時代は変わる
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中島みゆきさんが、ニッポン放送の出演依頼に対して、『ライブドアに経営権が移った場合は出演する意思がない』と伝えているそうです。「サンケイスポーツ」の記事ですが・・・。

中島みゆきといえば、『時代』。こんな歌詞です。

めぐるめぐるよ 時代は巡る
別れと出逢いを くり返し
今日は倒れた 旅人たちも
生まれ変わって 歩きだすよ

この歌詞の根底にあるのは、ボブ・ディランの『時代は変わる』だと、ボクは想像しています。

『時代は変わる』の2番、4番の歌詞です。

ペンでもって予言する作家や批評家のみなさん
目を大きく見開いてください
チャンスは二度とは来ないのだから
先ばしってしゃべることもないでしょう
車輪はまだ回り続けているんです
それが何を示すかなんて誰にもわかりっこないのです
今日の敗者もいずれは勝つんです
時代は変わりつつあるのだから

国中のお父さん、お母さん
理解できないことを批判しないでください
あなたの息子や娘たちは
あなたの支配下にはないのです
あなた方の古いやり方は急速にすたれてしまいます
助けることができなくてもいい
新しいものを邪魔しないでください
時代は変わりつつあるのだから

中島みゆきさんも53歳という老獪な年齢になられたそうです。『時代』を感じてしまいます。

ところで、一歩先行く元気なご院さん・妙念寺ご住職のタイムリーなテレホン法話、是非是非、聞いてみてください。
メディアに携われたご住職の生きたことばとお取り次ぎ。おすすめします。


妙念寺テレホン法話 第635回 「体験してみて」

 電話      0952-24-1800    3/30まで
 ホームページ http://www2.saganet.ne.jp/namo/sub2.htm




*中島みゆきさんの年齢58歳と誤記しました。失礼。訂正します。


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# by e.wash-r | 2005-03-25 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
であっちゃった系
「であっちゃった系」というのは、法友H氏の造語です。「出会い系」がモチーフになっているかどうかはわかりません。

さて、「であっちゃった系」の人というのは、ほとけさまの慈悲にであっちゃった人という意味です。例えば妙好人と呼ばれるような方々は、「であっちゃった系」の人ということになるわけです。

宮崎幸枝先生は、まさに「であっちゃった系」の人です。5年ほど前、本願寺の研修室で宮崎先生のお話をはじめて聞きました。その時の感動というか衝撃は、決して大げさな言い方ではなく、ボクの生き方を変えたと思います。

豊田布教所と春日井布教所の彼岸会に、宮崎先生がご法話にいらっしゃいました。宮崎先生ご法話のご縁には、残念ながらお会いすることはできなかったのですが、夜、法友とともに豊田をたずね、宮崎先生からお話を伺うことができました。

御法義の話ならと深夜まで、とびきりの笑顔で他力の中にある今を語られる先生に圧倒されました。ボクたちの話を聞きながら、おそらく、なんとか他力のよろこびをつたえたいとそのことばかりを思っていらっしゃったんだと思います。感謝のみです。

先生にはちょっと失礼な言い方かもしれませんが、これもまたH氏の造語。
「宮崎菌に感染してしまった」ボクたちであります。

連休で静かな深夜の豊田駅前を歩きながら、ここもまた、御法義の土地になっていくんだなあと、先生や豊田布教所の方々の後ろ姿を見ながら思ったことです。
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# by e.wash-r | 2005-03-24 00:01 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
そろそろ、「もうやめよう。」
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お彼岸のお斎の箸が不足したので、急遽、コンビニエンスストアで購入したそうです。

庫裡で、お斎の席に着きました。
おとりもちの方々のお手間いりの昔ながらのおいしいお斎です。

合掌をして、いよいよおいしくいただこうと、割り箸を袋から出すと、そこに文字が!。

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こうなったら、めくって見るしかありません。計算され尽くした演出に脱帽しつつ、苦笑いするしかありませんでした。ご門徒さん方も、「小吉や。」などと、盛り上がってみえます。

以前なら、アレルギーのように「おみくじ」ということばに反応し、箸を買ってきた坊守を責めていたかも知れないし、おみくじに一喜一憂するご門徒の方々を苦々しく見ていたかも知れません。

