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2018美濃四十八座 大願寺真宗講座 牛尾かおり師
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各務原の大願寺真宗講座昼座のお聴聞。ご講師は、広島より牛尾かおり先生。

お念仏をよろこばれたお祖父様お祖母様の、往く場所のある生き方から、往生、正定聚等々のお話し。常に笑顔でお話くださいました。

大願寺真宗講座は、昨年からはじまって今回で2回目。いつもお座のたびにお会いするお同行と、はじめてか2回目にお会いする大願寺のご門徒さん方が半々。そんなことからも、なんとなく初々しさを感じるお座でした。


余談ですが、お座ごと、お寺ごとの雰囲気に、住職として刺激・学ぶこと多々。一種の職業病かも。





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by e.wash-r | 2018-05-26 19:25 | お聴聞 | Comments(0)
ウッキッキ・ウォークラリー
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地元小学校のウッキッキ・ウォークラリー。今年は、村の北側を周るコース。全校生徒89人と先生方が、直線2km、周遊5~6kmを歩いて、訪ねて来てくださいました。

本堂におまいりし、誕生仏に甘茶をかけ、梵鐘をついて、甘茶を飲んだら、銀杏の木陰でお話を聞く時間。

当寺正蓮寺、当地岩利のことをお話するのがボクのお役。

・正蓮寺の仏さまは阿弥陀さま。いつでも「まかせなさい、安心しなさい。」とおっしゃっています。
・阿弥陀さまのおこころに会いたい方、お礼を言いたい方々がお参りされます。
・正蓮寺は、織田信長の時代に、彦坂から岩利に移転しました。

・仏さまの誕生日を花まつりと言います。(4/8)
・花まつりには、ほとけさまに甘茶をかけてお祝いします。
・井戸のところに甘茶の花が咲いているので見てみてください。

・信長の時代、約400年前から300年ほど、海から岩利まで船が上ってきていました。
・川燈台があったあたりで、海のものの市が開かれました。
・そのころの伊自良川は、どこでも深さが60センチ以上あったようです。

等々

「信長」と「伊自良川」をキーワードに話して欲しいということだったので、おおよそこんな感じでお話し。

花まつりの話と甘茶のお接待は、当寺花まつり(5/19)の後ということで、サービスというか押し付け。

朝から暑い日でしたが、銀杏の木陰がいい味出していました。



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by e.wash-r | 2018-05-25 23:27 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
短パンの季節
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4月20日に、「あしたのジョー」を再読していると書いたものの、その後、いっこうに読み進んでいません。漫画を読むヒマもないほどなのかというと、決してそういうことでもなく、でも、現実は、追われるように過ごしています。

午前の空いた時間、少し工作をしました。散らかった身の回りを見て、この雑然とした雰囲気は嫌いではないと思いました。

午後、あるモノを求めて美濃の町へ、久しぶりにS4でドライブ。カラッと晴れ上がっているので、短パン。30分ほど、ほとんど人にいないうだつの町並みをひとりブラブラ歩きました。

小洒落たカフェが何軒もあったので、15分位ならお茶を飲む余裕もあったのですが、なんとなくひとりでは入りづらくて、結局、帰路、lawsonのコーヒーを車中で飲む、ということに。さがしモノも見つからず。

2時間ほどでしたが、短パンで過ごした気持ちのいい時間でした。


短パンの季節が来たというだけのただの日記です。



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by e.wash-r | 2018-05-24 23:57 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
2018美濃四十八座 正尊寺真宗講座 内藤昭文師
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正尊寺真宗講座の昼座のお聴聞。

小寒い雨のも拘らず、駐車場は満車、本堂も満堂。2年ぶりの内藤昭文和上のお話を聞きました。

「名号」と「称名」のお話し。名をしてはたらくとはどういうことかを、寒さが心地よい縁に座って・・・。


夜座は、法務と黒野組の広報部会のためお聴聞できませんでしたが、お座のあとに、先生のお話を聞くご縁に恵まれました。

お説教とはまた一味違う、楽しい論理的なお話でした。やる気出ました。

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超満堂の本堂。とにかく、満堂という事実。
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真宗風土で言うなら、音声休みのお茶所。
洋風にいうと、Teatime。もしくは、短いSiesta。
和洋折衷で言うと、寺カフェかな。


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by e.wash-r | 2018-05-23 22:44 | お聴聞 | Comments(0)
牛乳瓶のフタ
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瓶の牛乳とコーヒー牛乳。Sご夫妻からいただいた誕生日のプレゼント。

ありがとうございました。美味しくいただきました。

いただくとき、全く無意識に、開けた紙蓋の裏をペロッと舐めました。舐めて、ふっと、ずっとこうしていたな、と思い起こし、こどものころのことを思い出しました。

牛乳もヤクルトもガラス瓶だった時代。牛乳は木の牛乳箱へ、ヤクルトはプラスチックのポケットへ、それぞれ、牛乳屋さんはカブで、ヤクルトのおばさんは自転車で、毎笹届けてくださった時代。

みんな、紙蓋の裏、舐めてたのかな?


