<   2018年 10月 ( 30 )   > この月の画像一覧
ボーズの休日 ー東美濃周遊ー
b0029488_18023256.jpg
最初の目的地は、富士見台高原(1739m)。
神坂峠から徒歩45分。
b0029488_18541776.jpg
360度のパノラマ。
富士見台ですが、富士山は見えません。
b0029488_18182508.jpg
あまりに寒いので、避難小屋に入りました。
温かいもの食べて飲んで、遅い昼食。
b0029488_18095359.jpg
冷たい北風がみえる千島笹の山容。
山を降りたあと付知で3℃だったので山は氷点下だったかも。
b0029488_18142137.jpg
ひのきの天然林。
中津川から神坂峠は林道1時間弱。
b0029488_18203764.jpg
もみじ、かえで類の赤、カンバ、カラ松等の黄。
b0029488_18221000.jpg
数本のモミに実(まつぼっくり)がついていました。
b0029488_18232380.jpg
中津川駅前で「五平餅」。
午後5時では、ほとんどの五平餅屋さんが閉店しています。
b0029488_18241772.jpg
日が暮れましたが、懐中電灯を持って苗木城址へ。
昼も夜もおすすめの場所です。
b0029488_18255604.jpg
苗木城址より中津川の夜景。
遠くに恵那山のシルエット、眼下に光る木曽川。
b0029488_19052984.jpg
「栗おこげ」
栗きんとんの副産物?
加子母のお菓子屋さんにて。
b0029488_18273713.jpg
最後は、やっぱり『四つ割りのお名号』。
廃仏毀釈の名残り。
東白川にはお寺がありません。


30日、午後10時、急遽O師と話がまとまりました。S師もお誘いしましたが、終日お取り越しまいりということでした。

朝の法務のあと、31日・11時正蓮寺出発。目一杯遊んできました。


13:00 富士見台高原周遊 寒っ
17:00 中津川駅前 「喜楽」おやつに五平餅5本
17:30 夜の苗木城址 
18:30 加子母 「仁太郎」栗おこげget!
18:45 付知峡 「倉屋温泉」1時間半浸かりました 
20:30 東白川 「四つ割りのお名号」
00:30 帰宅 





by e.wash-r | 2018-10-31 19:10 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
家族葬とか
b0029488_01353257.jpg

いわゆる「家族葬」が増えてきました。
「家族葬」の定義がないので、「家族葬」云々の話はややこしいいことになります。

以下は、いわゆる近隣縁者のとりもつ従来の葬儀ではなく、家族(身内)で完結させようとする葬儀を「家族葬」と仮定しての話しです。

このごろ、このような形態の葬儀の場合、いわゆる「出棺」のとき(自宅から葬儀場へ向かうとき)に、通夜葬儀に参列されない近隣の方々がお見送りされることが増えてきたように思います。考えてみれば、新しいけど、実は古いパターン。

儀礼儀式というものは、原則をなんとなく踏襲しながら、なんとなく変わってゆくものなのかも知れません。


お参りの方々が、家族兄弟だけ、という法事も増えてきました。


思うことは、「家族葬」であっても、家族兄弟だけの法事であっても、それでもまだ、ご院さんがいっしょということです。

祖父(先々代)が常に言っていたこととして伝え聞いていることがあります。

ご門徒とお寺の付き合いは、親戚よりも長い。
親戚付き合いは、せいぜい3~4代。
ご門徒とお寺は、開闢以来。


確かに、たとえば、本家さんがいらっしゃらない法事でも、ボクはいるわけで。

世の中どんどん変わっていくんでしょうが、ボーズとしては、最低限、まだつながっているご縁にあったならば、そこで最大のパフォーマンスをしたいと思うわけです。


またカッコいいことを書いてしまった・・・
そのうちカッコ悪いことになりそう・・・



*写真は、Xさんの出棺を見送る近所の方々。数年前。


◆最近、疲れがとれません。昨晩遅かったこともあり、今朝は9時まで寝ました。ぐっすり休んだみたいですが、眠った時間がずれただけ。
◆7時から黒野組広報部会。間に合わないと連絡してありましたが、7時半には、もう終わったそうで、遅刻にもならず欠席。

by e.wash-r | 2018-10-30 23:03 | 愚考 | Comments(0)
10月のお茶2 ー栗羊羹ー
b0029488_21114877.jpg
今回のお菓子は栗づくし。
Mちゃんのおばあちゃんからいただいた栗羊羹。
一竿、4人で食べてしまったそうです。
お手前だけでなくお菓子を食べる手付きもきれいになりました。


b0029488_21110075.jpg
みんな、ほぼ学校から直行。
ほんとに楽しそうで和やかです。
11/19のお寺の茶会、テスト中だけど来る!とか喋ってました。
好きにすればいいけど、無理はしないほうがいいと思います。