さも御法義であるかのように、娑婆にまどうだれかの姿を諫めたり、言葉尻を批判するのは、「もうやめよう。」と思うのです。

気がついていれば、あえて、おみくじ付きのお箸を買わなくてもよかったと思います。それだけのことです。

彼岸会のご縁、ボクたちは規範的なあるべき娑婆の生き方を求めて集うのではありません。ほとけさまの慈悲にゆるされてある今を、お聴聞して、遊んでいるんだそうです。

「現実を見ていない。」
「社会から乖離している。」

等々の批判が聞こえてきそうです。
ボクは、断片的ながら、現実を見ようとしていますし、好むと好まざるにかかわらず、社会の中にどっぷりと浸かっています。すこしは、世の中の役に立ちたいとも思っています。ボクなりに、およばずながらと、念を押しておかないといけませんが・・・。
# by e.wash-r | 2005-03-23 00:06 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(2)
休む勇気
頭痛・吐き気・悪寒・・・。とうとう風邪みたいです。

気合いを入れて書きたいことはあるのですが、今日はあきらめます。

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           いつも元気なS師。

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            うらやましい

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# by e.wash-r | 2005-03-22 00:01 | 遊びをせんとや生れけむ | Comments(0)
「凸百恵」と「こたつみかん」
昨夜、本願寺。
今朝は、ちょっとしたトラブルがあり、朝から岐阜の街を往復。
さきほど、彼岸会・門徒総会を無事終え、月忌のおまいり行って帰ってきたところです。
これから、昨日開通したばかりの、東海環状自動車道を走って、豊田布教所へ出かけ、深夜もしくは早朝帰る予定です。

普段、あまり走り回ったことがないので、ボクにとっては、多忙なお彼岸です。自坊の彼岸会も、いつになく忙しく、写真を撮っている余裕がありませんでした。こんなときに撮りためておかないと、この後、blog書くのが苦しくなるのに、困ったことです。

今、無理やり写真を撮りました。
Nさんが、お供えにたくさん持ってきてくださった「凸百恵(でこももえ)」という柑橘類です。最近は、人間ばかりではなく、野菜や果物にも個性的な名前がふえました。
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ちなみに、妹の旦那さんの郷里は静岡県の三ヶ日で、実家はミカン農家です。「三ヶ日みかん」は、ブランド品であり、よりよい品質のために、大変な努力をしていらっしゃるそうです。みかんにもしゃれた名前がついていてもいいのではと思い、かねてより、「こたつみかん」という名前をどこかで採用しないかなあと考えていました。

今日、「凸百恵」をみて、ますます、「こたつみかん」の大ヒットを予感し、まずは、「西蔵坊だより」に書き、weblogを残そうと考えたわけです。

一応確認にと思い、yahoo!で「こたつみかん」を検索して、愕然!、ヒット数:2808件。
世間知らずのボクのあさはかな野望は、みごとに粉砕されました。

彼岸会というのに、ほとけさまのはなしはなしのこのていたらくな「西蔵坊だより」でした。
                  ↑
              うまく読めるかな?

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# by e.wash-r | 2005-03-21 00:01 | そらごと、たはごと | Comments(0)
夜回り先生の講演
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京都本願寺へとんぼがえり。
夜回り先生こと、水谷修先生の講演を聞いてきました。

みんなほとけのこ。


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以下PCより追加編集


今は、ちょっと何を書いていいのかわかりません。
ただひとつ言えること。
「一人でも多くの人を誘えばよかった。」


今日の講演で先生が話されたことの一部が、
「水谷先生の夜回り日記 第56回 目は心の窓」
に書いてありました。
是非ご一読を! 元気が出ます。


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# by e.wash-r | 2005-03-20 00:01 | moblog | Comments(2)
名物『志ら玉』 -「お彼岸に行く」-
当地では、「お彼岸に行く」とは、「黒野別院へおまいりに行く」ことをさします。

子どもにとっては、「お彼岸に、黒野別院前の縁日に遊びに行く」ことでした。
ボクの育った村には、お店がないので、ボクたちはほとんどモノを買ったことがなく、お彼岸に黒野別院の縁日に行くことは、欠くことのできない貴重な行事だったのです。

小学校の3年生くらいになると、「お彼岸に行く」ようになります。他校区の集団や上級生にからまれないように対策をたて、徒党を組み、6~7キロはあるたんぼ道を自転車に乗って「お彼岸に行く」のです。鼻たれ小僧がが小生意気な少年になる通過儀礼のようなものでした。

当時のお彼岸の黒野の街は、活気がありました。自転車、自動車が、こどもや老人が、無秩序に流れていました。チベットのラサ、パルコルの喧騒に、ちょっとは似た感じのようでもありました。・・・思い出を、ちょっと美化しすぎかも知れませんが。

祖母から「ちゃんとおまいりしてくるように。」と言われ、一応、いつも本堂に入り、手を合わせてはきました。山門の内は、縁日の雰囲気とはがらっと変わっていたように思います。本堂の障子を開けるときの緊張感、暗いお内陣でゆれる和蝋燭の橙色の灯が、かすかな記憶です。

