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「おいり」をいただきました。讃岐のきれいなお菓子です。

午後、きりがついたところでお茶を入れました。香りが好きなのでほうじ茶。

忙しいふりをして、雑に日々を過ごしていることを反省。少しづつでも丁寧な日暮らしをしようと、おだやかにティータイムのつもり。


2年前、長女が嫁いだとき、お世話になった方々にお返ししたのも「おいり」でした。

ほんとうにきれいなハレのお菓子だと思います。






by e.wash-r | 2018-01-22 16:20 | 溺レル | Comments(0)
トリゴラス
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久しぶりに家でダラダラと夕食。

こたつに寝転んで、見るともなくテレビ。

『なんでも鑑定団』が流れています。

曹洞宗のお坊さんの遺品のゴジラコレクションが250万円の評価。

ゴジラも大好きですが、トリゴラスもね。


絵本『トリゴラス』1978 長谷川集平 みるみる絵本

絵本『トリゴラスの逆襲』2010 長谷川集平 えほんのもり


「ゴジラ」が少年とオトナの映画であるように、「トリゴラス」はあえてこどもに読み聞かせしようとは思わない少年とオトナの絵本だと思います。


こういうlog(単文、改行、行間1)のときは、眠いか体力が限界のときです。





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by e.wash-r | 2017-12-19 23:09 | 溺レル | Comments(0)
風邪にも負ける  ーおすすめインシュレーションカップ-
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3日前から、風邪に負けています。

昨日は、葬儀を全力で勤め、夜のおまいりは、申し訳ないですが精魂尽きて惰性。全身の痛みに耐え、かっこよく言えば、血を吐きながら、かっこ悪く言えば、喉の炎症で血混じりの痰を絡ませながら。

今日の午前のおじょうはんはおまいりしましたが、午後の法事は若院にまかせ、ボクは病院へ行ってただただ寝ました。


実は、今日の法事が終わってから、白水湖まで入り、車中泊で、明日白山に登る予定でした。普通にしていても辛いので、白山は断念しましたが、若院もいることなので、日帰りで乗鞍へ行けたらと、今、夜になって起き上げってきたところ。

ハアハア言っていますが、どうするかは、明日の朝の状態次第。準備だけはしておこうと思います。


夏に、百円均一のセリアでインシュレーションカップを見つけました。プラスチックの中空の保温カップです。色は、緑×白のみ。

思わず買ってしまいました。単純な構造のものなので、ブランドのものと機能(保温力)に大した差はないと思います。明日、元気で登れれば、紅茶かコーヒーかココアかスープをコレで飲んでみます。

夏の商品だったみたいですが、まだ少しの残っているところもあるよう。まだ使っていませんが、たぶんオススメです。


写真はblog用にディスプレイして撮ったもの。ひとりで3つも持っていきません。「青×緑」と「黄×オレンジ」はブランド品、右の「緑×白」が108円です。108円の野暮ったさは、愛嬌。






                    
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by e.wash-r | 2017-10-04 23:30 | 溺レル | Comments(0)
『ひよっこ』が終わってしまいました -過去か今か-

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『ひよっこ』が終わってしまいました。

初回の田舎の風景に、なんとなく「今回は真剣に見よう。」と思い、あの時代への憧憬、郷愁も重なって、たぶん欠かさず見ました。脚本も演出も、ボクたちの世代の琴線に触れるもので、最後まで楽しく、あるときは感動して見ました。


ひとつ考えさせられたこと。

物語は、出稼ぎに出た東京で記憶を失い、行方不明になった父親をモチーフに、その家族、回りの人々が描かれます。出てくるのはすべて、明も闇もある素敵な人たち。徹底した安心感、心地よさのなかで物語はすすみました。

その中で、ボクはどうしても気になることがありました。よくあるテーゼではあると思いますが。

記憶喪失になった人を描くことで顕になる過去と今ということについてです。当たり前ですが、ボクたちは、今を生きているようで、実は過去を生きている、というようなこと。


こどもが、気を失って約20日間の記憶が消えました。10年ほど前の12月のことです。こどもは、突然の雪景色に驚いていました。前日の忘年会のこと、変えた携帯電話のパスワード、買ってもらった靴のこと、すべて記憶から消えていました。

姪っ子のお祝いに買った黄色いロディが部屋にあるのを見て、なぜロディなのか、なぜ青ではなく黄色なのかと怪訝な顔をしました。ロディの黄色を選んだのは本人です。

人の行い、そこに至る思いや好みのようなもののおぼつかなさを、まじまじと感じました。(こどもの思いや好みの否定ではありません。)


『ひよっこ』で、記憶喪失の父は、娘に発見され、故郷へ帰ります。記憶は戻りません。

そこは故郷なのだろうか?という素朴な疑問。
過去を是とし、まさに今の自分(の暮らし)を捨てるということへの懐疑。

普通、誰でも、過去の思いと今の思いは一致しません。それはそれでいいと思うのです。

そのうえで、では、どれがボクの思いなのか、と考えてみると、どれもボクの思いであるわけです。むしろ決してひとつではない様々な思いを、適宜選んでいる、選択しているというのが今のボク、ということのような気がしています。

要するに、カッコイイことを言っても、それはその場限りで適当に選んだ所詮ワガママでしかないということ。

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、・・・」であるわけです。(歎異抄 後序)

ならば何に依るか? 歎異抄には「ただ念仏のみぞまことにておはします。」と続きます。
浄土真宗の宗教的なこたえです。

しかしながら、現実の日暮しのボクたちは、今にも過去にも執着しています。おそらく、今の好きを好き、嫌いを嫌い、美しいを美しい、楽しいを楽しいという思いと、また一方、過去のいくつもの好き、嫌い、美しい、楽しいという思いの、結局は取捨選択。

今に執着すれば、過去への無責任・不誠実が生じ、過去に執着すれば、今はどこかでフリをするという無理が生じます。結局、どっちもどっちのおぼつかなさ。

ただ、現実は、どちらかと言うと、今の思いを殺してでも、無責任・不誠実を避け、多少無理をしてでも、今の思いを抑えて無難に振る舞う、というのが世間のような気がします。みんな、積み重ねた過去の自分を裏切らないように、今の自分を隠しつつ、だましだまし装って無理しているのかもしれません。

記憶というもの、それは紛れもない過去の今なのですが、重いですね。せっかくなら、今に執着してみたいと思うのですが・・・。


話が長くなりましたが、記憶喪失で消えてしまった過去にすら縛られるという『ひよっこ』の展開の一部に、何とも言えないやるせなさを感じずにはいられないということが言いたかったのです。

たぶん、知らず知らず過去と今の自分に縛られているんですね。
たぶん、それをストレスというんだと思います。




                    

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by e.wash-r | 2017-10-01 00:06 | 溺レル | Comments(0)