◆夕刻、配りものを持って村の中を歩きました。あっという間に日が暮れました。
◆夜のお参り先のT家、ストーブが焚いてありました。






by e.wash-r | 2018-10-29 21:12 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
ソウルフード ーあい雑炊ー
b0029488_00394890.jpg
夜のおまいりまで1時間ほど空いた時間、法衣のままウトウト。そこへO師来寺。

鮎雑炊を届けてくださいました。感謝。

いただかれた落ち鮎で、O師自らが作られたそうで、温かいできたて。

坊守は村の寄り合いへ、ボクは法務に出るところだったので、帰ってきてからいただくことに。

9時、せっかくなので、blogにあげる写真も撮れるし、たまには、それらしい雰囲気で楽しもうと、お膳でいただくことにしました。お取り越しでいただいたおはぎとおじょうはんでいただいたすだちも添えて。

今日はお寺でご法事があり、庫裏でお斎でした。9人のおまいりだったので、机・椅子席を設えました。

庫裏のその席で、鮎雑炊をいただくことを提案したのですが、それについては、「面倒くさい!」の一言で却下されました。

鮎雑炊、美味しかったです。すだちをちょっと絞って食べました。合うと思います。


母の里が長良川のすぐそばなので、鮎雑炊はソウルフードです。

母の里にゆくと、裏のハルオさんが、「来たか!」と言っては鮎を獲ってきて食べさせてくれました。基本塩焼き、落ち鮎の時期は鮎雑炊。

母の里では、鮎を"あい”と呼びます。鮎雑炊は、”あい雑炊”です。

ハルオさんのあい雑炊は、雑炊というよりはスープ。しょうがが薬味でした。

あるとき、誰かが、残りを持って帰るといい、祖母があい雑炊をビニール袋に入れました。こども心に、まるでゲロと思った記憶があります。


O師の鮎雑炊は、スープというほど水分が多いものではなく、薬味はネギでした。ハルオさんのあい雑炊とは、ちょっと違う趣でしたが、味は同じ、懐かしい味でした。




ところで、『アユの産卵見る会』のお知らせ。



          
日時 2018年11月3日(土曜日)

   アユの産卵観察会:午後4~5時
   アユを送るたき火会 午後5時半~朝

場所 岐阜市元浜町地先 
   長良橋下流400m左岸(金華山側)

   

by e.wash-r | 2018-10-28 23:38 | ふるさと | Comments(0)
2018美濃四十八座 超誓寺真宗講座 三木秀海師
b0029488_21593605.jpg

10/26

超誓寺真宗講座。ご講師は、昨年に続いて三木秀海師。

昼座・夜座とも、法務・寺務・地域のお役が重なり、お聴聞できませんでした。

来月の一座を残して、美濃四十八座皆勤?ならず。こだわりませんが、普通に残念です。次の一座(当寺黄鐘会)に、力を注ぎたいと思います。

美濃四十八座の引き継ぎもあったので、坊守が夜座のお聴聞。

阿弥陀経を通してのお取り次ぎだったそうです。内容を尋ねましたが、疲れているようで、あまり話してもらえませんでした。



◆本堂屋根の修復の見積りを持って建設会社のOさん来寺。説明を受けました。




by e.wash-r | 2018-10-27 21:59 | お聴聞 | Comments(0)
ボクがこどものころの伊自良川 ー小学校「総合」の授業ー
b0029488_14333090.jpg

地元小学校の5年生「総合」の授業に行ってきました。ボクがこどものころ、4~50年前の伊自良川の様子を話すお役です。

こどもたちは、過日伊自良川に入って「カワゲラウオッチング」をしたそうです。

指標生物やCODの測定という科学的方法による評価、実際に川に入った感触等を通じて、こどもたちは「とてもきれいな川」と実感したようです。

今回は、さらに川の環境についての課題を探るため、昔と比べてどうだろう?ということで、ボクが話すことに。

こどもたちがきれいと感じた川ですが、実は少しづつ環境が変化(悪化)してきていることを考えたいという先生のビジョンをお伺いしたうえでの話です。

環境に良し悪しがあるのかという根本的問題は棚上げにして、50年前と変わった川の様子を、ボクなりに原因に依って3分類し、お話しました。

こどもたちが考えるヒントを話すことが目的なので、原因には触れませんでしたが、ここでは原因も含めて話した内容を残そうと思います。以下、「」内のみが授業で話した内容です。

小学校5年生の知りえる世界では、原因にまでたどり着けないかも知れませんが・・・。



1、水の質の変化ということ

様子 ・「昔は川底の石がヌルヌルしていなかった」
   ・「湧水の特徴がそのままで、もっと冷たくてきれいだった」

原因 生活用水・浄水場の排水流入等による富栄養化?