今、黒野別院はありません。
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お寺が消えたということについて、いまだ、その意味を省みることがなされていません。そのことにも、大きな不安を感じます。

旧黒野別院の門前に、『与志屋老舗』という御菓子屋さんがあります。名物は『志ら玉』というお餅、お彼岸限定の味です。『志ら玉』を買いに与志屋さんに入ると、やはり『志ら玉』を買いに来た方が、お店の人に、たずねてみえました。
「黒野別院は、無くなったの?お寺って無くなってもいいの?」
答えのわからない人は、『志ら玉』を食べたらわかるかも。

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# by e.wash-r | 2005-03-19 00:01 | 智慧と慈悲 | Comments(0)
連帯を求めて孤立をおそれず
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高校の思い出のつけたし。

昨日のblogで、学校祭のテーマ『白梅狂い咲き』が、先生の逆鱗に触れた、と書きましたが、、先生たちを刺激したのは、たぶんサブテーマだったと思います。

連帯を求めて孤立を恐れず、
力及ばずして倒れることを辞さないが、
力尽くさずして挫けることを拒否する。

東大安田講堂に落書きされたという有名なその文言を、『白梅狂い咲き』のサブテーマにしたのですから、今になって思えば、先生たちの焦燥も理解できないわけではありません。

東大闘争の特集記事が載っている古い『週間プレイボーイ』を大切に保管し、アンポについて熱く語っていたT君は、その落書きの背景をいくらか理解していたのでしょうが、ボクたちは、ただのミーハー。先生方の危惧は、どう考えても取り越し苦労です。ただ、ひょっとすると、ほんとうは肩すかしと思ってみえたかも知れません。

30年前、純朴な高校生だった頃、T君から聞いたことばは、今も十分に刺激的ですが。
ずいぶんずるくなった自分がみえるようです。

今日は、ただの思い出です。  失礼。

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# by e.wash-r | 2005-03-18 00:01 | そらごと、たはごと | Comments(0)
梅・2  -白梅狂い咲き-
母校の校章は「白梅」。
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在学中は、よく、「白梅精神」と聞かされました。どんな精神かというと、たぶん、
①厳しい寒さに耐えて咲く白梅のような精神。
②『文を好めば梅開き、学を廃すれば 梅閉づる』といわれるような勉学の精神。
といったところではないかと思います。

当時の○○高校は、文化祭・体育大会等の行事の度に異常に盛り上がりました。もちろん、それを冷静に見つめていた輩も少なからずいたと思いますが、ボクは、素直に大いに楽しんでいました。

9月の学校祭のテーマが、任侠の世界が大好きなY子ちゃんの発案で『白梅狂い咲き』と決まったときには、実に愉快な気分でした。

ところが、『白梅狂い咲きは』は、K先生の逆鱗に触れ、なぜか、発案の首謀者と思われたボクは、授業中に職員室に連れて行かれ、それなりにコッテリしぼられました。

○○高校には音楽科があり、そのほとんどが女の子です。その音楽科のクラス写真が教室から消え、ちょっとした騒動になったことがあります。その時も、ボクはその犯人とされ、H先生は衆目の前で、
「罪は問わないから、放課後、オレのところに黙って持ってこい!」
などと、名指しでのたまわれたのです。確かに、欲しかったのは事実ですが・・・。

たぶん、厳しい寒さに耐えるってこういうことなんでしょう。

いろいろありましたが、それでもボクは当時の個性的でおおらかな先生方を尊敬しています。
尊敬する人がいるということ、それは、とにかくうれしいことなんです。

ちょっと気取りすぎすぎかな?。

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# by e.wash-r | 2005-03-17 00:01 | そらごと、たはごと | Comments(0)
梅 -永代経にあがった古木-
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梅が満開です。鶯も鳴きました。
いよいよ、「春眠、暁を覚えず」と、言い訳のできる季節です。

b0029488_23455612.jpg玄関の前に、梅の古木があります。幹が半分以上腐って皮だけになっていますが、毎年元気に上へ上へと勢いよく伸びています。繁茂するほどに、台風で倒れないかと心配しています。


b0029488_23463620.jpg今年は寒いので、花がなかなか散らず、桜ほどに木そのものが真っ白です。このままお彼岸まで保てば、おまいりの方々に楽しんでもらえるのですが、でも、やっぱり散るんでしょうね。

この古木、何十年も前に、M家さんが永代経懇志としてあげてくださったものだと聞いております。以前、当家の方にその話をしたところ、ご存じなく、「世代を超えて伝わる」ことの難しさを痛感しました。

Mさんの家では、昔々、ご自宅で法座を開いてみえました。お説教のご院さんが遠方から泊まりがけでいらっしゃっていたそうです。その法座の時、床の間に奉懸されたという、ちょっと変わった一副の御絵伝が今も大切に受け継がれています。