時々歩いて渡る名鉄岐阜駅の直ぐ東の踏切。

その踏切の脇の溝、たぶん湧き水です。何十年も前から、濁ったところを見たことがありません。

この溝を覗くと、昔は必ずモクズガニがいました。石やコンクリートの破片の陰の決まった場所に。

もう何年もモクズガニのすがたを見ていません。でも、今でも、その場所を通ると、ふっと溝を覗き込み、モクズガニを探してしまいます。今日も覗きました。


ガラス瓶の紙の蓋。
街の中の溝のモクズガニ。

まるで何十年も前のノズタルジーだなあ、と思ったのですが、実際、何十年も前のことでした。

「つい昨日のような・・・」というセリフが、大友克洋の『さよならにっぽん』のなかにありました。そんなことを思い出したのですが、それも何十年も前のこと。


何十年も前のことを思い起こすのは・・・、












by e.wash-r | 2018-05-22 00:04 | 溺レル | Comments(0)
5月最後のお茶
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中学生、小学校の高学年になって、それぞれ部活に塾にと忙しいいこどもたち。今回は、久しぶりに全員揃いました。

ボクが寺に戻ると、こどもたちは、ちょうど稽古を終えて、書院から本堂へ走ってくるところ。銘々に、尊前に座っておまいりするこどもたちに声をかけ、写真用に、もう一度4人並んでおまいりしてもらいました。


花は、アマチャ。お菓子は、Aさんが、「お茶の稽古のこどもたちに。」と姫路から届けてくださった塩饅頭。今回も、十分楽しんでいたようです。

こどもたちなりに、軸や花、お菓子等にそれぞれの好みがでてきていて、仏教では、それは分別であり迷いなのですが、娑婆のすがたとしては微笑ましいものがあります。

ボクとしては、こどもたちに、できるだけたくさんのものに出遇い、ある意味、いっぱい分別して迷うのもいいんじゃないの、と言ってあげたいわけです。部外者なので、気楽な発言ですけどね。




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by e.wash-r | 2018-05-21 23:30 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
第23回壮年会例会 正信偈講座6 
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数年の活動休止を経て、2007年に復活した壮年会の例会。10年23回目を迎えることができました。

今回はやさしい『正信偈講座』と銘打って、6回目。ボク自身が正信偈の勉強をするいい機縁になっています。


『正信偈』という短い偈文。

わざわざ、字数に規則・制限を設けられたのですから、親鸞聖人は、推敲に推敲を重ね、構造的に仕上げられたに違いありません。私見ですが、親鸞聖人にとって、楽しい作業であったと思うわけです。きっと、ボクの思うところの遊び心満載のご文にちがいないと思うわけです。

そういう思いで、単なる意訳ではなく、構造的に読むというか楽しむというか・・・。生意気なことを書いているようですが、ときどき、そういう部分をなんとなく感じ、楽しいい事前勉強でした。

とにかく、30分、正信偈のお話をし、あとは茶話会。

甘茶をいただきながらだったこともあり、みなさん、こどものころのそれぞれの村の「花まつり」の話題。宗教体験だったかどうか、お念仏のご縁だったかどうかは別にして、こどものころの経験として「花まつり」は、ちゃんと生きていました。

あらゆる質問がたくさん出ました。質疑の場が難しいのは、質問者の意識と周りの方々の関心が必ずしも一致していないこと。そもそも関心ごとについて、温度差がある場は、深入りは気をつけないといけないと思いました。茶話会は、みんなが共有する時間であるのが理想ですよね。


14名の参加。Sさんはちいさなおお孫さんといっしょに。 むちゃくちゃうれしかったです。


例会後、10時、S師と馴染みの「C」さんへ。誕生日の会食。充実の1日でした。



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by e.wash-r | 2018-05-20 23:46 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
初参式・はなまつり アルバム 5/19


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花御堂バージョンあらため浮き灌仏盆バージョン
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とにかくたくさんの花で飾りました
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ガラスの器に境内の花を浮かべました
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ハスワークで作った蓮は須弥壇をお飾り
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Mちゃんの初参り 式章とお念珠を
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はじめてのおまいり
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はなまつり 灌仏会
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おしゃかさまに甘茶をかけます
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甘茶の葉のお供え・おさがり
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記念撮影
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外では、SさんとKさんがピザ窯の火の準備
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ピザのトッピングもこどもたちがしました
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ひとり1枚以上
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銀杏の木陰でお楽しみ
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仕上げは、いつものシャボン玉











by e.wash-r | 2018-05-19 23:22 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
紫衣と日本刀 -『夢みとんさるやね』-
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母方の曽祖父は、浄土宗の僧侶でした。志願して日露戦争に行き、いわゆる二百三高地の戦いで頭部に銃弾を受け、生死をさまよった後、奇跡的に帰還した軍人でもありました。