2、川の流れ方の変化ということ

様子 ・「昔は蛇行していた」
   ・「瀬と淵がはっきりしていた」

原因 国の治水方針により、川が直線化されシート状の河床になった


3、川底の変化ということ

様子 ・「草の生えていない小石の川原がいっぱいあった」
   ・「川を歩いても水が濁らなかった」

原因 泥の流入(上流の環境、植生の変化?)



小学校へ行ってからわかったのですが、実は、ボクが話した授業は、いわゆる研究授業だったそうで、他校の先生方が、15人の生徒よりずっとたくさん来ていらっしゃいました。

昔の川がどれほど美しかったか、その川がどんな作用によってどう変わってしまったのか、そのあたりをすごく話したかったのですが、それは今回のボクの役目を逸脱するので、ぐっと我慢。

その分、ストレス発散で、かる~くココに書いたという次第。つまるところ、”昔はよかった”というおっさんのボヤキかも。


.





by e.wash-r | 2018-10-26 23:19 | ふるさと | Comments(0)
はじめての京都タワー
b0029488_16422805.jpg
西本願寺界隈
b0029488_16422116.jpg
東山大谷  清水寺の下が大谷本廟



10/24・25と、岐阜を離れ、京都のH師とMちゃんの結婚式・披露宴へ。

とってもいい時間を過ごしてきました。ネットは、ときどきちらっと見た程度。リアルに徹したというか、ご縁の方々とほのぼの世間離れした二日間でした。

というわけで、時間遅れのlog。結婚式のことも追ってUPのつもりです。

結婚式の翌日、ご縁の方々20名ほどで、ホテルの朝食後、式のあった当家・明覚寺さんに再度おまいり、本山へ報告のおまいり、京都タワーの展望台へ等々と、京都駅周辺をゾロゾロ1日歩き回りました。

明覚寺さんでは、由緒ある茶室、お東さんの石垣のヒミツの穴に感激。
むっちゃくちゃのどかな本願寺参拝。
龍谷ミュージアムでは、思った以上に混み合う「水木しげる展」を堪能。
なんだかんだで実ははじめての京都タワー。

通い慣れた京都のつもりですが、ツアーの外国人に混じって、完全にお上りさん状態でした。

天気が良かったこともあり、京都タワーからの眺めは最高でした。備え付けの望遠鏡(京都タワーの望遠鏡は全部無料でした)を覗いて、空から京都の街を観察。一族で、新婚のJ&Mさんの部屋を探し、望遠鏡覗いて大騒ぎしてきました。


とにかく、つとめのことをちょっと忘れて、何をするでもなく、縁者と過ごした時間。ありそうでない一日でした。ご縁に感謝です。




.




by e.wash-r | 2018-10-25 23:12 | おまいりにて | Comments(0)
JくんとMちゃんの結婚式 ー花嫁の父ー
b0029488_11003180.jpg
式の前 なんとなくそわそわ

b0029488_11013212.jpg
新郎新婦 お練りの前に

b0029488_11204399.jpg
貫禄の花嫁のおじさん一同
花嫁の父①(ビデオカメラが目印!?)