M家さんの法座が無くなったことの、その経緯はわかりません。
いつか、どこかで、また再開されるといいなあ。
その時まで、M家さんの懇意で御法座が開かれ、H地区のお同行がお聴聞を重ねてみえたという歴史を、伝えていくのも、ボクのつとめと思っています。

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# by e.wash-r | 2005-03-16 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
仏法弘まれかし -広報誌『スートラ』-
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今日は、黒野組広報誌『スートラ』の折り込み作業をしました。

『スートラ』は、今回で26号。10年前の創刊から、広報部長のSさんのリーダーシップに依り、コツコツ続いています。門徒推進委員のTさんと組内若手僧侶で構成される広報部会は、実働の作業があることもあり、情報交換・意見交換もかねて、そこそこ活気があり、いい雰囲気です。

お彼岸には、ご門徒さんにお渡しできると思います。

10年前、はじめて、『スートラ』を持っておうかがいしたN家のおまいり。『スートラ』をお渡しした瞬間に、大勢集まられた家族親族の方々がどよめきました。

その日は、「をすう」さんの中陰法要。「をすう」さんのご主人は「寅吉」さんです。
いやはや、これもご縁。

「寅吉」さんは、よく、「縁起がととのうと・・・」と話をされたかたでした。

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# by e.wash-r | 2005-03-15 00:01 | おまいりにて | Comments(0)
地区総代会 
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定例の地区総代会でした。

年度末、門徒総会前の大事な会議です。資料作りに、十分な手間をかけたので、わかりやすい会議だったと思います。

事務仕事をすることがイヤなわけではないですが、事務的な会議は苦手です。何かワクワクするような話し合いができるといいと思うのですが・・・。

予算決算等、堅い議題ばかりでしたが、最後は、子ども会の本山参拝と日曜学校と夏の法座の案内をいさんでしました。

雪が降る中、ご苦労様でした。
みんなでいいお寺にしましょう。というか、お慈悲にあいましょう。

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# by e.wash-r | 2005-03-14 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
上げ仏事(あげぶつじ) -家族揃って-
月忌、祥月命日や年回の法事等を、お寺の本堂でおつとめすることを、『あげぶつじ』と呼んでいます。漢字では、たぶん、「上げ仏事」だと思います。

Yahoo!で検索したら、広島県の戸河内町の『戸河内郷土誌考』というページの「文政年代の風俗 ―戸河内村の『書出帳』から―」というところに、下記のような記述を見つけました。

......................................................................................................................
3 葬儀・法事
「葬式の儀は、大家小家に限らず悉(ことごと)く火葬に仕候。是も香奠(こうでん)等繋合(つなぎあい)或は銘々打参仕り、何かと引受け世話いたし遣(つかわ)し候。野辺送りの節は一族并に同行打寄候て、男子は上下(かみしも)或は袴、肩衣にて、女子は※イロと唱え白帷子(しろかたびら)を衣服の上に加え供いたし申候。法事の儀は、身体(しんだい)(身代)相応に銘々宅え僧分引受け候事も御座候。又上げ仏事にても執行仕り候。」

※イロ― 衣服をイロという、白の隠語であるといわれる。
......................................................................................................................

今日の午後、T家の上げ仏事をおつとめしました。
おばあちゃんとその息子・娘夫婦とこども、9人のおまいりです。寒い本堂で、ストーブをめいっぱいつけて、みんなで三部経。そして、お聴聞。
大学受験がすんだばかりのお姉ちゃん。あさって高校受験を控えたおにいちゃん。よくおまいりされたことと思います。

b0029488_04517.jpg『みんなでお寺へ行く』人たちと、その人たちを迎えるお寺。
それだけのことなんですが・・・。

b0029488_052218.jpgまた来てください。ボクも行きます。。


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# by e.wash-r | 2005-03-13 00:01 | ようこそ正蓮寺へ | Comments(0)
霧の中
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暖かい春の雨が降りました。雨空の下のモノクロームの景色も、なぜかはわかりませんが、冬とはどこか違うような気がします。

昼休み、岐阜教区少年連盟(日曜学校)の本山参拝の案内を、遠方の御門徒さんに送るために、郵便局にいってきました。途中、見慣れた山がもやの中できれいだったので、田んぼ道に車を停め、写真を撮りました。

一般的には、物事がはっきり見えない様をあらわす時、『霧やもやがかかったよう・・・』と表現します。でも、霧の中だから、より際だつ場合もあるようです。

普段見えなかった稜線が、霧の中に見えました。

晴れても、雨が降っても、3月29日は本願寺へ・・・。

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# by e.wash-r | 2005-03-12 00:01 | Photo only | Comments(0)