カテゴリ:愚考( 7 )
『あしたのジョー』再読

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思うところあって、『あしたのジョー』を読み返してみたくなって、オークションで全巻、格安でゲット。

そんな折、朝ドラの『半分、青い』のなかだったり、某会議の市議会議長さんの挨拶だったりに『あしたのジョー』が出てきて、なんとなくうれしい昭和のおっさんになっています。


マンガを買ってもらえる環境になかったので、「巨人の星」は、近所のKちゃんの家の2階にあったのを読みました。「あしたのジョー」は、親戚の家の階段の下に積んであったのを読みました。

いずれも小学生のころのことだと思うので、内容など理解していなくて、ただ見ていただけだったかもしれません。「あしたのジョー」よりは「巨人の星」のほうが面白かったような記憶です。たぶん、単純に、ボクは、ボクシングより野球のほうが好きだったということくらいのこと。

ただ、あるとき、当時のボクからすると、とってもオトナに見えた大学生のTちゃんたちが、”「巨人の星」より断然「あしたのジョー」だよね”みたいな話をしていて、なんとなく、”やっぱり『あしたのジョー』だよね”みたいに思い込んで今に至っています。


ちょっとまじめに書きます。

『あしたのジョー』を再読しようと思ったのは、下記のような話にであったからです。


【ジョーと力石と試合。ジョーのパンチを顔面に受け、力石は試合後死亡。以降、ジョーは、顔面へのパンチが打てない(いわゆるPTSD)このジョーの、PTSD克服、つまりボクシングへの完全復帰の物語が、『あしたのジョー』。】だとすれば、『あしたのジョー』は、心的ストレスを抱えたものが社会復帰をめざす物語と言える。
昭和という時代は、そういう時代だった。しかし、今は、なんとなくだけど、社会復帰・社会適応が解決ではないと気づきはじめた時代。ボクシングを捨てるというストーリーもありかもしれない。云々。(大意)


こんな視点もあるのかと、もう一度(実は、実質はじめてなのかも)、『あしたのジョー』を読んでみようと思ったわけです。

今、すこしづつ読んでいます。

”ちょっと、まじめに書きます”と大風呂敷を広げましたが、 眠くなったので、以上。

いつかにつづく・・・。


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by e.wash-r | 2018-04-20 23:23 | 愚考 | Comments(0)
引越しシーズンに思う
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年度替わりの引っ越しシーズンもそろそろ終わりのころ。


・近所のMさんが、娘さんの引っ越しをするということで、台車(キャリアカート)を借りにみえました。

・無事引っ越しを終えられ、台車を返しにみえました。お礼にと、高級なお菓子を持って。


量販店で安く買った台車。たぶん、高級なお菓子の方が高いと思います。なんかヘンな感じですが、引越し先の京都で、わざわざ買ってみえたお菓子です。お心も合わせて、ありがたく頂戴しました。


取引じゃないので、何もなくてもいいし、過分でもいいし・・・。


お世話になるということは、先方への信頼あってのことです。お世話になるという時点で、関係は何もかも完結しているのかもしれませんね。単純な人間としては、頼まれたらうれしいし・・・。(うれしいから何でも引き受けるという意味ではありません。そこは念押し。)

というわけで、住職としては、門徒さんにいろいろお世話になっちゃおうと、勝手に思うわけであります。






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by e.wash-r | 2018-04-14 23:05 | 愚考 | Comments(0)
分別を離れる ーオレンジと紫ー
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先日、プリンターを2台誤発注したのに続いて・・・。


コンビニで昼食を買いました。代金支払いのとき、思ったより高いな?と思いました。

昼、レジ袋の中を見ると、野菜ジュースが2本。

2本買った憶えがありません。オレンジの方にしようか、紫の方にしようか、と悩んだ記憶はあります。

そういう領域?に入ったのかもしれません。少し恐怖を感じます。

分別を離れたというか、分別のないオトナになってしまったというか・・・。

よろこんでいいのか悪いのか、もう、さっぱりわかりません。



,yっtg

by e.wash-r | 2018-01-26 23:18 | 愚考 | Comments(0)
『お浄土の話 -熊野の捕鯨より-』
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S大学の「報恩講の集い」へ。

「視覚に訴える視聴覚教材があると・・・」というご依頼であったこともあり、それなりに考え抜いてのお取り次ぎでした。

視覚的に訴えるものがある、ことを前提に構成。過日訪ねて非常に思うところのあった熊野を題材に、『お浄土の話 -熊野の捕鯨より-』と題し、絶対に”仏教”と”他力”をはずさないお話しをしたつもりです。