b0029488_11245158.jpg
全員境内に集まって記念撮影
このあと、新郎新婦はお練りのお宿の総代さんの家へ
ボクたちは、式場の本堂へ

b0029488_11265050.jpg
記念撮影のあと、全員式場に入って着席しましたが、
お練りが見たくてみんな外に出てきちゃいました

b0029488_11302739.jpg
新郎新婦のお練を待ちます
花嫁の父②左にいらっしゃいます

b0029488_11320585.jpg
新郎新婦のお練を待ちます
花嫁の父③ちょっと前に出て、右にいらっしゃいます

b0029488_11372543.jpg
京の町をゆく新郎新婦

b0029488_11390721.jpg
司婚のJ寺さま、式場へ
お練り先導の大役のYくん、
状況察知してちょっと焦って靴脱いでます

b0029488_11424991.jpg
新郎新婦入堂
お練りの最後のお役はかわいいRちゃんです

b0029488_11461582.jpg
ひとり立って花嫁を迎える花嫁の父④
そんな花嫁の父と花嫁を撮る花嫁の母

b0029488_11482458.jpg
新郎新婦着座
厳粛な式がはじまります

b0029488_11492105.jpg
式の後、新郎の挨拶に続いて新婦の手紙朗読
さりげなくサポートする新郎
じわじわと家族を感じる時間

b0029488_11512336.jpg
若者が準備した華葩でお祝い

b0029488_11521074.jpg
Yくん、後片付けまでがお役です

b0029488_11535327.jpg
サプライズ
京都の寺族青年会の方々から

b0029488_11563997.jpg
式の後、披露宴の前に
新郎のお母さんのお里の町家拝見
一同感嘆

b0029488_12113627.jpg
式に続いてこんどは華燭の”宴”
新郎新婦入場

b0029488_12140203.jpg
司婚Jさま、お祝いのことば

b0029488_12152225.jpg
新郎親族

b0029488_12154561.jpg
新婦親族

b0029488_12162880.jpg
宴もお開き
見送る花嫁の父⑤

b0029488_12173484.jpg
新郎ご親族の方の帯の文様
勝手に取らせていただきました
たぶん、鴛鴦(鴛鴦ではなく鸚鵡でした。)
こういうお祝いの気持ちの奥ゆかしい表現もいいですね。




あらためまして、おめでとうございます


◆追記

上掲の帯の紋、「たぶん、鴛鴦」と書きましたが、「鸚鵡」かもしれません。(どなたか詳しい方、ご指導を。)

最後、カッコよくまとめたつもりでしたが、カッコつけると、たいていカッコ悪いですね。


◆訂正

M師よりご教授頂きました。
帯の紋は、鸚鵡の丸だそうです。

.






by e.wash-r | 2018-10-24 23:56 | Photo only | Comments(0)
一期一会、一人一個
b0029488_22514243.jpg
b0029488_22515653.jpg

1ヶ月半ぶりに、S4出動。母を乗せ、ご縁のO家へ。


車中、母が、「毎晩、深夜に帰ってきているみたいだけど、柳ケ瀬のバーに行ってるの?」と聞いてきました。

下戸のボクが・・・、と答えようと思いましたが、考えてみれば、諸氏・諸兄のネオン街通いは、ただお酒が飲みたいということでもないので、「毎晩は行っていない。」と含みのある返答しておきました。


訪ねたO宅は留守。手土産に買ったケーキ10個は自家消費することに。


母と坊守とボクで3個食べ、残り7個を妹家族に届けることにしました。

4人家族に7個。なかなかおもしろいことになりそうだな、思いました。

ひょっとすると、8個になるように母が気を回して、”ワタシハイラナイ”と言うのでは、と思っていたら、「2個食べていい?」の言。

妹家族には、結局6個を届けました。妹が母の血を引いていたら、妹3個、旦那さんとこどもは1個づつということになるのかも。


法務の合間を縫って、ご無礼がちなO家へ走ったつもりでしたが、どうでもいい会話とケーキを転送しただけの半日となりました。

こんなふうだからこそ、忙しくても、会いたい人には会えるときに会っておく、という思いは大事だと思っています。



今日は書くことが思い浮かばないので無理やり書きました。失礼。
.









by e.wash-r | 2018-10-23 22:16 | そらごと、たはごと | Comments(0)
下間家とH村
b0029488_18301920.jpg
となりのH村



下間家は、代々坊官として本願寺を支えてきた家系です。


長男から、面白い記述を見つけたと連絡がありました。

親鸞聖人に帰依し、初代下間を名乗った下間宗重の出自がH村という文献があるというのです。H村は、当寺創建の村でもあります。

相応の書物の記載ですが、模索中のことでもあり、このlogがひとり歩きしないためにも、一部伏せ字で以下記述します。



某出版社人名事典、某村村市より


****が、美濃国H村に住んでH氏を称したという。
その子孫宗重は、親鸞の弟子となり、下間氏を称した。


以下、手前味噌の超略年表


親鸞聖人の時代  H村H氏宗重、親鸞聖人に帰依
         宗重、下間を名乗る
                               以降下間家は本願寺を支える

蓮如上人の時代  H村に「西蔵房」創建
                                 (少なくともこの時代以前)

顕如上人の時代  H村より石山戦争に出兵
         「西蔵房」H村から現岩利村に移転

准如上人の時代  「西蔵房」、「正蓮寺」公称


何があったんでしょうね。下間家との関係が深いZ寺さんに何か資料・口碑があるかも知れません。


ボクは歴史というものについて、非常に懐疑的です。史実はひとつなのでしょうが、見方は様々であり、もっと言うなら、後のものに都合のいいように解釈され、または確信犯的に書き換えられているモノだと思っているからです。

どうしても、歴史に現れない史実、消された事実があるという偏屈な見方をしています。

そういうボクの思いからすると、「何があったんでしょうね。」というのは、残せなかった事実があるんだろうな、という可能性も含んでのこと。模索は楽しいですが、なんとなく、有象無象の上に成り立つ今を思うと、複雑な心境ではあります。


歴史に消えていった、あるいは塗り替えられた、何かがあったんでしょうね。






.





  

by e.wash-r | 2018-10-22 18:44 | ふるさと | Comments(0)