その、複雑な生涯は、大前風著『夢みとんさるやね ー紫衣と日本刀ー』という物語にもなっています。(この物語に関連し、戦争の記録として、また人間の記録として、ボクが聞いたことで書き残しておきたい思うことがたくさんあるので、そのあたりは、いずれ折を見てlogに残そうと思っています。)

その曾祖父母のそれぞれ四十三回忌、五十回忌を、当寺にて、母が中心になってつとめることになり、曽祖父が最後に住職をつとめた立音寺の門徒さん、母のいとこ・姉妹が、当寺に参集されました。

理由を聞きませんでしたが、赤い衣で勤めてほしいという申し出。言われるままに赤い衣で無量寿経のおつとめをしました。参拝者は、みな八十歳前後。お勤めのあと、昔の盆か正月、祭りの日のような、懐かしいい語らいが延々と続きました。

ほとけさまの縁で、人が寄る。法事はいいね、と心底思う時間でした。


偶々ですが、浄土宗立音寺のご門徒さん以外は、全員、臨済宗、曹洞宗の檀家さんです。そのことは、おおよそ承知していたので、お勤めのあと、他力を丁寧にお取次ぎしました。


本願寺勧学の宮地廓慧和上は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を読まれ、「蜘蛛の糸でカンダタは救われるのだろうか?」という疑問をもたれ、『蜘蛛の糸の』の続きの物語をつくられます。

先日、美濃四十八座・光圓寺真宗講座にて、安方先生から、その『蜘蛛の糸 完結編 浄土に救われたカンダタ』の物語を聞きました。有り難いお話でした。


お取り次ぎは、聞いたばかりの『蜘蛛の糸 完結編 浄土に救われたカンダタ』をそのまま。

曽祖父・釋政範師もよろこばれた阿弥陀さまのお話しです。立音寺の門徒さんは、政範師から聞いた阿弥陀さまのお話しだと頷いていらっしゃいました。おじやおばたちは、こんな話はじめて聞いた、と衝撃を受けているようでした。

こどものころ、最もボクの面倒見てくれた(B型の)おばは、すこしイジワルに「あのきかん坊のMちゃんがこんな話するようになったんやね。最後、どうやって話を納めるのかと興味津々で聞いていたわ。」と。

たぶん、すべてを引き受けるというお慈悲のお心が、意外だったのだと思います。「どうやって話を納めるのか。」、つまり「どうやっても救われない者(カンダタ、ひいては私)が、一体どうやって救われるのか?」というおばの懐疑は、おばのことばで言うなら「そう来るか。」と納まってしまったようでした。


懐かしい話もできたし、おたがい近況も話せたし、ご法義の話もできたし、ほんとうにいいご法事でした。「もう次はないね。」と弱気なことをいっているおじやおばをみて、”また集めてやろう”という気満々になっています。





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by e.wash-r | 2018-05-18 20:59 | ふるさと | Comments(0)
”好き”だけでいいのに  ー忖度というのは難しいー

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地元のk小学校が地元のテレビ局の番組で紹介されることになったそうです。

伊自良川の自然についての取り組みがK小学校の特色のひとつということで、そのことにいくらか関わっているボクにも、番組収録当日来て欲しいという依頼がありました。インタビューがあるとのこと。

事前の打ち合わせ。

「伊自良川に限定しないで、地域の自然・歴史等全般について話を展開して欲しい。」と言われ、「えっ?」。

「台本作ってください、その通りに演じます。」とお伝えしましたが、「自由にやってください。」とのことでした。「えっ!自由?」。


結果どういうことになったかというと・・・


教室にボクの席が設けてありました。「えっ!」。

【方県のいいところ】と書かれた黒板の前で、どうぞ、と言われ。「えっ!」。

今後の展開がわからなくて、何分話すのかわからなくて、話し出したものの、「えっ!えっ?」。

短めに終えたら、テレビ局のインタビューアーがいらっしゃって、教室でそのままインタビューに突入。「えっ!」

カメラを向けられ、「こどもたちには、どんな風に育って欲しいですか?」みたいな問い。「ええええええ〜?」

深遠な信念はもちあわせておりません。伊自良川が好きなので、伊自良川で遊ぶ機会をつくりたいとおもっているだけのこと。それ以上のことを求められても・・・。

一連の流れに、かなり苦しみました。嘘は言っていないつもりですが、いわゆる流行りの忖度。正直なところ、頭と気を使い、たぶんこういうことだろうと、あたふたと答えました。繰り返し質問を受けたのは、たぶん、求めた質問の答えになっていなかったからだろうと思います。


どうしてあんなに困惑したのか、今、あらためて考えています。


ボクは、”好き”だけで十分だと思っているような気がします。"好き"の先にあえて何かを求めていないというか・・・。だから、理想とか目標とかを聞かれてもわからないし、うまく答えられないのじゃないかなあ、と。

ボクは、”好き”だけでいいと思うのですが・・・。

世間は、それだけではだめなのかな?と、ちょっとさみしさを感じています。











by e.wash-r | 2018-05-17 01:24 | ふるさと | Comments(4)