熊野の捕鯨の話・映像は、お取り次ぎ全体の1/10程度ですが、「視覚」という意味では、ボク自身が感銘を受けた内容。伝えたい、という思いでお取次できました。


「とどめを刺すとき、漁師が称えるお念仏」、「極彩色の捕鯨船は、命絶えるクジラの目に映る景色がお浄土であって欲しい、という願いからのものである」という一説。

娑婆の日暮しのなかのお浄土に、熊野の土徳を思います。



御伝鈔のなか、「熊野霊告」の段で述べられる親鸞聖人の最後のことば「そのことなり」の意を、ずーっと考え続けています。

たぶん、「そのことなり」です。




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by e.wash-r | 2018-01-12 23:20 | 愚考 | Comments(0)
お寺の未来

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過日、知人のAさんから、素朴な質問を受けました。

ひとことで言うと「儀礼の意味は? 」ということ。

実際の質問は多岐にわたり、ご自身の具体的な経験から生じた疑問。質問をされるお気持ち,
十分察することができました。

Aさんは曹洞宗の檀家さんでいらっしゃいますが、浄土真宗では・・・ということをお伝えしました。迎えてくださるほとけさまがいらっしゃるということをよろこんでおられる方なので、そのまま聞いてくださったことと思います。


できる限り丁寧にお伝えしたつもりです。仏徳讃嘆と報恩謝徳という原則のみで、具体的なことに触れることができなかったのは、ボクの力量不足。ただ、宗門として、おそらく儀礼論というものが確立していないということにも一因はあると思っています。(確立できるものか、していいものか、わかりませんが)



少し気になることがあり、調べものをしました。調べれば調べるほど、疑問が増大。悶々としながら、長男に電話して質問。

上述の儀礼論について、寺檀制度と寺院の伝統・地域の土徳ということについて。

明快に答えてくれました。ただ、答えというか現状。正直、ちょっと不安になるボクたちの現状です。

長男から「父ちゃんのようには、みんな考えていないよ。そう考える雰囲気もない。」と言われてしまいました。時流に合っていない、そうです。長男は悲観していました。

少なくとも、ボクは、回りの人たちと話ができるので、そんなことはないだろうと思うのですが・・・。



また、愚痴です。





                    

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by e.wash-r | 2017-09-14 23:28 | 愚考 | Comments(4)
家は学校じゃないということ
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FBを覗いて見つけたコメントに、えらく同感してしまったので、一部切り取って、多少加工して、そのあたりの雰囲気が伝わるように、下記。(コメント主に転載の同意得ていません。あしからず。)

夏休み中盤

そろそろ限界
本当早く学校始まって
でもさ、ってことは 学校ってやっぱりすごいよね


自分のこども(1~6人くらい?)を見ている親。
1クラス、30・40人の生徒を見ている先生、学校。

見ている姿勢が違うんだとおもいます。
家庭と学校では、場の役割が違うし。

どう違うかは、もう眠くて考えるの面倒なので、パス。

何が言いたいかというと、親の思いを先生に、家庭の思いを学校に期待するのは、ちょっと筋が違うんじゃないかな、ということ。

期待するなという意味ではなくて、そもそも学校のパフォーマンスは最高だということ。
「学校ってやっぱりすごいよね」なのだと思うわけです。

それに比べー家庭のことは、自分のことなので、???なのであります。


整理できませんでした。なんか矛盾だらけのような・・・。






やっぱり愚考です。
by e.wash-r | 2017-08-13 04:11 | 愚考 | Comments(0)
愚の骨頂 ーカテゴリ「愚考」作成ー
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思索、思惟が必要だと思う。妄想、独断ではあるが。

そう思って、随分時が過ぎ、やっと「愚考」というカテゴリを作った。

以下、本文


AI(人工知能)、ディープラーニング(深層学習)、ビッグデータ(大容量のデジタルデータ)というようなこと。気になります。

どこまでゆくのか、どれほど人間の能力の限界をサポートできるのか、あるいは、人間の手に負えるものなのか、という懐疑のなかで、進化している分野です。

専門的なことはわかりませんが、ほとけさまのおみのりに会ったものとして、ひとつ言えることがあります。

人のデータは煩悩、学習も煩悩、知能も煩悩、ということ。

アホが集まって、アホな分析・学習をしても、アホの論理しか生まれないということ。

アホを否定しているわけではないです。ボクたちの世界は、こういうものだろうな、ということ。

では、そのアホ、このアホはどうしたらいいの?ということになるのですが、及ばずながら精一杯やっている、ということでいいのではないかと。

決して真理にたどり着くわけでなく、アホとアホの間の一応の共通理解を深めていこう、というようなことに収束するのではないかと。

今、ボクがFBでつながっている方々のアイコンをまとめて画像をにしました。ボクという煩悩のフィルター、分別に適った方々の集合体と言っていいと思います。

失礼ながら、あやしいですよね。この集合体のデータを解析・学習してできるAI(人工知能)があるとしても、それはそれで、やっぱりあやしいですよね。


あやしくても、おぼつかなく、ぼちぼちいくしかないわけで。

正しいと思ったら、たぶんそれはおごりです。
おごりもいいですけどね。


気負ったわりには実にあたりまえの愚考でした。








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by e.wash-r | 2017-08-11 20:40 | 愚考 | Comments(0)